小説『列車と緑のファンタスティック』
作者:多良和実()

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あの時思った事 なんだっけ。
あの時感じた事 なんだっただろう。

私に何か伝えようとする風達と、
私は夢中でやり取りをしていた。

風達のうちの彼は今何を言ったのか。
風達のうちの彼女は何を私に語りかけたのか―――――――――――――――――――







目覚まし時計に起こされているうちに、いつしか私が先に目覚まし時計を起こすようになり、
用意されたパンを1かじり、2かじりして玄関を出る。
ただ毎日は誰かがこなす仕事のように始まり、終わっていく。

それでも、そんな繰り返される日常の中でも、
急に、神様のサプライズのような"初めて"は誰にも訪れる。
私の場合は「それ」が、他の人より更に特別なものだっただけの事だ。


タタタン、タタタン、ガタッ、タタタン
幾多の木々が、建物が、残像を上書きしていくように目の前を通り過ぎてゆく。
私はいたずらに飛び回る妖精のような景色を、どこをみるともなく、ぼんやりと眺めている。

タタタン、ガタッ、タタタ、ガタッ


列車の車輪が打つ太鼓のような軽い音
その音に聞き入っていると、急に

ザアッ

と悪魔が現れたように反対の路線に威嚇するかのように列車が横切ってゆく。
思わず私はびくっと肘を上げ、歯を食いしばってしまう。

ーやってしまった

たかが登校途中の列車の中で、素の自分を見せてしまった。
誰に見せたのかもわからないし、誰も見ていなかったかもしれない。
しかし頬が蒸気し、熱をもっていくのがわかる。そんな自分勝手で大嫌いな頬とはあいまいに、
私は必死に平静さをとりつくろいながら、なるべく自然に元の姿勢に戻る。

「ぐぐぐぐっ」

瞬間、漏れ出してしまったようなこらえた笑い声が背中ごしに聞こえた。

全身から血の気がひいていく。


更に後ろから声が続く。
「面白い格好だったね」
「うん、こうびくっ、ってなってさあ」
「うふふっ!」
「あっ悪いよ悪いよお前笑っちゃあさあ。。」


収まりかけていた熱が再び頬に戻ってくる。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。。。。。。
平静を保てなくなり、前髪をゆっくりとひっぱられるように私はゆっくりとうつむいてしまう。
世の中にはデリカシーのない人間がいるものだ。私の心は石になって沈んでいく。
それでもそんなこと知らないといったように彼らは続ける。

「なんだかシャイそうな子だよな」
「さっきのはシャイだからこそできるリアクションですって」
「うふふっ!!」
「だから笑っちゃ悪いって!」
「・・・・・」

「うふふっ!!」
「あはははは!!」


少しの沈黙の後二人は盛大に笑い声をあげた。

瞬間―

私の頬の熱はどこかにいってしまったのか、あるいは全てそれらは頭の方へと目指していったのか。
私は、眉間にしわを集め、目を鋭く細めて振り返っていた。
私が何をしようとしていたのか、私にすら定かではない。

―しかし結局のところ、私の表情は驚きのうちに呆然と口を開けて固まっていた。
後ろにいたのはまれに見るほど緑一色でファッションをまとめた、一人の少年だった。



【一人の】







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