小説『π>ψ』
作者:馬頭鬼()

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「さて、これから身体測定を開始する」

 お局様はそう仰ると、俺たち一年生を保健室らしき部屋に押し込めた。
 そして行われ始める身体測定……のハズが、どう見ても俺が知っている身体測定と酷くやり方が違っていた。
 身長体重スリーサイズや肺活量の測定でもない、変なシールをあちこちに貼り付けて、幾つかの質問をされたのだ。
 そして、数字が告げられる。
 最初に調べられた亜由美は七六0でダントツトップ。
 五00代が二人。他の生徒達は一00から三00くらい。
 身長・体重・3サイズ等に一切の関連性を見つけることが俺には出来なかったから……超能力の強さを表す数値だろうか。

「次、佐藤和人!」

 俺は呼ばれるがままにシールを貼り付けられ、幾つかの質問を受ける。
 質問と言っても大したものじゃない。

「目の前の、手が届かないところのコップをどうやって取りますか?」

 とか。

「テストで赤点を取った時、どうしますか?」

 とか、そういう感じの何気ない質問で、こんなことに何の意味があるのか俺にはさっぱり分からなかった。

「佐藤和人、ゼロ!」

 ……ああ。やっぱり。
 お局様が凄まじい表情をしてそう告げるのを聞いて、俺は何となく納得してしまった。
 どうやらコレは……超能力の強さを測る機械なんだろう。
 ただ、気がかりなのは……クラスメイトからの視線が酷く訝しげなものに変わってしまったことだ。
 せっかく地元を離れて友人が出来そうだったのに。
 やっぱり合わないのだろうか、この学校は。
 ……と。
 俺がまたマイナス思考に捉われかけたその時だった。

「数奇屋奈々、ゼロ!」

 もう一人がゼロを告げられた声が保健室に響き渡る。
 そう告げられたのは、入学式で目が合った乳の素晴らしい女生徒である。
 っと。やっぱり目が顔よりもそちらに向かってしまう。
 立体的、且つ象徴的。
 女性の美しさの全てがそこに表現されていると言っても過言ではないその曲線。
 重力という神の摂理に逆らい続けるソレは、まさにハルマゲドンという名の、天使が神に背いたという戯曲を奏で続けているようだ。
 この学校指定の制服がブレザータイプというのも、その素晴らしさを加速している。
 変にセーラー服だと、谷間が強調されて下品にもなりかねないこの二つの核兵器が、弾け飛びそうなボタンによって描き出された横しわという、グランドキャニオンのような神のみぞ創り得る絶妙な芸術を作り出しているのだ。
 少し茶がかった長髪も彼女に似合っている。
 その二つの膨らみによって、髪が描き出すその曲線は、まさに奇跡による軌跡としか表現の仕様がない。
 そして、全体的にスラッと伸びた長身が、その存在感を絶対的なものへと昇華していた。
 この芸術的な双曲を見てしまうと、さっきまで転校する/しないで悩んでいた自分が急に馬鹿馬鹿しくなってきた。
 毎日コレを拝むためだけに学校に来るのも、正直、悪くないだろう?
 中東ではメッカを拝むためだけに凄まじい距離を旅してくる人たちがいるのだ。
 それを考えたら、三年くらい高校生活が厳しくても、この至高の芸術を拝むことが出来るのであれば……
 と、そこまで俺が考えた時だった。

「……っ!」

 俺を睨みつけていた彼女と、ばっちりと目が合ってしまう。
 しかも、数寄屋奈々と呼ばれた彼女は……何故か胸を隠しながら。

 ──俺が心の中で何を考えているのかが分かっているみたいに、顔を真っ赤にして。

 目は口ほどにモノを言うってアレだろうか?
 俺の視線はそんなにあの満たされた聖杯を、中学時代のように正直に凝視していしまっていたのだろうか?
 いや、事実、しっかりと俺はあの二つの芸術を視線で愛でていた訳だけど、あくまで俺は芸術品を愛でるような視線を向けていたのであって、いやらしい、下心満載の視線を向けた覚えは……

