小説『π>ψ』
作者:馬頭鬼()

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 ……が、それが祟ったのだろう。

「ボクのチャーシューの恨み、今日こそ晴らさせてもらうよ!」

 ……翌日、体育館。超能力の授業にて、俺と亜由美は対峙していた。
 今日こそと言われても、たった一日しか挟んでいない訳だが、ま、その辺りはその場のノリってヤツだろう。
 しかし、食い物の恨みってのは恐ろしいようだ。
 一発KOを決めた次の昼休みにはもうケロッとしていた亜由美が、丸一日経っても未だに根に持っているほどだ。
 ……今度から亜由美の食事には手を出すまいと俺は心に誓っていた。

「はい、では勝負、開始です」

 と合図をかけたのはマネキン教師。
 昨日のおっぱい様の言葉で分かっていたんだが、この教師、決闘を止める気なんてさらさらありゃしねぇ。
むしろ校内での喧嘩を煽っている節がある。

「ガンダムファイト! レディー、ゴー!」

 モビルファイターによるコロニー同士の決闘の如く、マネキン教師が叫ぶ。
 ……意外とノリの良い先生である。

 ──っと。

 マネキンの声と同時に前日の通り、亜由美が体重移動さえないままに横滑りして間合いを詰めてくる……と、思いきや、その場でサマーソルトを半回転。
 その途中でいきなり虚空を足場にしたまま、回し蹴り!

「どわっ!」

 流石にあんな場所から攻撃が入ってくるのは予測になかった俺は、完全に虚を突かれていた。
 曾祖父から鉄壁を旨とする古武術を学び、防御技術にはかなり自信があった俺だったが、さっきのはガードするので精一杯で、腕にはまだ捌き切れなかった蹴りの感触が残っていた。
 実際、亜由美の攻撃が軽いから何とかダメージは少ないのだが……彼女が俺と同じくらい体重があったらと思うとゾッとしない。

「へっへっへっへ。次、行くよ〜!」

 さっきの攻撃で自分の能力と空手との融合させる感覚を掴んだのだろう。
 亜由美が変な笑い声を上げながら、空中を滑ってくる。

 ──ヤバい。ヤバい。ヤバい。

 自分で忠告して何なんだが、此処まで厄介になるとは思わなかった。
 格闘技が地面に立つ人間相手のモノだという大原則。
 それを甘く見ていた俺が悪いのか。
 それとも格闘技の大原則を無視できる、亜由美の超能力が凄いのか。

「ちぃっ!」

 側頭部目掛けて斜め下から飛んできた正拳を辛うじて避ける俺。
 その角度は、スマッシュ並で避け辛いったら!
 次に来たのは胴廻し回転蹴り。しかも袈裟切りな角度。

「つっ」

 肩の筋肉に力を入れて、辛うじてガードに成功した。
 結構痛い……が、痛いだけで済んだのはありがたい。実際の話、体重差があり過ぎて、痛いくらいで済んでいる。
と、油断したつもりはないけど、胴廻し回転蹴りなんかを小ダメージで済ませたから気が緩んだのかもしれない。
 もしくは、こんな大技の直後に攻撃は来ないと無意識下で思ってしまったのか。

「へへ、貰い!」

 亜由美の笑い声と共に、もう蹴り足が俺の側頭部にくっつく。
 もう片方の足は反対側の側頭部に。コレって……

「しまっ!」

 フランケンシュタイナー! プロレス技じゃねぇか!

「四人の兄貴と同じ部屋で暮らしていたからさ! こういうの、慣れてるんだよね!」

 ……くっ! 体重差がかなりあるってのに、俺の身体が持ち上がる!
 どうやら、亜由美の能力が俺の身体にも作用してるらしい。

 ──やばいっ! 何とか打開の手段を!

 それは無意識の行動だった。
 古流武術にある、投げ・締め殺しの『ある手法』が浮かぶ。
 そして、攻撃対象は目の前にあった。
 ……ならばそれを実行するのに何の躊躇いがあるだろう?

