小説『π>ψ』
作者:馬頭鬼()

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 〜 3 〜

 
「という訳で、審判として音無奈美ちゃんを迎えました」

「あの、よろしくお願いします」

 そう言って風呂場にいたのは、何故かスクール水着を着た奈美ちゃんだった。
 いつものように杖を片手にした彼女は、三人の手引きによって先に風呂場で用意していたらしい。

「え? 何故奈美ちゃんを?」

「え、あの、その……」

 思わず問いかけた俺の声に、奈美ちゃんは狼狽えまくってまともな言葉を返さない。
 ……と言うか。
 あの決闘以来、彼女はずっとこんな感じだった。
 流石に……あの勝ち方はまずかったのだろう。
 あの日からずっと顔も合わせてくれないし、声をかけてもこの有様なのだ。

 ──何となく、やり切れない。

 しかし、それも自業自得と言われれば、自業自得である。
 こんなバカな勝負にも顔を出してくれているのだから、決定的に嫌われている訳じゃない……と、思いたいが。

「だって、目が見えないんだし。
 だったら、勝負には関係ないやろ?」

 羽子が平然とそう告げるが……

(……視覚障碍者に、言う言葉かよ、それ)

 俺は心の中でついつい突っ込んでいた。
 が、まぁ、奈美ちゃん自身は羽子の言葉を耳にしてもあまり気にした様子はないから良しとしよう。

「ルールは大きく三つですわ。
 風呂場に入ったらタオルを外します」

「……分かった」

 雫の言葉に頷く俺。
 既に俺も用意は出来ており、腰にタオルを巻いただけの姿だった。
 彼女たちも同じで、俺の正面には羽子、雫、レキ、委員長に亜由美の五人の少女が、バスタオルを巻きつけただけの姿で並んでいる。

 ──委員長、見たいのは分かるが、眼鏡をかけたままって……湯気で曇るんじゃないか?

 そう首を傾げる俺だったが、実際、彼女にとっては俺の上半身裸だけでも十分な収穫らしく、目を血走らせてこちらを凝視していて……
 ……その姿は、正直、ちょっと怖い。
 古武術で一応なりとも鍛えてはいるから、そう見せても恥ずかしくないとは言え……こうジッと見られると、妙に気後れすると言うか……

(……反省しなきゃな)

 もしかしたら、あのおっぱい様も俺のこんな視線に常々晒されているかと一瞬だけ思い当たり、俺は内心でそう呟いていた。
 尤も、あの二つも並ぶ至高の芸術品を眼前にして、俺がその反省を生かせるかどうかは全く別問題だと分かってはいたが。

「一度でも風呂から出たらギブアップや。
 敗者は全裸のままで脱衣所まで向かう。
 ……ここまではええな?」

 勝負とは全く関係ないことを考えていた俺の内心に気付かないまま、羽子はルール説明を続けていた。

「……ああ」

 彼女の言葉が終わったところで、俺は了承の意味を込めて頷く。
 かなり厳しいルールだが……勝算はある。
 古武術で鍛え上げた俺の我慢強さは、同年代の男子と比べてもかなり高い位置にあるだろう。
 つまり、少女たちと我慢比べをして、負けるはずが……

「……超能力の使用は自由」

「って、ちょっと待て!」

 ……負ける筈がない戦いにいきなり不安要素が転がり込んできて、俺は思わず怒鳴り返していた。
 幾らなんでもそれは……

「何を甘いことを言っとるんや、師匠。
 師匠の古武術も身体の一部。
 なら、あたしらの超能力も身体の一部で文句ないやろ?」

「ぐっ、くっ」

 一度は自分で叫んだことのある彼女の言葉に、俺はうめき声を上げていた。
 確かに俺はそう言ったことがある。
 そして、俺は正直に生きるという曾祖父の言葉を胸に生きてきたつもりだ。
 である以上……ここで退く訳にはいかなかった。

「ああ。分かった! 分かったさ!
 その条件でやってやろうじゃないか!」

 とは言え、正直なところ、そう不利な条件ではない。
 ……何しろ、彼女たちの超能力はこういう状況で使える類のものじゃないのだから。

 ──Aの羽子は気体を操る……が、風呂場で何を操って身体を隠す?
 ──AAの雫は水を創り出す……が、水は透明であり身体を隠すことなんて出来やしない。
 ──Bのレキに至っては土砂を動かす能力で、風呂場に土砂なんてありはしない。

