小説『ドラゴンクエスト―ダイの大冒険― 冒険家の歩き方』
作者:amon()

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悲しき少年ラーハルト……の巻



 村の近くの森の中――助けた魔族の少年を横に寝かせ、俺は焚き火で夕メシの支度をしていた。今日のメニューは、野菜と鶏肉のスープと焼き魚とパンだ。

「ぅ、う〜ん……」

 お、少年が起きそうだ。料理の匂いに釣られたか?

「ん……はっ!?」

 起きて俺を見た途端、警戒心をむき出しにして後退る少年……これは相当酷く苛められてきたと見えるな。

「……無理かも知れないが、警戒しなくていい。俺はお前に酷い事なんかしない」

「……っ」

 睨まれた……まあ、無理もないだろうが。

「ふぅ……まあいい。それよりお前、腹減ってないか?これから丁度、俺も夕メシにするところなんだ」

 スープ鍋の蓋を開け、レードルでひと回ししてから、具の煮え具合を確かめる。

「はぐ、モグモグ……んっ、いい頃合だ」

「……ゴク」

 横目で見ると、少年が涎を垂らしそうな目でスープを凝視しているのが見えた。

ぐぅぅ〜……

「っ!?」

 少年は鳴った自分の腹を慌てて押さえる。

「ハッハッハッ!腹の虫は正直者だな。待ってろ、今、皿によそってやる」

 “ふくろ”から木製のスープ皿とスプーン、それに平皿を出し、パンと焼き魚を乗せて、少年の前に置く。

「……」

 少年は目の前に置かれた料理に釘付けになるが、食べようとしない。

「どうした?腹減ってるんだろう?自慢じゃないが、俺の料理はちょいとしたもんだ。それなりに美味いはずだぞ?」

「……」

 やっぱり何も言わず、手を付けようとしない。警戒しているのだろうか?

 あまり無理に勧めるのは逆効果になりかねない。だったら……

「さ〜て、俺も食うとするかな!」

 先ず、俺が率先して食う――人が近くで美味そうに食っているのを見ると、食欲をかき立てられるものだ。度が過ぎれば、逆に食欲が失せる事もあるが……。

「ズズゥ……ん〜♪我ながら美味く出来たもんだ!」

 スープの次は焼き魚――鱒の一種だと思うのを近くの川で捕って、串に刺して塩振って焚き火で焼いたものだ。

「ガブ!モグモグ……ん〜〜♪塩加減も焼き加減も完璧だ、美味い!」

「……ゴクッ」

 今、後ろの方で唾を飲み込む音が確かに聞こえた。もうひと押しか……。

 パンを一口大に千切り、スープに浸して口に運ぶ。

「ん〜〜〜♪パンにスープが染み込んで、これまた美味い!」

「……ッ」

 動きの気配……いくか?

 こっそり後ろを見ると、スプーンを握り締め、スープをすくおうとする少年の姿が見えた。

 気付かれると折角動いた手を引っ込めるかも知れないので、すぐに視線を前に戻す。代わりに耳を澄まして様子を窺う。

「………………ズゥ」

 お、飲んだ!

「っ……!ハグ!ハグ!ハグ!」

 今度は勢い良く食らう音が聞こえてきた。どうやら気に入ったみたいだな、よしよし。

「ガツガツガツ!……」

 ん?音が止んだ……?

 思わず振り返る。すると、音が止んだ料理がすぐに分かった――スープ皿が空になっていたのだ。

 しかも、少年はスプーンを咥えて切なげな顔をしている。

 やれやれ……俺はスープの鍋を持ち上げて少年の前に行き、空の皿におかわりを盛る。

「あ……」

「腹いっぱい食いな。おかわりはまだまだあるからな」

 返事は聞かず、少年に背を向けて元の位置に戻って座る。

「……ハグ、ハグ……ハグ……ふぐ、ぅ……ぅぅ……ッ!」

 食べる音に混じって、泣き声が聞こえてくる……一体、今までどれだけ辛い目にあってきたというのか。そもそも親は何をしているんだ?