「けぴっ!」

 響いた声はそんな感じだった。
 そして、お尻を押さえて崩れ落ちる亜由美。
 文字通り、直下に。
 流石にあの攻撃を喰らった直後には超能力を維持出来なかったのだろう。
 空中歩行の効力が切れた俺の身体も彼女と同じように直下に落ちるが、こうなるのは予想の範囲内だったお蔭で、俺は上手く受け身を取ることが出来た。
 だが、俺の一撃によって硬直していた亜由美はそうはいなかかったようだ。
 自動車に敷かれたカエルの如き姿勢のまま床に叩きつけられた後、板張りの床に伏したまま動かなくなってしまう。
 ……やっぱプロレス技ってルールの下でしか有効じゃない見せ技多いよな〜。

「お、お、お、女の子になんてことするのよ!」

「いや、古流殺法、菊穿ち」

 ……聞こえは良いんだよな、この技。
 やってることは、文字通りなんだけど。
 ちなみに何故殺法かと言うと、曾祖父と立ち会ったとある柔術家がコレを喰ったトラウマで寝技に移行できなくなったらしい。
 ……しかも、その柔術家は男色家の道を歩み始めたとか。
 まさに『男としての人生を殺す』古流殺法であった。

「女の子相手に殺法なんて使うな〜!」

 俺が殺法の威力について感慨に耽っている間に、ようやく動けるようになった亜由美は、お尻を押さえながら絶叫する。

 ──いや、まぁ、仰るとおりで御座いますけど。

 ちなみに、あまりにも高速の出来事だった所為か、周囲のギャラリー達は何が起こったか分かってない様子で、ま、ある意味助かっている。
 って、周囲のギャラリーからカップが三つ四つは突出しているあのおっぱい様には隠し事なんて通用しないんだよな〜。
 ほら、軽蔑の視線が飛んできている。

「二本目、やるわよ!」

「……大丈夫か?」

 立ち上がって叫ぶ亜由美を思わず心配してやる俺。
 素人目で見ても分かるほど腰が引けているのにはちょっとだけ同情してしまう。
 だけど、その視線を見る限り闘志は失っていないようだ。

「このクラス、最強の座は渡さない!」

 ……いつからそんな勝負になったんだろう?
 どうやら変な熱血漫画に影響されているらしい。
 と、俺は内心思ったが、周囲の人間から突っ込みが入る気配はない。
 それはそれで困る。
 ……俺が最強の超能力者なんてデマが広がったら、色々面倒だし。

「って、最強は俺じゃないし」

 ついでに変な勘違いしているようだから、ちゃんと正してやる。
 俺の予想が正しければ、このクラスの能力者の中に、誰一人敵わないヤツが存在している筈だから。

「じゃあ、誰だってのよ」

 亜由美が怒鳴りつけてくるのを聞き流しつつ、俺は指をビシッと……

 ──危ない危ない。

 思わずおっぱい様が視界に入ってくるものだから、あの乳を指差しそうになった。
 ……アレは確かに最強兵器だが、この場で言う最強には相応しくあるまい。
 ちょっと迷い指をしながら、俺は思っている人物を指差す。
 カップはB。
 性格は委員長肌って感じで、眼鏡は四角型。
 あんまり目立つ方じゃないみたいだけど、控え目な世話焼きっぽい感じの、その人物は……

「……私?」

「……乾さんじゃない」

 亜由美ばかりか、俺に指差された乾操という名の少女さえも戸惑っていた。
 ま、それはそうだろう。
 彼女は自分の能力の可能性も理解していないみたいだし。
 その所為か、亜由美も肩透かしを食らったような表情を隠していない。

