小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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Side マルギッテ


なんだか晴れない心。
そんな原因不明のもやもやを解消するために私は夜風に当たっていた。
別に仕事が上手くいっていないわけでもない。
ただこうして、ぼーっとしていると思い浮かぶのは1人の男の顔。

“流川海斗”

先日、クリスお嬢様から相談を受けた。
そして、私はその背中を押した。
それも私にとって初めての任務に背いての行動だった。

それは勿論、お嬢様に嘘はつきたくなかったことやお嬢様の意思を尊重した
いと思ったのもある。
けれど、お嬢様が幸せになれないと判断したら、やはりどういう事情でも私
が後押しすることはなかっただろう。

そうなると、私自身もあの男のことを悪い奴ではないと認識していたのだろ
う。
むしろ買い物のときといい、無駄に優しいところがある。
お嬢様をはじめ、色々な者があいつを好いているのも魅力があることの裏づ
けということか。
そして、何よりあいつは未知の強さを持っている。
私も一敗を未だに取り返せていない。
そんな奴だからお嬢様を任せるという面では何の心配もないのだが。
正直、顔も知らない超エリートのSPをつけるよりも安心は出来る。


「はぁ……」


思わず溜息も出る。

今まではこんなことはなかった。
活躍できる環境は提供され、それに伴う実力もあったと自負している。
そして、今はその戦果によって見合った地位も与えられた。
何事も順調、後ろを振り返ったり、立ち止まることなんてなかった。

だが、現在の自分を見てどうだろう。
たった1人の男に思い悩まさせられている。
ここまで私の調子が狂わされたことはない。
それはお嬢様のことが心配だからなのか。
それとも……


「マルギッテ!?お前こんなところで何してんだ。」


そのときに男の声が聞こえてきた。
いや、男というか…
声だけで判断できてしまった自分が腹立たしい。
そこには悩みの種の張本人がいた。


「む、流川海斗…。その言葉に答える義務はない。」


冷静をよそおっても、内心は相当焦っていた。
今まで考えていた奴がいきなり現実で目の前に現れたのだ。
つくづくタイミングが悪い。


「いや、でもこんな遅い時間に1人でって…」

「……っ…別にどうでもいいだろう。それより流川海斗、貴様こそこんな時
間に何をやっている。」


会話としては本当に自然な流れ。
だが、お前のことを考えていたなどそれこそ言えるはずもない。
少し心の乱れが言葉にも表れそうになったが、上手くごまかせた……と思う。

しかし、私は甘かった。
その程度で動揺しているのが浅はかだったのを思い知らされる。

ヒョイ

ほんの一瞬、単純な動作で私の体は重力に逆らった。
片手では肩を支えられ、もう一方では膝の裏を支えられる。
その手つきは、精鋭の軍人部隊と互角に渡り合い、私のトンファーを破壊し
たあの人間離れした強さを見せた腕と同じとは思えぬほど、優しく、まるで
壊れ物でも扱うかのようだった。
じゃない!何、冷静に感想なんか述べているんだ!
これは…これは…お姫様抱っこという奴じゃないのか!?

それを認識した瞬間、もう殺そうと思った。
いや恥ずかしすぎて、死にたかったのか。
しかし、追い打ちは来る。
“お姫様抱っこっていうヤツだな。”
やられているのを自分で理解するのの比ではなかった。
直接言われたことにより、私は顔の発熱を止めることは不可能となった。

そもそもお姫様抱っこなんて、恋人同士でもやらないんじゃないのか。
結婚式とかで一生に一度とか…(←勝手なイメージ)

大体、こんな辱めを受け入れるなんて考えられない。
どんな理由を並べられても、無理矢理脱出していただろう。
けれど、この男には許してしまっていた。

それは私よりも強かったという事実。
自分より弱いものにこの身を預ける格好なんて考えられない。
そして、こいつの腕の中では安心してしまっている自分がいる。
もう最悪だ。
こんなにも自分は軍人として情けなかったのだろうか。

降ろせといっても、こいつはひらりとかわしていく。
何を言っても無駄だろうが、これ以上無抵抗を続けているのは自分のプライ
ドが許せない。

「私なら自分でも避けられる。だから降ろしなさい。」

だからこその精一杯の強がり。
だが、それはとどめの引き金をひいただけだった。


「生憎と止まってる暇はないから。それに俺の勝手で巻き込みたくねぇ。い
やもう巻き込んでるな…。だからこそ、責任を持ってお前を守る。絶対に傷
つけたりさせねぇから信じててくれ。」


なんだ、こいつは!?
馬鹿なのか、これを天然でやっているのか。
そして、上手く回らない口で必死に理由を問いただせば…


「そりゃ女の子だからだろ?」


っ!またこれだ。
初めて会った橋の上でもこいつは私のことを女の子扱いしてきた。

私は軍人、戦いに赴く者だ。
年齢が若いとか、性別が女だとかで甘くされるような世界ではない。
まさに実力だけがものを言う。
だから、女の子扱いは勿論自覚も薄れていった。
それが当然だから。

まあ、変に言い寄ってくる馬鹿な男もいた。
だが、そんな奴の言葉はただ腹立たしいだけだった。
女として扱うといっても、あいつらから感じるのは女だからなめているとい
う印象だけだ。
それはやはり、中身が伴っていないから。
自分より弱い奴に下に見られているだけだ。

だが、海斗はそうではない。
実力もあるのにそれを驕らず、そのうえであの性格だ。
女の子扱いされても不思議と腹が立たない。
それどころか……


くすくすと笑い声が聞こえる。
それはほんの微かな音だったが、この距離で聞き逃すはずもない。
流川海斗が笑っている。
私はこんなにも切羽詰っているというのに…!


「な、何を笑っているんだ、貴様は!」

「いや、マルギッテも素だと可愛いんだな。」


駄目だ、こいつには本当に色々な意味で敵わないかもしれない。
けれど、それが嫌じゃない自分が一番嫌だ。
何故ここまで惹かれているのか。
お嬢様の好きになった者だからだろうか。

…違う、はじめてなのだ。
背中を預けられる存在が。
ここまで軍人の自分を異性として扱ってくれる存在が。

はぁ、大丈夫なのか、私は…。
お嬢様が好きな相手を……。

ちっ、くそ、何もかもこの男のせいだ。
かといって、降りる抵抗は出来ない自分が悔しい。
私は優しく抱かれる腕の中で首の後ろをつねるくらいしか出来なかった。


Side out

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