 後で聞いてみるか……話してくれるかは分からんがな。



 その後、少年は小さな身体でスープを3杯も平らげ、鍋を空にした。

 勿論、俺も食ったが、少年は俺の倍は食った……微笑ましいと思える反面、今までどれだけひもじい思いで生きてきたのかと気にもなる。

 だから俺は、思い切って話を聞いてみる事にした――。

「……なあ、少年。聞いても良いか?お前の事……」

「…………」

 少年は俯いたまま、何も言わない。言いたくないか……だが、さっきよりは俺に心を開いてくれていると思う。何故なら、さっきまではこっちに近付こうともしなかったのに、今は焚き火の傍に寄って、俺の向かいに座っているからだ。

「村の連中とお前の間柄は、1度見ているし、大体察しがつく。だが、何故お前は1人で村にいた?お前自身、村の連中に疎まれている事ぐらい分かっていただろうに……それに、親父さんやお袋さんはどうした?」

「……いない」

「何?」

「父さんは……俺が生まれてすぐに、病気で死んだって、母さんが言ってた。母さんは……去年、病気で死んだ……」

「ええ!?じゃあ、この1年、たった1人で暮らしてきたのか……!?」

「……」コク


 それから少年は、徐に自分の事を話してくれた……。


 少年の名前はラーハルト……歳は10歳、魔族の父と人間の母の間に生まれた、魔族と人間のハーフだった。魔族の血は人間のそれより強く、ラーハルトは魔族の容姿を受け継いで生まれてきた。

 ラーハルトの父は、魔族にしては温厚な人物だったらしい。が、やはり魔族という事で村の連中には恐れられていた……それが、魔王ハドラーの世界侵略によって恐怖からの迫害が始まった。

 最初は魔族であるラーハルトの父親本人が……その父親が死ぬと今度は人間のラーハルトの母親までが、魔族と交わった“魔女”だとか何とか言って、村の連中は迫害したそうだ。

 ラーハルトの母親が病気で死んだというのは、子育ての苦労と迫害の心労が重なった所為だろう。

 もしやラーハルトは1人になった後、食うに困って村で盗みでもしたのかと思わず邪推してしまったが……幸いにしてそれは杞憂だった。

 それとなく尋ねてみると、ラーハルトは今日まで両親が残した畑で野菜を作り、川で魚を捕り、森で兎や猪を狩って、どうにかこうにか生活していたのだ。

 若干10歳の少年が……頼る者もなく、たった1人で生きてきた。聞いた時は愕然とした……俺も一応、この世界に転生した時は5歳という歳で1人で生きてきたが、俺にはあの案内人さんに貰った特典があったし、種族も人間だったから差別も迫害も受けなかった。ラーハルトとは比べるべくもない。

 だが、ここで新たな疑問が浮かぶ――。

「ラーハルト、何故今日に限って村に降りたんだ?」

「……っ、あいつらが……!」

 ラーハルトは両手を真っ白になるほど握り込み、眉間に深々と皺を刻んだ凄まじい形相を浮かべる。

「あいつら……?お前を苛めていた、あの男共の事か?」

「そうだ……あいつらが、父さんと母さんの墓を壊したんだ!!」

「なんだって!?」

 ラーハルトは悔しそうに語った――今日の昼前、森で狩りをして家に帰って見ると、家の横に建てた両親の墓標が無惨に折られ、畑も踏み荒され、家も窓が割られドアが壊され中も滅茶苦茶にされていたそうだ。

 前々から、家の窓が割られたり、畑が踏み荒されたりと、度々嫌がらせがあったという事だが……今回ほど徹底的にやられたのは初めてだという。

 またも愕然としてしまう……そこまでするのか?幾らなんでも、酷過ぎる!

