小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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それから4日の間、部屋に閉じこもって学校を休んだ
親は部屋を執拗にノックしてたけど、無視し続けた

顔の腫れはひいていたけど他人に見られて、理由とか聞かれるのも怖かったし
またあのおじさんに会ったらどうしようと、怖くてたまらなかったからだ

5日目の朝、いつものノックを無視して親が仕事に行くのをやり過ごして
部屋で発売されたばかりのファミコンでマリオブラザーズをやっていると
昼過ぎに、例の中学の先輩、恭子さんと僕の悪友のサノが一人訪ねてきた
サノの顔は赤く腫れていた

「どうした?」

僕はサノの顔を見て、そいつもあのおっさんにつかまったのかと思った
でも、サノは肩を落とし、かぶりを振ってうつむいたままだった

「この子、あんた(僕)を見捨てて逃げたんでしょ?だから私がヤキいれた」

恭子さんが小さな声でポツっと言った

「いや僕が勝手に逃がして…どんくさいから僕だけつかまっちゃった…んです」

恭子さんには僕の声が届いてないようでした

「ほらあんたからも謝りな」

サノの頭を後ろからはたく恭子さん
サノはバツが悪そうに「見捨ててごめんよ…。」とうつむいたまま言った
僕にはそれで十分だった
こいつがあの変態オヤジに捕まらなくてよかった

「全然。大丈夫、大丈夫。チクってないし安心してよ。」

悪友に向かって笑いかけた
サノは涙ぐみながら何度もうなづいていた

「ほんならあんたはもう帰っていいよ。私はこの子と話があるから。」

「うん…じゃあヒカルまたな…。」

気まずそうに、僕と恭子さんを交互に見て、もう一回お辞儀すると玄関から出て行った
そうして恭子さんと僕は2人きりになった

「上がっていい?」

と言うと、返事も聞かずに玄関に靴を脱いで家に上がってきた
恭子さんはまるで我が家のように僕の家を見て回った

「あんたんち金持ちんなんだね」

年上の恐い女の人と二人きりになって、僕は緊張したけど
恭子さんが何も言わずに、僕の横で体育館座りをしたので
僕も一緒に体育館座りになった

「飲み物ない?」

あっと気が付き僕は冷蔵庫からコーラを2瓶だして、栓を抜くと
片一方を恭子さんに渡した
(まだペットボトルなんてそんなに普及してなかったからね)

「ありがとう」

受け取って、一口飲むとしかめっ面になって

「この炭酸のジャーってなるの苦手。でもおいしい。」

僕はこんな恐そうな人でもそうなんだと思って、急に親しみを覚えた
二人で並んでコーラを飲んでるうちに
夜遅くまで誰もいない事や、夫婦喧嘩が絶えない事
なぜかわからないけど全部しゃべった
一度しゃべりだすと、止まらなかった
捕まった後、何をされたかも顔中涙だらけになって話した
その間恭子さんはずっと一点を見つめて黙って聞いてくれていた

全部話し終わると僕たちは何もない部屋で隣通し寝転んで
無言の時間を過ごした
もう部屋には西日が差しこんできていて、コーラはぬるくなっていた

しばらくして恭子さんは起き上がると言った

「ねえ、ヒカル、あんた今度はウチにおいで。ここよりずっと居心地いいよ。」
「うん…。」
「約束ね。」
「うん。」

そうして恭子さんは帰っていき、また僕は一人になった

それから僕はアジトに出かけることもなく
部屋で一人で過ごして本を読んだりゲームをしたり
居間のTVをみたり全く学校に行くことはなくなった

暇なときは新聞の隅から隅まで株式のところまで読んで過ごした
学校へ行っても、また嫌な先生と顔を合わせなくちゃいけないと思うと
とても行く気にはなれなかった

ある日、新聞をまたじっくり読んでると
3面記事の一角に小さく、あの万引きで捕まったスーパーの事務所が半焼して
巡回補導員の男性が大怪我をしたことを知った
少女Aが補導、児童相談所送りになったことも書いてあったので
きっとこれは恭子さんが、僕の代わりに復讐をしてくれたんだと思った


やがて白木蓮の大きな花が、道路に汚い死骸をまき散らす頃
担任の先生が卒業証書を持ってうちにきた

何の感慨も受けなかった
家にも上げず、玄関先でドアチェーンをかけたまま受け取った

ただ小学校の季節がおわったのだなと感じただけだった

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