「ゼロと言われた生徒はこちらに来るように!」

 おっと。にらめっこしている場合じゃなかった。
 ゼロと呼ばれた俺は、奈々という名の少女と並んでお局様の後ろを歩く。
 俺があの二つ並ぶ神の創りだした最高の芸術品に目を奪われている間に測定は終わったようで、結局、ゼロと断言された人間は俺を含めてたったの三人だったようだ。
 あの素晴らしいおっぱい様ともう一人。サングラスかけている少女がいる。
 ……スタイルはちょいと残念な感じ。
 いや、これは彼女の隣に立っている数奇屋奈々と比べてしまっているからか、いや、そうでなくても制服を盛り上げることのない平坦なその胸は、人造人間編のヤムチャ程度の戦闘力しか期待できないだろう。
 サングラスの所為で顔はよく分からないが、髪を後ろで二つにくくっている少し小柄な少女だ。
 ただ、校内だというのに黒い杖をついているのがちょっと気になる。
 兎に角、三人はこうして別室に集められ、何故か学年主任に冷たい目で見られている。その目つきは……なんと言うか、役に立たない道具を見る目のようだ。

「言い難いんだが、君たちは、PSY指数がゼロである……」

 全く言い難そうにない口調で女教師がそう呟いた瞬間だった。

「……私達はESP能力者(エスパー)。
 PSY能力者(サイキッカー)じゃないから、超能力者を軍事利用するために作られたこの学校のカリキュラムには適合しない。
 PSY指数がゼロなのも当然」

 教師の言葉を遮るように、数奇屋奈々という名前のおっぱい様が仰る。
 まるで、女教師が何を言おうとしていたのか、分かったかのように。
 ……と言うか、何だよ、軍事利用って。

「っ! 精神感応能力者(テレパス)!」

 これには流石のお局様も驚いたようだ。
 まるで隣のベッドで寝ているのが旦那と思っていたら、それが実はクマだったかのように、飛び上がって後ずさり……そこから絶句したまま動かなくなっている。

 ──テレパス。

 確か、聞いた話では人の内心を読み取る超能力者のことで。
 ……ああ、だからか。
 俺はその言葉に微妙に頷いてしまった。
 さっきからあの素晴らしい芸術に目を向けるたび、おっぱい様の上についている頭に睨まれると思った。

「ああ。だから、私もこちらに呼ばれたのですか」

 動揺もなくそう言ってもう一人の少女はサングラスを外す。
 その下は……目がなかった。
 いや、あるんだけど、瞳がないというか。真っ白な目で……えっと。

 ──あれ?

 けど、この子、杖を持ってはいるけど、普通に歩いていたよな?
 そんな疑問を抱いた俺が首を傾げた瞬間。
 その動きを感じ取ったかのように、その少女はこちらを振り向く。
 杖の先をこちらに向けない辺り、ちゃんと礼儀を心得ているな。
 杖を余所に向けてこちらに振り返った所為か、杖の先があの素晴らしいおっぱい様を向いていて、マナー違反な気もするけど……ま、彼女は俺と話している訳だし。

「その、私は微弱な音波を発することで、周囲にある物体を立体的に感じ取れるという能力がありますから」

 彼女の言葉を聞いて、俺は頷いていた。
 つまり、彼女のやっていることは、蝙蝠の超音波みたいな感じなのだろう。
 ……音波で世界を立体的に捉える。
 それは、一体、世界がどんな風に見えているのだろう?
 そう思いついた瞬間、ついつい俺は神の創り出した至高の芸術の方を振り向いていた。
 そんな能力だったら、あのイスカンダルとガミラスの二重惑星はどれだけの迫力になっているのだろう?
 ……なんて、ふと思ってしまった訳だ。
「あ」
 精神感応能力者というのがどういう存在か、それを実感したのはそう思った瞬間だった。
 おっぱい様の持ち主から凄まじい視線が向けられる。

 ──殺意混じりの目線が肌に刺さってくるのは久しぶりである。

 そのお蔭で、精神感応能力者ってのは『こういう存在』というのが、イヤと言うほど理解出来てしまった。
 つまり、彼女は、心の中で『そういうこと』を考えただけで罪になる相手なのだ。
 と、その時だった。

「えっと。すごいですよ?」

 俺の首の動きを察知したのだろうか。
 蝙蝠少女がそう笑い混じりの声で告げる。
 ……俺と精神感応能力者との間の、軋むような空気を全く読まないで。

「〜〜〜〜っ!」

 その一言で、おっぱい様の顔ばかりか全身が真っ赤に染まる。
 普段から肌が白いから、あのうなじとか、真っ赤になると本当に目立つな。うん。

「兎に角!」

 俺たち三人の間に流れていた穏やかな空気を振り払うかのように、お局様が叫ぶ。

「お前達ESP能力者は、能力開発カリキュラムが該当していない。
だから、超能力の時間には別のカリキュラムを受けてもらうことになる。以上!」

 そう叫ぶと、女教師はさっさとこの部屋を出て行った。
 ……まるで、この部屋に長居したくないと言わんばかりの態度で。

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