「あんな、脱水乾燥の超能力で、どうやって相手を倒すのよ?」

 俺の指摘が納得行かないのか、首を傾げる亜由美。

「……試してみれば分かるって」

 俺は亜由美の前を離れると、俺たちのバトルを見学していた乾操さんのところへ向かい、そのまま彼女の手を取ると、有無を言わさずさっきの場所へ連れて行く。

「ちょ、ちょっと。佐藤君。困りますって。私の能力なんて……」

「大丈夫、俺のアドバイス通りにやれば」

 そして、彼女の耳元で、俺は必勝の策を授ける。
 コレをやられたら、俺は絶対に勝てないと思えた能力の使い方だ。

 ──いや、多分、一対一なら誰でも勝てない。

 例え最盛期の俺の曾祖父だろうと、いや、明治の人斬りである緋村抜刀斎だろうと志々雄真実だろうと、だ。

「……出来るか?」

「えっと。やったことないけど、多分出来ます」

「あと、射程は?」

「多分、五メートルくらいまでなら」

 聞いて驚いた。
 これなら間違いなく、素手同士の決闘で彼女に勝てる相手なんてただの一人としていないだろう。

「相談は、終わった?」

「えっと」

 俺の方を気弱に振り返る操さん。
 そんな彼女に向けて、俺は大きく頷いてやる。

「ふぅん。なら、和人の勘違いを正してやるさ。
 そして、ボクともう一度最強を賭けて勝負してやるんだ!」

 変なテンションを維持したまま、亜由美が俺を睨み付けつつ、叫んでいた。

 ──だけど、安心しろ、亜由美よ。

 ……ほぼ間違いなく、そんな機会は来ない。

「じゃあ、始めますよ? ガンダムファイト、レディ、ゴー!」

 ノリノリのマネキン教師の合図が走った瞬間、亜由美は一気に操さんとの距離を詰めようとして。

「あの、ごめんなさい」

 そんな躊躇いがちな操さんの声が体育館に響く。
 ……その直後だった。

「目がっ! 目がぁあ〜〜!」

 次の瞬間、飛行石の光に目をやられた空中都市の王のような叫びが体育館に響き渡っていた。

 ──いやぁ、やっぱ洒落にならないな、乾燥能力。

 その威力とダメージを想像した俺は、背筋を冷たい汗が伝うのを感じていた。
 彼女の能力が、水分を空気中に逃がすという能力だからこそ出来た荒業。
 リットル単位の蒸発が出来るのだから、一滴二滴の水分を逃がすなんて簡単だっただろう。
 ただ、その部位が眼球という……戦闘の際には絶対に空気に触れなければならない場所で、しかも鍛えようのない場所だったというだけだ。
 亜由美のヤツ、まだ直射日光に焼かれたミミズのようにのたうち回っている。
 周囲のクラスメートも一斉に脅えた表情を乾さんに向けている始末である。
 しかし、こんな能力を自由自在に使えるとたら、彼女には世界中の誰だろうと敵わないだろう。
 もし勝てるとしたら……

「どうしました?」

 いつの間にか俺の隣に来ていた奈美ちゃんが俺の視線に気付き首を傾げている。
 もし乾さんと戦うとしたら……ずっと目を閉じたままで戦える彼女のみが、唯一彼女を撃破できる可能性があるかも。
 けど、奈美ちゃんは戦う人って感じじゃないし。
 ま、トランプでいうところの、キングに唯一対抗できる2って感じかな?

「……私は?」

「……ジョーカー」

 おっぱい様が尋ねてこられたので、俺は素直に答えた。
 すると足を踏まれてしまう。
 ……結構痛い。
 俺はそっちの気はないから、別段こういうのは嬉しくない。
 あの最終兵器でビンタされるとかなら、それは間違いなくご褒美なのだが。

「じゃあ、乾さんが学級委員長ってことで、みなさん、文句ありませんね?」

 いきなりマネキン教師がそんなことを言い出した。

 ──何だそりゃ?

 って思ったものの……別に異論はない。俺はそういう学校行事に望んで参加したいとも思わないし。
 それに、ま、操さんなら、委員長、似合ってるし。
 他のクラスメートの連中からも文句は上がらない。そりゃ当然だ。あんな能力を見せつけられて逆らおうなんて馬鹿、いる筈もない。

「……けど、流石は超能力アドバイザーね」

 ……はて? 何を仰るおっぱい様。

「たった一言でクラス最強の超能力者を生み出したんですよ、すごいです」

 ちょっと、奈美ちゃんまで?
 二人の言葉でやっと気付く俺。

 ──そう言えば、俺ってそんなの引き受けていたっけ?

 うわ、今気付いたら、クラス中から尊敬の視線が……あ、一つだけ恨み混じりの視線が。食い物の恨みは恐ろしいらしいな、亜由美。
 ……もしくは、尻の穴の処女を奪った恨みかも。
 あの表情を見る限り、亜由美の怒りはしばらくは収まりそうにないだろう。

「おっと。そろそろ次の時間が……」

 だから、俺は逃げ出した。
 取り合えず、この場から。
 ……何の解決にもなってないのは分かっていたんだけど。



「あ〜あ。こんな、学校、さっさと辞めてぇな」

 廊下を走る俺の口から、思わずそんな愚痴が零れ出る。
 未だにクラスの中で自分だけが異物という感覚は抜けず……正直、あと三年間もこの中でやっていく自信なんてない。
 ……そりゃ、今日は少しくらいの手ごたえはあったけどさ。

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