小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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その日は、まだ秋口だというのに寒くて
里美さんが、冬物の着替えを何点か持ってきてくれていました
親同士のネットワークで僕の親か弘樹さん所かどっちかの親が2日に一回は見舞いに来てくれていました

入院生活も2カ月目に入ろうとしていて、もうほとんど退院してもよさそうなものでしたが、時々不定期に襲ってくるフラッシュバックに悩まされていました
夜中に突然、大声を出して暴れだすというので同室の入院患者さんがナースコールを押すものですから退院はできず、また迷惑もかけるということで一般病棟しかないT病院から、俗にいうクワイエットルームのあるS病院への転院も検討されていました

フラッシュバックは予兆も現れずに突然訪れます
視界が光に包まれると同時に全身がコールタールに浸かったようなどろどろの重みに囚われ
悪夢のリプレイが延々と繰り返されます
嘔吐や自傷も伴います
そのたびに看護士さんが飛んできて、僕を力ずくで押さえつけ筋肉注射の鎮静剤を打つものですから
僕の二の腕や太ももは注射の青あざが絶えませんでした

里美さんが名残惜しそうに帰るのと入れ違いにマサが入ってきました
マサも差し入れに白のダウンジャケットを持ってきてくれていました
里美さんがおいて行ってくれた冬物を見て、苦笑いしながら
ベッドの横の椅子に腰かけ
「皆考えることは一緒ですね」
と照れた様子で、ダウンジャケットの入った紙袋をベッドの下に入れました

「具合のほうはいかがですか?」
「うん、まぁまぁかな。S病院に移るかも知れない。」
「そうですか…」
「そっちはどう?」
「…ええ。チームを一昨日解散して、今日警察に解散届出してきました」
「え?」
「すみません。…俺の力不足でした…」
「……」
時は皆に平等に流れていくし、僕が病院で爪を研いでる間にチームにもいろいろあったのかもしれない
「OBは?大丈夫だった?」
「ええ、もっちゃんさんが口添えしてくれて。」
「そうかぁ……」
「メンバー達も、地下に潜ってるのに疲れてしまったようで、何も問題はありませんでした。」
「うん。」

外の寒そうな景色に目をやりながらつぶやきました
「もうチームだとか、そういうので幅効かす時代が終わっちゃったのかもね」
「そうですね…ほんと俺の代でチーム潰しちゃってすみません」
そう言ってマサは横になっている僕に頭をさげました

「いや…謝るようなことじゃないし。マサがそう決めたんなら、何も問題はないよ」
「そう言ってもらえると助かります」

マサは薬指からチームの頭の証である、銀の塊からくりぬいたごついソリッドシルバーの指輪を外すと
僕の手に握らせました

「ヒカルさん、一緒にチームやれて本当楽しかったし、よかったって思ってます」
「うん…。」
マサの目の周りが赤く染まっていました

「じゃあ、俺、これからちっとヤボ用があるんでこれで失礼します」
「うん」
「また遊びに来ますね」
「うん、また来てよね」
「早くよくなるよう祈ってますから」
「うん、ありがとう」

マサは僕の布団をきちんとかけなおすと一礼して出て行きました


その日の夜でした

とっくに面会時間は終わっているのに、あの刑事さんが息を切らして部屋に飛び込んできたのです

「どうしたんですか、永野さん」
刑事を初めて名前で呼びました

「どうもこうもない、チームSの○○淳也が刺されて重体だ」
「え」
「犯人が自首した。○○正則、お前んとこのヘッドだったやつだ」

マサがチームを解散して、僕の所に挨拶しに来た理由がようやく分かりました

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