小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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「ったく、ひどい有様だねぇ。」


目の前の荒れ具合は言葉で説明するには足りないほどだったが、それでもあ
まりの衝撃に発せずにはいられなかった。
まるで戦争の爪あとのようだ。
ここまでだと、五体満足な自分たちがこの場に不釣合いのようにさえ感じる。


「はぁ、まったくどうすんのさ…。相手の力は相当なもんみたいだけど……
…ん?天?」


そういえば、さっきから天使は一言も喋っていなかった。
こんな現実離れの光景、逃げられたという事実。
驚きや怒りの声くらいあってもいいものだ。
不審に思った亜巳は天使の立つそちらへと目を向ける。


「…ぇ……ぁ」


そこには顔を赤くして、餌を欲しがる熱帯魚のように口をぱくぱくさせる妹
の姿があった。
容易に考えることなど想像できる。


(海斗がまた会おうって。ウチ、あんな態度とったのにまだ嫌わないでくれ
てんだ!よーし、そうと分かりゃぁ……うへへ)

「・・・・・」


いきなり悶えだす天使を、亜巳はただ見ていることしか出来なかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「はぁはぁ、ここまで逃げれば追って来ないだろ。」


あれからまた、結構な距離を離しておいた。
行き止まりの時点で振り切れたとは思うのだが、念には念をだ。


「お、おい…」

「ん?」

「そろそろ、その…おろしてくれ…」

「ああー!すまん。」


俺は二人をゆっくりとおろす。


「えー、僕もなの。ヤダヤダ〜」


何故か、小雪には文句を言われたが…
なんとかなだめて、渋々ながらもおりてもらった。


「今日はほんと悪かったな、巻き込んじまって。」

「いや、別に構わん。その……なんだ、私は怪我も何もしていないしな。お
前が……海斗が守って…(ごにょごにょ」

「お、おう。」


最後の方はマルギッテには珍しくはっきりとしていない口調だったので、よ
く聞こえなかったが、どうやら怒りの鉄拳が飛んでくるなんてことはひとま
ずないらしい。
それより何か、今の言葉に違和感があった。
…あ、そうか。


「俺のこと、名前で呼んでくれるようになったんだな。」

「な、なんだ!悪いのか!」

「いやいや、今までフルネームだったからな。素直に嬉しいぜ。」

「そ、そうか……なら、仕方ないからこれからも名前で呼んでやる。」

「おう、よろしく。」

「ねぇねぇ、カイト〜。僕は僕はー?」

「ああ、小雪も名前で呼んでくれて嬉しいぞ。」

「やったー♪」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「作戦としては大失敗だねぇ。」

「でも、相手海斗だしなー。正直な話、師匠クラスじゃないと勝つことはで
きないんじゃねーの?」

「まぁ確かに規格外の強さではあるさね。」


あれから数分。
やっと調子を取り戻した天使と亜巳が言葉を交わす。


「とりあえずはマロードに報告ってところかい。」

「はぁ、めんどくせーけど行くかー。」

「じゃあ、早速行くよ。」

「あぁー…アミ姉」

「なんだい?天。」

「…タツ姉忘れてる。」

「……………………」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「というか、あの壁を破壊するなんてお前やはり強かったんだな。」

(トンファーを破壊されたのも偶然などではなかったということか。)

「は?あの壁のことか?あれはこれのおかげだけど。」


そう言って、俺は足を持ち上げる。
正確にはその足が履いている靴を見せるために。


「これは…」


マルギッテが見たもの、それは靴底に仕込まれていた鉄板だった。
実際に触れれば、その硬度が分かる。
なるほど、ある程度のものなら確かに砕けそうではある。


「流石にあんなもん破壊すんのは無理だって。」


海斗は軽い調子でそう言うが、対してマルギッテの表情は一層険しくなった。
まるでそれは自分の想像の範疇を越えていると、言外に表現しているかのよ
うに。

それはマルギッテが手にとって気づいたこと。
確かにその鉄板は厚さこそそこまでないものの十分な硬さを誇っていた。
しかし、それがある種証明しているようなものだ。
あのパワーを生み出していたのは圧倒的な重量。
触れて分かるその重さだった。

これを足の先に付けて、ハンマーの要領で振り回した。
威力はおそらく想像する通りだろう。
あんな人工物の単なる壁などいくらでも壊せる。
そこには納得した。

しかし、海斗は何を行っていたか。
これを付けたまま、今まで走っていたというのか。
それも人間2人を担いで…。
決して弱くない追っ手から逃げるための高速移動。
あれが全てハンデのもとで行われたこと。

それら全てを統合して、マルギッテは思う。
自分にとって初めての感情を。


(こいつには…敵わない…)


当の本人はそんなことを鼻にかける様子もなく、淡々としていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


―チャイルドパレス


「そうですか…まさか海斗くんとは…」

「もうあの女の心は完全に持ってかれてるな。」

(ついでに家のとこの妹もな…)


そこにはマロードこと葵冬馬。
傍らには井上準。
そして、報告に来た板垣三姉妹がいた。


「別にユキが誰に恋をしようと私は構いませんよ。それはユキの自由であり、
幸せにつながることですからね。」

「へー、悪人も仲間には優しいってか?」

「ですが…、あの頭脳に加えてそんな武力まで持っている海斗くん。少々、
敵に回すのは厄介ですね。何か手を打ったほうがよさそうです。」


そして、葵冬馬は笑った。

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