小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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その日はヒロユキさんちでシャワーを借りた

「お風呂お先にいただきますー」

ヒロユキママに声をかけると「あ、待って待って」と、やたら可愛らしいクマの柄のパジャマとバスタオルを渡された

「洗濯しといたげるから、制服のシャツと下着洗濯機に入れといてね」
無邪気に笑うヒロユキママは、なんでか楽しそうだった

ヒロユキさんの小っちゃい時のパジャマかなと思って、クマ柄のパジャマを着たごついヒロユキさんを想像して笑ってしまった
お風呂上りにパジャマにそでを通すと、かなり小柄だった僕にもちょっと寸足らずのような感じだった
でも血で汚れた制服にもう一回袖を通すのはなんか嫌だったし我慢して着て、シャツと下着を洗濯機に入れて、ちょっと悩んだけどさすがに恥ずかしくてパンツはそのまんま履いた
髪をバスタオルでごしごし乾かしながら、台所に行って

「お風呂頂きました。気持ち良かったです」

とペコっと頭を下げるとヒロユキママは、パジャマを着たボクを見てパッと顔を輝かすと
「よく似合うね、そのパジャマ。でもちょっと小さかったかな?ごめんね」
そういったかと思うと、バスタオルを取り上げてゴシゴシ僕の髪を乾かし始めた
あっけにとられていると「ん?♪ん?♪」と鼻歌を歌い始めた
そんなことされるのは初めてだったので、どうしていいかもわからなくて
邪険に振り払うわけにもいかず、そのまま突っ立っていた

晩御飯も、と勧められたけど口の中が切れて痛かったので遠慮させてもらった

「よっし乾いた。ヒロユキの部屋にお布団敷いてあるから、そこで寝てね」
まだ髪の毛は生乾きだったけど、「ありがとうございます」とだけ言ってヒロユキさんの部屋に戻った

部屋に戻ると布団が並べて敷いてあった
一人っ子で生まれて、物心がついてからはいつも一人で寝ていたし
修学旅行も自主的に参加を断ったので、誰かと布団を並べて寝るのは初めての事だった

枕が変わると眠れないというのは本当のようで殴られた痛みもあったし
今日起きた事の全部が全部初めてのことだらけだったので全然眠れなかった
晩御飯とお風呂を済ませたらしいヒロユキさんが部屋に入ってきた
急いで目を閉じて寝てるふりをした
なんかお風呂上がりのいい匂いがして、ドキドキした
唐突に隣からヒロユキさんが声をかけてきた

「ヒカル、起きてんのか?」
「…うん」
「お前も空手やらない?」
「え、ヒロユキさんやってんの?」
「うん。小学校の時からやってんぞ。一応黒帯だぞ。」
「すごいじゃん!でも、なんで僕が空手なんか?」
「お前喧嘩弱いじゃん」

クックックという笑い声も聞こえてきて、僕は顔が真っ赤になった
めちゃくちゃ恥ずかしかい思いでいっぱいだった

「でも、空手かぁ…痛いんでしょ?」
「うん、そりゃまあ痛い」
「じゃあいやだなぁ。なんか他のはない?」
「うーん。なにがいいんだろうな」
「ヒロユキさんがボディーガードしてくれたらいいじゃん」
「…アホか。いっつもついてらんないだろうが。それに俺先に卒業しちゃうんだぞ?」
「あ、そうかー」
「剣道はどうよ?あれだったら防具つけるしあんまり痛くないんじゃないか?」
「あ、それいいかもしれない。近所に道場あるし!」
「親に頼んでみろよ、ヒカル身体小っちゃいし空手よりは向いてるかもな」
「部活の剣道はどうなんだろ?」
「やめとけやめとけ、使いっ走りとしごかれるだけで1年終わるぞ」
「そうかぁ」
「なんかやっとかないと、今日みたいになるぞ」
「…うん」

夜出かけるうまい口実にもなるし、と心の中ではまさにグッドアイデアと叫んでいた
あとはヒロユキさんが、学校の勢力地図なんかを説明してくれてたんだけど
疲れと、お風呂の気持ちよさでヒロユキさんの声を聴いてるうちにうとうとしてきて
知らず知らずのうちに寝ていたようで、次の日は階下の工場の機械の動く音で目が覚めた

時計を見ると10時をとっくにまわって、ヒロユキさんの姿はなかった
着替えるものもなかったのでパジャマのまま昨日より痛くなった体で、大きな音のする工場に降りていった

中ではバンダナを巻いたヒロユキさんのお父さんがサングラス(?)をかけて溶接をしていた
僕はスーツとネクタイで会社に出かけるのが普通のお父さんだと、思い込んでいたから
世の中の「お父さん」とはかけ離れたその姿にびっくりしてしばらく見入っていた


ヒロユキパパは僕に気づくと作業の手を止めて僕のそばに来た

「お、おはようございます」
おっかなびっくり挨拶をした

「おう。よく眠れたみたいじゃないか」

そういいながらポケットからジャリ銭をだすと渋い声で言った

「あそこの自販でコーヒー買ってきてくれよ、休憩するぞ」
「あ、はい」
「お前の分も買ってこいよ」
「あ、ありがとうございます」

身体は打ち身でまだ悲鳴を上げていたけど、何とか歩いて買ってくることができた
「はい、どうぞ」
つり銭と一緒にコーヒーを渡した

「おう。だいぶやられたみたいだな。」
僕の顔を見てニカッと笑いました

「…」
また恥ずかしくなってうつむいてしまった

「お、おじさんはなにやってるんですか?」
「おい、おじさん言うな。まだ34歳だぞ。ヒロキさんと呼べ、ヒロキさんと。」

ヒロキにヒロユキ…単純…
そっか二十歳の時の子なんだ…
ヒロユキさんの新しい一面を知った思いだった

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