それからちょっとして、ミカは沈黙を破った。
「ちょっとお化粧直してきます」
「トイレでしょ?」
「デリカシーの無い人ですねまったく……」
「ははん、冗談だよ」
俺が笑ってみせると、ミカは拗ねたように振り返ってトイレへ向かった。
……振り返りざまに笑顔だったのは俺だけの内緒にしておこう。
残された俺はしばらく夕日を見続ける。
ノスタルジーとか言っちゃったけど、改めてそれがぴったりの表現であると思う。
俺は一人、昔の夕日に彩られた故郷を思い出すと同時に、血に濡れた経験を呼び覚ます準備をしていた。
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「ふぅ、すっきりした」
ミカは生々しい感想と共に洗面台で手を洗う。
水道常備とは恐れ入る……未だ井戸や川水に頼る場所もあると言うのに。
彼女はハンカチで手を拭くと、トイレから出ようとして止まる。
「……まぁまぁ、気配を消して女子トイレに侵入なんてうちの変態でもしませんよ、多分」
振り返ると、そこにはポロシャツを着た男が居た。
彼は何も語らず、手には人が一人入りそうなバッグを持っていた。
彼女は無表情で男を眺める。
そしてミカは、そこから姿を消した。