小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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すっかり時間帯は夜だ。
人目が少ない裏通り。

昼に美味い弁当で取り入れたエネルギーを夜に発散。
なんと健康的な生活か。
生活習慣病の人とか見習ってもいいぞ。


「ガハッ」

「ゴフッ」


まあ健康的といっても、不良を倒してるだけなんだが。
簡単に見習わせるもんでもねーな。

それにしても、こいつらで何人目だ?
最近ほんとにうじゃうじゃいるので、狩りやすいのは非常に助かる。
けど、こうなると心配にもなるよな。
狩っても狩ってもきりがないというか。


「では徴収ターイム。」


恒例のかつあげ…もとい正義の鉄槌の時間だ。
倒れた体から財布を探す。


「おっ」


相手の懐に突っ込んだ手に感触がある。
しかし、引っ張り出したそれは目当ての財布ではなかった。


「…袋?」


正確には白い粉が入った袋。
断じてクリープとかではないので、あしからず。
というか、この人相の悪い野郎が持っている時点で危険な香りMAXだ。

袋を破いて、中身を少量指ですくう。
それを口に持っていき、なめとった。

うん、なんかのクスリだな、こりゃ。
だが有名なやばい物ではないっぽい。
最近流行ってる新しいやつかな?
そういや、ワン子がこの前…


“ユートピア?みたいな悪いお薬が広まってるんだって”


なるほど、これがそのユートピアだな。
大層な名前だ。
依存性もそこまでは強くないが、皆無というわけじゃないな。
具体的な副作用は知らんが、錯乱・幻覚ってとこが妥当か。

こんなもんが広まってるってのはやばいぞ。
麻薬のような知名度はない軽く手を出せるクスリ。
心の弱い学生なんかは格好の的だ。
んー、こいつどうしようか…


「……!」


ヒュッ

耳元に風を切る音が響く。
そこには誰のものか分からない拳。
避けるのがあと数秒、あと数センチでも狂っていたらかなりのダメージだ。

一旦、その場からは距離をとる。
その動作中に思考を働かせた。

人気のない通りだったせいか襲ってきたのは17人。
俺はそいつらをついさっき1人残らず倒したはずだ。
いくら暗かったとはいえ、見逃すことはありえない。
同様に意識をかり損ねていたというのも考えにくい。

ならば、考えられるのは新手。
だが、いくらクスリに気をとられてたとはいえ近づかれすぎた。
別に俺が自分の未熟さを反省しているのではない。
それだけ相手が強いということ。
そこらの雑魚とはランクが違う。

距離は十分にとった。
相手の姿を改めて確認する。
一体どんな奴か、この目で見てやろうという思いで。

だが、そこには予想外の解答。
そこに立っていた者は大きなローブで頭から体まで、全てを隠していた。
明らかに正体を知られないようにした準備。


「お前は何者だ?」

「………………」

「こいつらの仲間か?」

「………………」

「何故俺を狙った?」

「………………」


どうあっても、隠し通す気らしい。
声すら発さないとは随分な念の入れようだ。

これではその表情は勿論、性別すらも判別できな…
判別でき……?
あー………。

どうやらこいつは女だな。
なんで分かったかって?
その口は何も語らないが、そのでかい胸がここぞとばかりに主張をしている
からだ。
ローブでも隠しきれないことはあるんだよ、膨らみとかな。

まあいらんことは置いといて、本当に何故狙われたんだ。
ここに転がっている奴らの仲間という線は自分で言っておいてなんだが、可
能性として低い気がする。
それならば正体を隠すというのがおかしな話だ。
仲間であるというつながりから辿られる恐れがあるうえに、もう倒されてい
るのだから俺が去った後にでも回収すればいい。

となると、このクスリ関係だよな。
この状況でクスリを取り締まる正義の味方なんてことはないだろう。

考えられるのは大まかには2つの立場。
1つは需要。
こいつ自身が欲していて、手に入れたかったから。
1つは供給。
売りさばくのを邪魔されたと思い、腹を立てた。
その他考え出したら、きりがないので割愛。

結局大事なのはそんなことじゃなく、これからどうするかだ。


「黙秘権を行使するのはいいけどよ、理不尽に俺だけ殴られんのは勘弁なん
だよね…!」


距離を詰めて、拳を振り抜く。
だが、あろうことかそれは相殺された。
振り上げられた足の蹴り上げによって。


「…なっ!」


そのまま回し蹴りが来る。
咄嗟に腕で受けたが、女とは思えない重い一撃だった。
さっきからのこのアクロバティックで多彩な足技。
おそらくテコンドーか何かだろうな。

決して生半可なものではない。
こいつの場合、とことん磨き上げていて、技のキレも威力も凄まじい。
普通に考えて、拳を蹴りで相殺されるなんてありえない。
幼い頃からやっているのか、相当なセンスの持ち主なのか。
どちらにせよ、甘い敵ではなさそうだ。

は、面白いじゃねぇか。
不良だけじゃ満足できてなかったとこだ。


「お前なかなか強いな。だったら、こっちも手加減抜きでいくぞ。」

「…………………………」


相変わらずだんまりか。
女の子には悪いが、俺もやられるがままはお断りだからな。

瞬間、こちらが近づこうという前に相手が動く。
それはまさに俊足。
あの脚力をバネに使っているんだ。
普通では見切れない。
空いていた距離は一瞬で詰まった。
その勢いを殺さずに鋭い蹴りが放たれる。


「………っ!」


思わず息を呑んだのは、沈黙を守ってきたローブの相手。
今、俺たちの状況を第三者が見たならば、互いの足が空中でクロスしている
だろう。
俺は相手の助走で威力を増した蹴りを、己の脚で相殺した。

いや、相殺ではない。
名のある武道家でも気づくかどうかの小さな揺らぎ。
その少しバランスを崩した隙を見逃さなかった。


(投げ技で終わりだ。)


殴るよりは幾らかましだろう。
そう考え、相手を掴んだが…

スッ

俺が掴んだのはローブのみ。
くそ、上手いかわし方しやがって…
…待て、身を隠していたこれが俺の手にあるってことは?
慌てて前を見る、そこには俺の知った顔。


「小雪…?」

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