小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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休日の裏路地。
本来、そこは人気などなく用がなければ入らないし、そもそもそこで済ませ
られる用なんてものも端からない。

だが、近道に使った者がいた。
たむろっていた者たちがいた。
後から駆けつけた者がいた。

そして、今対峙しているのは2人。
海斗と竜兵。
だが、その形勢は一目瞭然であり、対峙とは言い難かった。
倒れ伏す竜兵の前に海斗が悠然と立つ。

海斗を知る者が見れば、その身にまとう異様さに驚いただろう。
まさにそこに立つのは誰も見たことがない別人。
完全に恐怖を与える存在と化していた。


「さてと…」


海斗は近くに落ちていた血に染まるナイフを拾い上げる。


「こんなもので人を傷つけたんだ。当然、死ぬ覚悟はあるんだよな?」

「待て!実際に刺したのは俺じゃねぇ!」

「それでもリーダーはお前だろ。頭はきちんと責任とらなきゃな。」


海斗が力を込める。
その手に握るのはナイフの柄ではなく刃。
しかし、それはまるで薄い氷のようにたやすく形を失った。

そうして、海斗の手が伸びる。
もはや次にどんな攻撃がくるのか分からない。
しかし、この手で何をされようが無事ではすまない。
竜兵はそう思い、死を覚悟した。

そこへ…


「か…いと……」


その音は海斗の意識を急速に引き戻した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


聞こえた微かな呟き。
かすれているのに俺の耳にはとても鮮明に聞こえた。
紛れもなくそれは一子の声だった。

俺は今まで相手にしていた者も怒りも全て忘れ、すぐに一子の側に戻った。


「おい、一子!大丈夫か!?」


必死の問いかけに返事はなかった。
どうやら意識が戻ったのはさっきの一瞬だけだったようだ。

だが、一子は確実に生きている。
一子に近づき、耳をそばだてれば確かにその鼓動は続いていた。
先程は怒りに支配されて、確認する暇などなかったが、一子は一生懸命に自
分の命をつなぎとめようとしているのだ。
まだ、助けられる…!

傷はナイフでの刺し傷一ヶ所。
傷自体はそこまで深くはないが、出血量がこのままではまずい。
病院に連れて行けば、この程度の傷は簡単に治療してくれるだろうが、それ
までに一子の血がもつ保証はない。
また、無理に体を動かしたことで傷口が広がるということもありえる。
一子の命がかかっているんだ。
一か八かに委ねている場合ではない。

病院に運んでいる暇はない。
ならば、ここで治すしかない。
この少女は…

“あの、海斗!明日楽しみにしてるから!”

―俺が絶対に死なせない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Side 百代

あーー、暇だ。
挑戦者は相変わらずだし、あの流川海斗とかいう奴も勝負する気ないようだ
しなー、本当につまらん。
おまけにワン子はその“海斗”とデートときた。

昨日の夜からどこかそわそわしている妹が気になって、みんなの軍師・大和
なら知ってると思い、聞いてみればその事情を説明してくれた。
あそこまで露骨なので、ワン子の気持ちはなんとなく知っていたが、まさか
そこまで大好きになっていたとは…
確かに武人としては興味がそそられる奴だがなぁ。

ったく、なんでこんな美少女が休日をもて余さなければならないんだ。
仕方ないから女の子でもつかまえるか。
そう思ったときだった。

ゴウッ


「っ!?」


衝撃を感じた。


「今のはなんだ?」


ほんの一瞬だったが、確かに膨大な質量。
そう、あまりに濃く桁外れで即座に判断できなかったが、今のは“気”だ。

川神のどこかで戦闘でも起こっているかなどとは考えない。
今の気はそんな思考レベルをぶち破るものだった。
あんな気はそうごろごろいるものではない。
だから、自然と人は絞れるのだが、今のは揚羽さんでもなければ、ジジィの
ものでもない。
今まで感じたことのない気だった。

一瞬で消えてしまって辿ることは出来ないが…。
少なくともあれだけの力を持った奴がこの街にはいるのか。
まだまだ面白いことがあるかもな、フフフ。


Side out


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「…んっん……」

(なんだろ、アタシ揺れてる?)

「やっと目、覚めたか。」

「へ?海斗……あれ!?なんでアタシおぶられてるの?」


自分がのしかかっている背中、歩くたびに起こる振動、前から聞こえてくる
俺の声、全てを統合してなんとか今の状況を理解したらしい。


「確か…アタシ…刺されて…。あれ?傷がない…」

「あー、あの後俺がすぐに来てな、待ち合わせに来ないから心配してさ。そ
れで倒れてる一子を見つけたから、病院に運んでその帰りだ。」

「そっか、海斗が助けてくれたんだ…。ありがとね。それと、ごめんね。ア
タシから約束したのに…」


もう影は伸び、街はオレンジ色に照らされている。
一子が言いたいのは“行けなくなってごめん”とか、そんなことだろう。
だから、俺は先に言う。


「ごめんな、一子。」

「え?なんで海斗が謝るの?悪いのはアタ…」

「本当にごめん。」


“お前への復讐なんだから”

狙われたのは俺でなく、海でのあのとき俺の近くにいた存在。
たまたま顔を知られていただけの無関係の少女。
だから一子がこんなことになったのは他の誰でもなく、俺のせいで…。


「ごめん、一子。」

「海斗………」


俺はただ謝ることしか出来なかった。

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