小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


当時ヒロユキの入っているチーム、(検索に引っかかると何かと厄介なので「G」とだけ頭文字をとってここには書きます)Gは硬派の武闘チームとして高知市の堺町付近をベースに活動していた

堺町はメインストリートから一歩路地へ入ると昔の色街の面影を深く残す、ソープランドやファッションヘルス、連れ込み宿、ちょんの間などが立ち並び、夕方になると呼び込みのおばちゃんが椅子に腰かけて酔客をカモにするといった光景の見られる地域だった

一件治安は悪そうですが、「中の人」になってしまうと、老舗の本職の暴力団の方たちが顔を覚えてくれるし、何よりもポン婆(引き込みのおばちゃんたち)の横のネットワークで守られて意外と安全なのだった

フィリピーナたちが暮らすマンションを過ぎ、鷹匠町というところは違うチームが、電車通りをわたって中立地帯である中央公園を挟んで帯屋町にも違うチームが、その隣の廿代町もまた違うチームが、という風に各チームがそれぞれのテリトリーを根城にしのぎを削りあっていた

昼間は死んで、夜になると花開く町、それが堺町だった
チームGの頭の茂さんは一階が中華屋さん、2Fが暴力団の出先機関である雀荘の3Fに住んでいた

僕は里美さんと母親が選んでくれた服(もちろんレディース)を着て、ヒロユキと挨拶に行った
茂さんはすんごい怖そうな風体だった
タンクトップから覗く上半身は肌色が見えないくらいTATOOが入っていた
じろっと上から下までみまわされました

「おは??もっちゃん」

えええええ!?隣のヒロユキがそう言うのを聞いてびっくりした

「オイスー、ひろくん?」
えぇえええ!?そういうもっちゃんさんの返事にもビビってしまった

「まあ、あがってくれよ。それ、彼女?」
「うん」

それ扱いされても何となくいやな気をさせない人だった
促されて部屋に上がった
殺風景な部屋だった
でっかい革張りの黒いソファーベッドがでんと座って14インチくらいのTVが一台とCDラジカセが一つ、あとは僕の身長ぐらいあるでっかいサボテンの鉢があるだけだった

「ボク、しげるっていうんだけど茂って『も』って読むでしょ。だからもっちゃん」

もっちゃんさんは標準語だった

「あの、僕ヒカルっていいます。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた

「うんうんひろくんから聞いてる。よろしくねー」
か、軽い。こんな人が本当に頭なの?ってかんじ

「ヒカルちゃんはこっちのほうはどうなの?」
といって左手でジャブのしぐさを見せました

その速さ!!びっくりしました。目にもとまらぬってこのことかと思った

「一応剣道初級です。もうすぐ初段の試験がうけられます」

剣道は初級から半年しないと初段の試験が受けられません

「あ?そうなんだ。じゃあ結構やれるね」

もっちゃんさんはにこっと笑った
笑顔が全く似合わない人、もっちゃんさん。不気味でたまらなかった

「まあひろくんいるから、大丈夫か」
「じゃ、始めようか?」

そういうともっちゃんさんは戸棚から何やら機械を取り出した

「え?」

ヒロユキのほうを見ました

「そこにファイルあるでしょ、そうそうベッドの横。そこから絵柄選んでね」

もっちゃんさんがテキパキと小ぶりな箱とコードをつないで銃のようなものを取り付けていた
ヒロユキはファイルも見ずに

「例のあの月のモチーフの奴にしてください、ヒカルにはお揃いの星のデザインを」
と言った

え?え?なんのこと?

「OKOK、んじゃひろくんからはじめるね。座って腕を肘掛けにおいて」

ヒロユキが上着を脱いでソファーに座ると、もっちゃんさんはヒロユキの左肩のあたりをT字剃刀で体毛をそった
そのあと左肩に何かのスプレーを噴いて戸棚の中から大事そうに薄っぺらな紙をとりだすと、目的の部分を見つけたらしく、慎重に肩にあてて押さえた
しばらくしてそろっとその紙をはがすと、中央にGの文字が入った月をモチーフにした紫色のラインが肩にくっきりと残った

「位置はこれでいいかな?」
「はい」

ようやく合点がいった。ヒロユキはもっちゃんさんにタトゥーを彫ってもらうみたいだった

ってあれ?さっき僕には星のデザインがどうのっていってなかったっけ?
ということは僕も彫ってもらうの?ええええ?かなり動揺した

パチンパチンと手術に使うような極薄のゴム手袋をはめたもっちゃんさんは、こっちを向いてニコっと笑うと

「じゃあ、始めるから動かないでねー」

というと一気に真剣な目つきになってタトゥーマシンをジージーと操り始めた
あんまり見てるのも悪いかなって思いTVを見ようとしたけど
それはTVじゃなくて、もっちゃんさんのアパートメントに上る1Fの階段付近を映し出す白黒モニターだった

「もっちゃんさん、煙草いいですか?」
暇を持て余した僕が聞くと

「『さん』いらないよ。もっちゃんでいい。もうファミリーだしね。煙草いいけど換気扇つけてね」
「はい」

もっちゃんは意外と綺麗好き、と頭の中にメモした。
気を使って吸うのをやめるのもなんだか変だったので換気扇を回しながら煙草を吸った

時間にして1時間足らずで彫り終わった
なんかワセリンのようなものを塗ってサランラップをぴとっとはって紙テープで留めると終わりだった

「よっし、んじゃちょい休憩させて。次はヒカルちゃんいくね」
「はい」

僕はコクっとうなずいた

社会の表で暮らす人には知り得ぬアンダーグラウンドへの切符のような気がした

-39-
Copyright ©月読 灰音 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える