小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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目の前の少女は榊原小雪だ。
タッグマッチでは準決勝で対戦し、ビーチバレーではペアにもなった。
なんだかんだで関わっているし、見間違うはずもない。


「小雪か?」


それでも確認せずにはいられなかった。


「こんなとこで会うなんてねー、カイト。」


間違いない、この抜けるようなふわふわした喋り方。
榊原小雪のものだった。


「1つ聞いてもいいか?」

「もうバレちゃったし、べっつにいいよ〜♪」

「なんで俺を攻撃してきたんだ?」

「そんなの、倒そうとした相手がカイトだったってだけだよーん。カイトを
狙ったわけじゃないもん、アハハハ」


なんか俺の考えてたことと違うぞ。
何故こんなに軽く語っているんだ。
てっきり、もっとシリアスな感じかと思っていたのだが、本人からはそんな
様子は感じ取れない。


「前、ビーチバレーでペアになって、お前気が合うとか言ってなかったか?
俺も結構仲良くなったと思ったんだがな…」

「僕もおんなじだよー♪カイトからはおんなじニオイがするしー。」

「だったら、どうしてこんなことすんだ?」

「僕は言われたとおりにするだけだよん、相手が誰でもカンケイなーい。」


言われたとおり?
誰かの命令で動いてるってことか?
ローブで姿を隠したのも、俺に攻撃を仕掛けてきたのも。

小雪に命令できて、こんな念を入れるような奴。
つまりは小雪と仲が良くて、頭が働く奴。
そんな奴、俺の知ってる限りでは1人しか思いつかん。


「葵冬馬か…」

「やっぱカイトも頭いいんだねー。そうだよ〜♪」


確かあいつ医者の息子で金持ちだったな。
はぁ、そして今回のユートピア。
このクスリが元は医療用のものならば、手に入れることも容易なはずだ。
なるほど、つながったな。


「このクスリを回収しろとでも言われてきたか。」

「すっごーい、もうクスリって分かっちゃったんだー。でも、回収じゃなっ
いよーだ。」

「なに?」

「僕が頼まれたのはクスリが広まるのを止めてる誰かの排除、えへっ」

「お前そんなこと頼まれて、何の抵抗もなく聞き入れんのか?」

「トーマは僕が困ってるときに助けてくれたんだよー。だから、トーマのお
願いなら僕はどんなものでも役に立つ。」

「けど、友達なら悪いことしてんのは止めるべきだろ。」

「僕はトーマが望むとーりにするだけだよー♪」


なんてことを平然と言いやがるんだ。
やっぱり、何か違和感を感じる。


「……けど、隠すべきその作戦をベラベラ話していいのかよ。」

「ダイジョーブだよ、だって…」

「なっ!?」


咄嗟に下がった俺の目の前で砕ける地面。
なんのことはない。
小雪が打撃を放ったのだ。
冗談や嘘ではない本当の殺気がこもった殺しの一撃。


「証拠は何も残らないからねっ♪」


今、確信した。
彼女の言葉を聞いて、彼女の目を見て、彼女の気を感じて。
これは絶対に止めなきゃいけない。
真剣でな。


「ごめんね〜♪カイト………壊れちゃえ」


今までで一番の速さ、強さ、キレ。
全てを兼ね備えた最強の攻撃。
“お願い”を果たすための必殺。


「……え?」


榊原小雪は何が起こったのか分からなかった。
音は遅れた、姿は消えた。
認識できたのは全て終わった後。
小雪は放とうとした拳は後ろ手に拘束されていた。


「悪いけど、お前の約束は果たさせない。」


言葉は小雪の意識を呼び戻す。
やっと、状況がつかめる。
そう、現状は理解できた。
だが、それから得られるのは海斗に自分では及ばないということだけだった。



俺は手を振り上げた。
それは相手を殴るためのモーション。
そのとき小雪はギュッと目を瞑り、微かにその身を震わせた。


「やっぱりか……」

「………ぇ?」


振り上げた手は何もせずに下ろす。
この反応、間違いない。
予想は確信へと変わった。


「小雪、お前虐待されてただろ」

「………………」


あえて、探るようなことはしない。
遠まわしに言うようなこともしない。

こいつの異常なまでの明るさ。
それはポジティブな性格なんかじゃない。
ずっと感じていた違和感の正体。


「だから、そんな無理して笑ってんのか。」

「それは違うよ、カイト。確かに虐待はされてたけどねー。僕が笑ってたら
殴るのやめてくれるんだよ。そんなお母さんも首絞めたら死んじゃったけど
ね〜、きゃははは。」

「いや、違う。」

「違わないよー。僕はね、もう壊れちゃったんだ。涙なんて出ないし、笑っ
てるのがフツーなんだよーだ。」

「…………お前あんまフザけたこと言ってると容赦しねぇぞ。」

「ひっ……!」


小雪の意思とは関係なしに喉がなる。
それは避けられない生き物としての危機感知。
酷く冷たい殺気にあてられたからだ。


「お前友達が悪い道に走ってるのをなんとも思わないのか。」

「僕はトーマが望んでるなら…」

「ちげぇよ、そういうことを言い訳にすんじゃねぇ。おまえ自身はどう思っ
てるんだよ。」

「僕は……心が壊れてるから。」

「壊れてなんかねぇ!ただお前は自分で置いてきただけだ。自分で辛いから
手放したんだ。」

「…………」

「確かに昔は辛くて下ろしたくなったのかもしれない。でも今のお前はそれ
を背負えるはずだ。今お前が背負って歩いていくのを邪魔する奴がいるのか?
今お前の荷物を重くしてくる奴がいるのか?」

「………っ」

「もしそれでも重いなら、俺が一緒に持ってやる。自分の大切な友達に荷物
を持たせて負担をかけたくないのなら、他人の俺をいくらでも巻き込めばい
い。」

「………ぅ」

「言っておくが、ただじゃないぞ。俺は依頼は受けるからな。荷物を持って
やる代わりに俺の前で感情を隠すようなことはするな。それがお前の払う依
頼料だ。頼れるか心配なら、もう一回分からせてやろうか?」


そう言って手を振り上げる。
やはり、体には刻み込まれているようで身をちぢこませる。
けれど、拳を握りこむことはない。
その手を俺は頭に置いた。


「これからは手を振り上げたら撫でてやる。だから痛いことなんかじゃない。
そんな嫌な思い出はこれから上書きしてやる。すぐに変われなんて言ったり
しないからよ、無理しないで素直になれ。」


努めて優しい口調。
俺はその瞳をしっかりと見据え、安心させるために笑いかけた。
勿論、手はそのままに。


「………ひぐっ」


小雪は次の瞬間、全体重を預けて抱きついてきた。
まるでその姿は何かを許された子どものよう。
俺の上着に顔を押し付けて、そこからは鼻をすするような音が聞こえる。


「…っ……僕、素直になる。…カイトのこと信じたい。でも、涙は出ない
よ。辛いことは、もう海斗がなくしてくれたから……ひぐっ……」

「…ああ、そうだな。」


その震える背中を撫でてやる。
さっきまでは人間として危なかった。
小雪のようないい奴は環境に恵まれるべきだ。


「俺と勝負したんだからな、汗くらいかいて当然だ。風邪ひかねぇようにし
っかり俺の服でふいとけ。」

「……うん。」


その言葉とともに、ギュッと背中に回された手に力がこめられた。

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