小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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「君の要求はすべて受け入れることになった」
苦い虫でもかみつぶしたような顔で、事務長は呻くような声でそう言いました。

勝った。

「だが、50万円は銀行振り込みを使うわけにはいかないので、ここで君に手渡す」
「はあ。金の流れがばれるとまずいということですか?」

今どきの図書室には金融モノややくざモノだっておいてあります
事務長は隠しもせず大きな舌打ちをして薄い封筒を机の上に投げ出した

「それと交換にここにある書類にサインして」

ぶっきらぼうな言い方
書類を穴が開くほど繰り返し3度読んみました
僕に不利なことは書いていませんでしたし
また法的な権限のなんらない恰好だけの書類だと理解できたので
ペンを借りるとサインしました
封筒をとると中を確かめました
指が切れそうなピン札でした
2度数えました。きっちり50万円。

「納得したら、早く出ていけ。職員室で担任が待ってる」
「はあ。」

わざととぼけた返事をした

「まだなにかあるのか?」
「いや、汽車代ないんで、よかったら貸してもらえますか?」

事務長のこめかみに欠陥が浮き立つのが見えました。潮時かな。
事務長は背広の内ポケットから札入れを出すとそこから一万円札を出して
投げつけるように僕に渡しました

「これはやる。餞別代りだ。もう顔出すな」

身銭を切るとは。
部屋を出ようとする僕に事務長が声をかけた

「お前、ニコチン反応薬ってしってるか?」

もちろん知っていました。あの場でそれを切り出されたらこうはいかなかったはずです
肩をすくめて僕は言いました

「もちろんですよ。でも、僕が吸ってたのは辞書を丸めたタバコ風のものですから」

チラっと事務長をみるとニヤリと笑っていました
ぼくもニヤッと笑って今度は振り返らず部屋を出ました
狐と狸の化かしあい。
各キャストが演じるべきを演じて幕が引けたということだろうと思います


職員室では担任が書類を整えて待っていました

「これで帰りの汽車で弁当でも買って食え」

と尻ポケットからくたびれた財布を出すと一万円をだして僕のポケットにねじりこんだ
お金はお金が好きで集まるって本当なんだなって思いました。

「短い間でしたがどうもありがとうございました」

高校生らしくお辞儀をして職員室を後にしました
やるべきことはまだある
今度は寮に戻って荷物を1Fのフロアに降ろしました
寮監さんがいたので声をかけました

「これ、着払いでおくってください」
「うん、聞いてる」
「じゃ、お元気で」
「あ、待て。ほんと嫌な思いをさせてしまった。これでうまいもんでも食って英気を養って、頑張ってくれ」

そういって封筒を手渡された。中を見ると3万円入っていました
この人なりの罪滅ぼしなんだろうか
利用されただけなのに、かわいそうな人。

「ああ。どうも。」
そういって受け取りました


寮内出納係(寮生が預ける銀行みたいなところ)へ行って全額引き出しました
10万とちょっとが残っていました。それは上等の封筒にいれて封をしてもらいました

特に挨拶をする相手もいなかったので
散歩に行くみたいに軽い足取りで寮を後にしました

駅に行く途中でなくしてはいけないと思い
重要書類は郵便局で速達で実家に送りました
50万円はもちろん親に渡す気なんてこれっぽっちもない
キャッシュディスペンサーでカードを使って預け入れました
せしめた現金が5万+小遣い銭ののこりが10万ちょい

スーツの内ポケットに収めると一度丸亀の空を見上げて
JR土讃線の高知行き特急に乗りました

ひどく気づかれしていたのか
道中はずっと眠っていたようでした

JR高知駅の改札をくぐると
両親と弘樹さん、里美さん、ヒロユキが立っていました

もうずいぶんあってない顔ばかりでした

でもなぜか何の感情もわいてきませんでした

無表情で立ち尽くすだけでした

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