 家や畑ならまだ我慢も出来た……しかし、両親の墓を壊されたのは許せない――ラーハルトは遂に我慢の限界を越え、犯人に報復に行ったのだという……。当たり前だ、俺だったらとっくに怒りに任せて村ごと焼き払うか、堪らなくなって逃げ出している。何の力もない前世の頃の俺なら、間違いなく後者だったろうな。

 ラーハルトは今日までよく辛抱した……。

「……お前は偉いよ、ラーハルト」

「え……?」

「俺だったら、そんな辛い目にあったらとても我慢なんか出来なかったさ。とっくに逃げ出している……お前は、立派だ」

「…………」

 俺が言うと、ラーハルトは顔を背けた。照れているのだろうか?まあ、敢えて突っ込む事でもないので触れないでおく。

 それより、今後の事だ――。

「なあ、ラーハルト。これからどうするんだ?」

「……?」

「このまま、あの村の近くで暮らしていくのは、辛くないか?」

 他人に差別され、謂れのない事で迫害される事が辛くないはずがない。それに、今回の様に嫌がらせが段々とエスカレートしていくと、いつラーハルトに危害が及ぶかも分からない。

 どこか、安全な場所に移った方が良い。

「……どこに行っても同じだ。俺は魔族だから、人間は受け入れてくれないさ……」

 ラーハルトは諦めと悲しみの混じった表情でそう言う。

 確かに、人間社会の近くで生きるのは難しいと言わざるを得ない。だが、幸いな事に俺はラーハルトに打って付けの場所を知っているのだ。

「ラーハルト、お前を受け入れてくれる場所がたった1ヶ所だけある」

「え?」

「良い所だぞ?暖かくて、自然豊かで、住民も種族なんか気にしない良い奴らばかり。おまけに皆、俺の友達だ。きっとお前の事も受け入れてくれる」

「……そ、そんな場所があるのか?本当に……俺を、仲間に入れてくれるのか?」

 不安げな表情で尋ねてくるラーハルトに、俺は躊躇いなく頷いてみせる。

「勿論だ!お前にその気があるなら、すぐにでも連れて行ってやる!」

「……」

 ラーハルトは少し俯き、考える素振りをする。だが、すぐに顔を上げて俺を見上げる。

「あんたは……どうして、俺に親切にするんだ……?」

「うん?」

「人間は、魔族が嫌いなんだろ……?あんたは人間だ、なのにどうして魔族の俺を助けたり、メシを食わせてくれたり……あんたは変だ。俺なんか、助けたって何の得もないのに……なんでだっ?」

「う〜ん、なんでって聞かれてもなぁ……」

 どうして助けたか?なんて、1人の子供を寄ってたかって乱暴しているのを見て、腹が立ったから……だな。魔族が嫌いっていうのも、この世界の人間の事であって、前世の人格と記憶を持っていた俺には特にそういう意識はない。

 まあ、ラーハルトを助けた理由を一言で言ってしまえば……

「『俺がそうしたかったから』……だな」

「は……?」

 簡潔にまとめたつもりだったが、ラーハルトはきょとんとしてしまう。

「俺は別に魔族を嫌ってなんかいない。魔族全体が悪党な訳ないだろうしな。寧ろ種族とか関係なく、お前を痛めつけていたあの男共みたいな、自分より弱い奴を面白半分に虐める奴らの方がよっぽど嫌いだ。ああいう奴らは見ていて腹が立つ……それに、だ」

 そこで俺は、何の気なしにラーハルトの頭に手を置き、そっと撫でた。

「お前みたいに悲しそうな目をしている奴を見ると、どうにも助けたくなる性分なんだよ、俺は……」

「っ……!?」

ぽた……

 ラーハルトの目尻が下がり、涙が零れ落ちる……。

「う……ぅ、ぅぅ〜〜〜〜ぅわぁぁぁぁぁ〜〜〜……!!!」

 胡座をかいた俺の腿にしがみ付き、ラーハルトは大声で泣いた。今まで諦めと共に溜め込んできた感情が、一気に噴出したのだろう。

「わぁぁぁぁぁ〜〜〜〜……!!!」

「……」

 俺は、ラーハルトが泣きやむまでそのままにさせておこうと、焚き火に薪を放り込んだ……。



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