〜 2 〜
「しまったぁぁぁぁああああああああああああああああ!」
自らの犯した致命的な失敗を悟った俺は、寮中に響き渡るような大声でそう叫んでいた。
その所為だろう。
「ちょ、和人、どうしたっての?」
二階の窓から突然亜由美のヤツが顔を出したのは。
──相変わらずプライバシーの欠片もないヤツだ。
男の寮生活、しかも二階で寮の外にある通路からは部屋の中が覗けない場所ということもあり、俺には着替える際にもカーテンなんぞ閉めることもなく……窓から顔を突き出した亜由美に思言いっきり室内を覗かれてしまう。
……まぁ、見られて困るようなものは何もないんだけど。
「い、いや、大したことじゃないから、ま、その、気にするな」
ただ、今俺が抱えている問題を彼女に知られるのは……その、やっぱり体裁が悪く、俺はつい誤魔化すようにそう告げていた。
「……ふ〜ん。
ま、困ったことがあるならボクに相談してよね?」
亜由美のヤツもそこまで気になった訳でもないらしく、すぐにそう告げると地面へと降りて行った。
──相変わらず、凄まじい能力だな。
空中歩行(エア・ウォーク)
空中を歩くという常識外れの彼女の能力は、相変わらず窃盗・覗き見・盗み聞き、いや、格調高く諜報活動と言うべきか、そういうのでは特に能力を発揮するようだ。
……生憎と彼女の性格が直情的且つ短絡的なので、その手の諜報活動とは全く縁がなさそうだけど。
「しかし、だ」
去って行った亜由美から意識を外すと、俺は再び自分の犯した致命的なミスへと向き直る。
それは……一人暮らしの野郎なら確実に一度はやらかすだろうミスだった。
「今日、何を穿こう」
……そう。
──替えの下着がないのだ。
洗濯物は籠に入れて出せば勝手に洗ってくれる寮生活とは言え、籠に出すのも面倒ってのが男子高校生の日常。
ここへ持ってきたトランクス五枚、全てが使用済みになっている。
さっきまで穿いていたトランクスはさっき食事を終えた後に向かった小用で目標を違えてしまい、その、連続使用が困難極りない状況と言うか……
──しかし、流石に一度穿いた下着を、二度目は、ちょっとな……
生憎と俺は、裏返してミカン汁……で満足する某巡査長ほど人生を捨ててはいない。
つまり……今日これから穿いて行くパンツがない。
「困ったな」
俺がそう呟きながらしわくちゃの下着を並べ……一番被害の少ないのはどれかを真剣に吟味していた時。
──ドンッ!
突然、壁を叩く音が響き渡り、俺は吃驚して飛び上がる。
どうやら隣の……数寄屋奈々が壁を叩いたらしい。
「……私の、貸してあげようか?」
「っ! やかましいっ!」
完璧にからかうような奈々のその声に、俺は怒鳴り声で返事を返す。
幾ら俺が追い詰められているからって、女性用下着を穿くほど落ちぶれてはいない。
別の目的で欲しがるヤツもいるようだけど、生憎と俺はパンツで喜ぶような性癖の人間ではないのだ。
頭に被って世直しという手もあるにはあるが……幾ら映画が話題になっているとは言え、あの恰好をして人前に出る自信はないし。
……いや、現実逃避をしている場合ではなかった。
兎に角、このまま穿かないという手もあるにはあるが、薄っぺらいトランクス一枚とは言え、直接ズボンと触れ合うのは落ち着かないだろう。
かと言って、裏返すのも……
──そうだっ!
その瞬間だった。
テキーンって感じの効果音と共に、俺の脳裏に名案が閃いたのは。
その素晴らしい案に……俺は思わずガッツポーズを作っていた。
──これなら、問題ないっ!
そう。
よくよく考えれば分かることなのだ。
……俺が持ってきた下着は、トランクスだけではないということくらい。
そして。
この思いつきが今日の序列決定戦で俺を『致命傷』から救ってくれることなるなんて。
この時の俺には全く予想だにしていなかったのだった。