 同じくBの委員長は……乾燥させて視界を一瞬奪う能力ではあるが……これだけ水のある場所なら対処は容易いだろう。

 ……胸が膨らんでいるかどうかさえ不明の亜由美に至っては……空を歩くだけだ。
 もし亜由美が超能力を使い全裸で空を飛んだなら……見えちゃいけない場所までローアングル的な意味で完璧に見えてしまい、床を歩くよりも不利になるだけである。
 ……と、そこまで俺が考えたときだった。
 さっきからコツンコツンと床を叩き続けていた奈美ちゃんが、ふと羽子の方を振り向いたかと思うと。

「……あの、その条件だと……絆創膏は反則ではないでしょうか?」

「……なん、だと?」

 奈美ちゃんのその一言は、俺を激昂させる必要十分条件だった。

「……てめぇ。端っからそういう……」

 いきなりイカサマをしかけようとした羽子の胸蔵を掴もうと、俺は手を伸ばし……

「ストップ、ストップ。
 分かった。分かったわ。
 悪かった。悪かったてば」

 俺の手から羽子はするっと逃げると、おもむろに後ろを向いて……

「……あいたぁ。
 下手な小細工するんやなかったわぁ」

 そんな泣き言を言いながら、絆創膏を剥がし始めた。
 ……俺は武士の情けとばかりに、情けない彼女の姿から目を逸らしてやる。

 ──まぁ、イカサマは腹立たしかったが……それでも俺はここで退く訳には、いかない。

 最低でも、参加はしないと……参加賞である家庭教師は赤点を見事に取ってしまった俺にとって、凄まじく魅力的な商品なのだから。

「あと、委員長さんと雫さんもビキニを着るのはちょっと……」

「嘘っ! 分かる、の?」

「ええ。音の反響で、大体のことは」

 審判の指摘で、あっさりと露呈するイカサマの数々。

 ──奈美ちゃんがいてくれて助かった。
 ──そうでなければ、熱湯の中で無駄に我慢するだけになるところだった。

 俺は安堵のため息を漏らすと、彼女に向けて頭を軽く下げる。
 イカサマを見破った名審判は、俺の感謝の姿勢に軽く頷くと、すぐに俺から顔を背ける。
 それでも杖で床を軽く小突き続けているのだから、彼女なりにこちらを意識してくれているに違いない。

「これで、何もなしや。
 審判、文句ないやろ?」

「ええ。確かに」

 羽子の言葉に、奈美ちゃんは頷き……俺もそんな彼女の態度を見て頷く。
 本当に油断も隙もない連中である。
 ……と言うか、その程度のイカサマを疑わなかった俺が悪いのだろう。

 ──イカサマはバレなければイカサマとは言えないのだ。

 武術で言えば、暗器を使った相手を卑怯と罵るのは容易い。
 だけど、死ねばその文句を言う口すら開けない。
 ……俺と祖父を勘違いし続けたとは言え、基本的には厳格極まりない曾祖父の『戦場においての教え』を俺は今更ながらに思い出していた。
 そう俺が気を引き締めたその時、だった。

「……あ、そうそう。
 お詫びって訳じゃないけどな。
 一つ良いこと教えておいたるわ」

「……まだ何かあるのか?」

 羽子の言葉に俺は半ば呆れながら振り返る。
 彼女の手の中には、どこぞに貼っていたらしき絆創膏があって……ソレから慌てて視線を逸らす俺。
 正直なところ俺としては、バストに関しては兎も角、それ以外の性的な話はあまり得意じゃなかったりする。

「実は私たち、最近、バストアップマシンを使っていて……ちょいとバストサイズ、上がっているのですよ」

「なっ?」

「……ホント」

 雫とレキのその言葉に、俺は額の辺りでテキーンと何かが輝くような感覚を得ていた。
 そのマシンでどう変わったのか……こうしてバスタオル越しでは分からないし、ただのハッタリとしか思えない。
 だけど。
 ……だけどさ。

 ──もし、もしも彼女たちのバストサイズに変化があったのならば?
 ──もし俺の見立てが間違っていたならば?

 ……それは男として、いや、漢として一目見てみなければならないだろう。

「では、見せてもらおうか。
 その、新しいバストアップマシンの性能とやらを!」

 俺は決め台詞とばかりにそう叫ぶと、風呂の中へと飛び込んだのだった。

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