小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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父のグラスも空になっていたので
僕の分とお代りをいれて渡しました

「ありがとう」

「ありがとう」なんて父の口から出るとは思いもしませんでした
それぐらい厳しい父親だったのです

またタバコを取り出し火をつけました

「お父さんにも一本くれ」
「え?お父さん、煙草吸ったっけ?」
「吸わなかっただけだ。若い頃は吸ってたんだよ。」
「ふうん」

そう言って僕は疑心暗鬼で煙草をパッケージごと、ライターと一緒に渡しました
トントンと慣れた手つきで煙草を引出し一本咥えて火をつける
様になっていました
初めて父を格好いいと思いました
煙をふーっと吐き出すと

「久しぶりの煙草はやっぱりうまいな」

そういって涙の乾いた顔で笑いました


そういえばよく見ると父が異様に赤黒く日焼けしていました
どうしたのか聞くと、僕が帰ってきた明くる日から仕事の合間を縫って、時には休んで教育委員会や色んな高校に出向いて受験させてくれる所を探していてくれていたのだそうでした
私立から公立の転向(転校)はそれだけ難しく、県外の無名校ともなれば尚更だったそうなのです

「まあ受験のほうは自信あるけど、髪とかどうしよう?」

僕の髪はもう肩の肩甲骨のあたりまで伸びていました

「自信あるとか、余裕あるな、お前。向こうだって落とそうとする試験なんだから舐めちゃだめだぞ?」
父は笑いながら言いました

「髪は切るの嫌やったらそのままで行ったらいい。お父さんが見に行ったときはパーマの子とか茶髪の子とか普通にいたぞ?」

父の口から「チャパツ」とかでるのがおかしかった

離れていた3年で僕も父も変わったということだと思いました

あと1週間で高校生は夏休みで、終業式が終わって2日後、編入試験が行われるそうでした

なんで僕の試験って、いつもこう期限ぎりぎりで決まるんだろう
2週間の惰眠で寝ぼけた頭脳細胞を活性化させました
でも結構余裕はありました。香川でもう高1の授業内容は中3で終わらしてあったから。
それでも一応の復習をして試験に挑みました

試験当日、N高の空き枠2に対して5人の受験者がいました
正直やばいかもね、と付添面接のある為一緒に来ていた父にささやきました
大丈夫さ、と父も緊張気味の顔でささやき返してきました

試験内容はN高の一学期の期末試験の問題の使い回しだったみたいでしたが、手ごたえは十分でした
試験会場の教室から出ると父にピースサインをだしました。
それを先生に見とがめられ注意される僕の様子を見て、父は苦笑いしていました

次は面接でした
びっくりしたのは面接官が校長先生で校長室が会場だったこと

「御高校の『自由な校風』に惹かれ…」

とことさらに『自由』を強調しました

面接が終わると長い長い時間またされ、受験生と保護者が次々と合否決定をつげる校長室へと呼ばれていきました

僕たちの番は一番最後でした

父とこりゃダメだねとコソコソ話をしました

いよいよ僕たちが呼ばれ校長先生の前に座らされました
そして厳かに、校長先生が口を開きました

「君、本当にこの学校でいいの?」
「へ?」

思わず間抜けな声が出てしまいました

「いやぁ、さっき採点したテストさぁ、国語以外満点だったんだよねぇ」
校長先生は標準語っぽい間延びした声でそう言いました

「いやぁ、編入させてくださるなら、ここ以外ありませんよぉ」
校長のしゃべり方が伝染するようです

「んじゃ、合格。おめでとう、高校生活エンジョイしちゃってください」
真面目なのかふざけてるのかわからない宣告を受けました

「あ、ありがとうございます」
そうお辞儀して僕たちは退室しました

僕と父は学校からしばらく歩いた後、2人でガッツポーズしました

父との距離がまた一歩近づいて、僕の名実ともに新しい生活が始まったのでした

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