小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

マサが、ですか?」

「そうだよ、マサだよ。昨日うちに解散届け持ってきたばかりだ」
「なんでまた…」
「こっちが聞きたいよ。今日ここへ来てただろう?何か聞いてないか」
やっぱり本職の情報収集能力はすごい

「いや、この下のダウンジャケットの差し入れとリングを渡して、解散したって聞いただけです」
言葉をすごく選びながら答えました

「リングって?」
「ああ、これですよ。一応代々チームリーダーが付けることになってます」
といって僕にはサイズが大きすぎて、薬指だとすぐ抜けてしまうので親指にしたリングを見せました

「ダウンジャケットってこれか?」
と永野がベッドの下の紙袋を引っ張り出した

「それです。まだ中見てないけど」
「一応調べさせてもらうぞ」
「はい」
永野はポケット、内ポケットと探していたけれど、何も出てきませんでした
「はぁ、なんでこうなっちゃうかな。やっと解散したと思ったら傷害だぞ?」

「私も…なんでそんな事…」
怒りが沸いて、脳みそが沸騰しそうでした
ジュンは僕の獲物だったのに。
「敵討ち、じゃないのか?お前さんの。」
脱力したような永野は肩を落としながら目を細めてこっちを見ました

「そんなこと頼んでませんよっ!」
「しーっ。声がデカいよ」
「あ、はい……」
「ちょっと出ようか」
「はい」
永野は僕を抱えて車椅子に乗せるとマサのくれたダウンジャケットを肩にかけてくれました

「軽いな、お前」
「ほっといてくださいよ…」
その頃はまだ自由に煙草の吸えたロビーに向かいました

見舞客も患者もいないロビーは死んだような海の底
永野はカップのホットコーヒーを2つ買ってきて一つを僕に渡してくれました

「お前が指示したんじゃ、ないよな?」
目の奥を覗き込むように尋ねてきた

一切の感情を押し殺して僕は首を横に振った
「通称マサ、本名○○正則は殺意を否定していない。どういうことだかわかるか?」
いくら初犯とはいえ、傷害と殺人未遂では罪の重さは大違いです

「ガイシャが死んだら、殺人。傷害致死とは大違いだよ…」
初めて警察用語を聞きました

「今、マサは?」
「高知署で取り調べ中だ」
「はっきり言っておく。執行猶予はつかんと思っとけ」
永野はコーヒーをすすりながら言葉を重ねました
そんなものマサは最初から期待してないだろう

「マサは……悪くないよ、永野さん……」
「どういう意味だよ」
「私は退院したらジュンを殺るつもりだった」
「お前……」
「ガキはガキのやり方で落とし前をつけるんですよ」
早くもぬるくなり始めたコーヒーを一口飲みました

「そういうけどなぁ、思うのと、実行するのとじゃ全く違うんだよっ」
永野の声が自然と大きくなってきていました
そんな分かりきった事大声で言わなくてもいいと思いました

「お前がもっと早く、Sの事、うたってくれてれば違ったかもしれないじゃないか」

永野の言葉が重く僕にのしかかりました
マサをかわいそうとは思いませんでした
ただ僕の獲物を横取りされた、そう感じただけでした

沈黙、煙草に火をつける音、コーヒーを啜る音

「お前、証言する勇気あるか?証言台に立つ勇気あるか?」
永野が沈黙を破ってそういいました

「…考えさせてください」
そう答えるので精いっぱいでした

-56-
Copyright ©月読 灰音 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える