小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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3週目、とうとう父が部屋に入ってきました

「定員割れしてる高校みつけたぞ。N高校やけど受けるか?」

県下で3本の指に入る高校でした

「んん?」
布団からのそのそ起きだしてそう答えました

「お父さんとちゃんと話そう」
父は真面目な顔をしてそう言いました

僕はいつだって父から逃げていました
暴力も怖かったし、何を話しても無駄だと思ってたから。

「なんでまた急に。」
「いや、急じゃない。いつだってお父さんはお前と話したかった」
「殴って解決じゃなかったの?」
「悪かったって思ってるよ…」
「僕からはそんなに話すことないよ」
「そう突き放さないでくれ。お父さん、ヒロユキ君や弘樹さんと何回もお前がいない間、話をして色々変わったんだぞ?」

父の目が真っ赤になっていました
こりゃマジだな、と思い

「顔洗ってくる。着替えるし、リビングで話そうよお父さん」
「うん」

2週間着続けたパジャマを脱いでシャワーを浴びて
新しい部屋着に着替えるとリビングに行きました

母は里美さんとお茶しに行ったと父が言いました
まだ真昼なのに父が家にいることが不思議でした

「コーヒー飲むけど、お父さんもいる?」
「うん、いれてくれ」

冷蔵庫からアイスコーヒーの紙パックを取り出すと、氷で満たしたグラスに注いで父に渡しました
僕の分も作って一気に飲み干しもう一杯作って、灰皿を持ってきてタバコに火をつけると父の前に腰掛けました

「で、なにから話すわけ?お父さん」

煙草を吸うのを見ても何も言わない

「うん。まずは今まで暴力ばかりでお前を押さえつけてたことを謝らなくちゃいけない」
「いや、それはもうすんだことやし、『しつけ』でしょ?」
「お前も大人になるとわかると思うけど、今お前が感じてるストレスなんか比べ物にならんくらい社会に出るときつい」
「きついんだ?」
「うん。きつい」
「その分を、家でお前やお母さんに当たる事で発散させてた。本当に悪かった」
「…」

父の声はいつの間にか涙声になっていました。
この人も家では威張り散らしてたけど、本当は弱くて虚勢を張ることでしか自分を保てなかったんだと思うと、スーっと復讐心や怒りは霧散してしまいました

「だからお父さんは、お前をまだ社会には出したくないんだ。まだ学校へ行って好きなことやって、なるだけ楽しく過ごしてほしいって思ってる」
「うん」
「いい学校行って、いい仕事ついていい家庭を築くのが幸せかと言ったら、そうでもない。」
「なんで、また…。」
「弘樹さんとヒロユキ君と今までお前がいない3年間、会って話して、その生活を見て考えが変わった」

言うなら今しかないな、と思いきって口を開きました

「あのね、お父さん僕はヒロユキが…」
「わかってる。ヒロユキ君が好きなんだろう?」
「…うん」
「あのTVで最近、上岡龍太郎とかいう人がニューハーフどうたらとかいう番組やってるじゃないか?」

僕は全くテレビをみないのでわからなかった

「そんな中で外見はともかく、心が女性な人間がいて、その人達も自分らしく幸せを探して生きてるんだよな」

そういうとコーヒーを一口飲んでため息をつきました。

「お父さんはそういうのは偏見をもってたし、お父さんの人生はお前のおじいちゃんおばちゃん、お父さんの親父とお母ちゃんだな。二人ともが早くに死んだから、長男のお父さんは下の弟と妹4人を食べさせていくので精いっぱいだった。必死だったよ。」
「そうだったんだ…。」
「その厳しい生き方を、お前にもお母さんにも押し付けた」
「うん」
「お前が高校卒業したら、お父さんは好きなように自由に生きてみようと思ってる。やり直すんだ。」
「できなかった分、好きなことするんだね?」
「そう。だから高校にもう一回いってくれ。あとはなんにも束縛するつもりはない。」
「わかった…」

初めて父と正面からぶつかった気がしました
腹を割って話してみないと分かんない事、いっぱいあるよね

N高校は母の母校でもあるし、かなり自由な校風で有名でした

「N高、受けるよ、お父さん」
「そうか」

父の頬を涙が伝っていました

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