〜 二ノ弐 〜
〜 1 〜
「……序列?」
翌朝。
マネキン教師がホームルームで突然語り出した聞き慣れないその単語を、俺は鸚鵡返しに聞き返していた。
「ええ。
新たな超能力開発のプログラムということで、昨日突然導入されたシステムです」
一生徒が、しかも超能力を持たない俺が話をぶった切ったというのに、嫌な顔一つせずにマネキン教師はそう答えてくれる。
……尤も、この真っ白なプラスティックで造形されている表情が変わる訳もないのだが。
まぁ、声色もいつも通りだから、機嫌を損ねてはいないのだろう。
「要は、ボクシングのランキングみたいなものです。
ルール無用の戦いでお互いの技を競い合わせ、最も強い超能力者が一位となります。
そして、テスト前日の段階で、序列が高ければ高いほど超能力の成績に加算する仕組みになっています。
序列一位になれば六〇点も加算されるそうですので、あまり成績の芳しくなかった方は頑張って下さいね」
その声を聞いた俺は、密かに机の下でガッツポーズを取っていた。
──「テストを受けずに赤点を回避できる」か。
確かにコレは……昨日繪菜先輩が持ちかけてきた取引と一致する。
その対価が何かは分からないものの……今はまだ、勉強せずに赤点を回避できるというその事実だけで十分だろう。
この『夢の島高等学校』において、赤点は三〇点で、中間試験と期末試験との平均で決定される。
──つまり、中間テストで一桁とは言え点数を弾き出した以上、序列一位で六〇点を頂ければそれだけで赤点は回避できるって訳か。
俺がそう思考を巡らしている間に、マネキン先生は黒板に文字を綴っていた。
「現在の序列はこうなっております。
PSY指数の大きさだけで決まってますから、最初の方は乱高下すると思いますけれど」
その言葉と共に自分の序列とやらを確認してみる。
──二十八位。
当たり前ではあるが、二年生八名、一年生二〇名の超能力者が集う学校の中、無能力者の俺は最下位だった。
一つ上の二十七位に奈美ちゃんの名前が、二十六位におっぱい様がいらっしゃる。
うちのクラスの最高位は中空亜由美。
……彼女はPSY指数だけで既に一〇位を獲得していた。
一組の舞斗の名前が六位にある辺り……どうやら学年もクラスも関係ない並びらしい。
「各生徒は、自分より一つだけ上位の相手にだけ挑戦が出来ます。
ついでに言うと、上位から下位への挑戦は不可能です」
──なるほど。
相変わらず何処から声を出しているのか一切不明の、マネキン教師の声を聞いて俺は一つ頷いていた。
──上位へ上がろうとすれば、地道に一人ずつ抜いて行かなければならないって訳だ。
いきなり繪菜先輩に挑戦して一位を奪い取るってほど世の中上手くはないらしい。
あくまでも超能力者の訓練がこの『序列』とやらの目的だ。
要は……学校側はテストの点数を餌に、生徒たち同士が相争わせ能力を高めることを狙っているのだろう。
つまり、戦闘回数をなるべく増やした方が学校側としては得、という訳だ。
「あと、あまりしつこい戦闘を避けるために、同じ相手と戦うのは、最低でも一週間は時間を置いてもらいます。
……さて、何か質問は?」
「……軍事使用のカリキュラムはなくなった筈では?」
話を終えた教師に向かい、クラスを代表してそう尋ねたのは委員長である。
事実、この前俺が出したレポートの影響で、この学校の学習カリキュラムは軍事目的の訓練からレスキュー訓練へと変化している。
委員長の疑問は尤もだった。
「では、災害救助活動が主な活動である我が国の自衛隊は、軍事訓練を行ったりしないのですか?」
「……確かに、そうですね」
先生の言葉に委員長はそう頷き、そして俺も内心で同意するしかなかった。
救助活動を旨とするPSY能力者だろうと、有事の際には戦う必要があるかもしれない。
テロリストの起こした大事件に動員されるとなると、救助活動中にテロリストと交戦する可能性もある。
……この学校が税金で成り立っている以上、そういう事態を想定した訓練を行うのは当然だろう。
いや、そうでなかったとしても。
人命救助活動が死と隣り合わせである以上、そしてテロや犯罪が起こることを完全に否定できない以上、戦闘に巻き込まれる可能性もまた否定はできない。
である以上、コンマ1%だろうと生存確率を上がるならば、戦闘訓練を積むことに異論などあろう筈がない。
「本当は救助カリキュラムだけで良かったんですけどね。
寮と学校の維持費を追及された際に、費用対効果の観点から軍事活動も視野に入れる必要が出てきまして……」
「「「あ〜」」」
マネキン教師の言葉に顔を背ける羽子・雫・レキ・亜由美に委員長、そして俺。
昨日、寮長に怒られたばかりだから、先生の言葉が耳に痛いことこの上ない。
そして、二組で口うるさいその面々が黙り込んだことは、先生の言葉にこれ以上の異論が出ないことと同義だった。
「では、序列争いは超能力の時間か、もしくは放課後だけです。
場所は各人で決めて下さい。
……あ、それと。
学校側が序列を管理するためにも、決闘の立会には誰でも構いませんから先生を呼んで下さいね」
それが最後の条件だとばかりに、言いたいことを言いつくすとマネキン教師は教室を出て行った。
「で、和人。上を狙うよね?」
「……当たり前、だろう?」
ホームルームが終わってすぐに話しかけてきた亜由美の言葉に、俺は当然のように頷いていた。
と言うより、赤点確実な俺としては他に選択肢などない。
「でも、和人が最初に当たる相手って……」
「……あ」
亜由美の視線を追うように黒板に視線を移した俺は、彼女が何を言いたいかを理解し、すぐに固まってしまった。
──二十七位。音無奈美。
……先日、屋上で命を賭けて戦った相手と、俺はまたしてもいきなりぶつからなければならないらしい。
「いや、流石の奈美ちゃんも、和人なら手加減……」
「また全力で戦いましょうね、和人さん」
慰めるように口を開いた亜由美の言葉を遮って、奈美ちゃんはそう笑顔で俺に告げていた。
その笑顔を見る限り、彼女はただ空気が読めない、って訳じゃなく……ただ単に、俺が苦労しているのを見て面白がっているらしく、楽しそうな笑みを浮かべている。
──いや、純粋に彼女は、この『決闘』というのが楽しいのかもしれない。
暗殺者一族に生まれたらしい彼女にしてみれば、学校の戦闘訓練なんてゲーセンでの対戦程度の「お遊戯」なのだろう。
「……してくれそうもない、みたいね」
「……だな」
奈美ちゃんの笑みを見て、亜由美が気の毒そうに俺の肩を叩き、そして俺も彼女の様子を見て項垂れる。
──初戦から、凄まじく苦労しそうだな、こりゃ。
そうして悩んでいる俺に向けて一欠けらの慈悲をかけることもなく、授業開始のチャイムは教室中に響き渡り。
「あ〜、一時間目を始める。
そこ〜、席に着け!」
数学の教師が入ってきたことで、ざわめいていた教室は自然と静まり返っていた。
──何か、必勝法は……
そんなXやらYが響き渡る授業中。
俺は二次関数の一切を右から左へと聞き流しながら、奈美ちゃんと正面からぶつかり合って勝つための策略を練っていたのだった。