小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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そうしているうちに季節はどんどんと過ぎていき、僕はますます荒廃していきました

いつのまにか20歳になっていました

神戸からは久保田さんが帰ってきて、入所していたマサは刑期を終えて出てきました

久保田さんは僕の有様を見るに見かねて、系列のニューハーフの店で働かないか?と言ってくれました
時代はバブルこそ弾けていましたが、まだ下降線の途中で景気もそこそこよく、人手はいくらあっても足りないということでした
勤務は夜7時から朝5時まで。休みは日曜、祝日
夜はいくら起きていても平気だったので、働かせてもらうことになりました

お酒を飲んで、飲ませて、歌って、踊って、やることはいくらでもありました
お酒を飲むので薬を辞めました
勤務時間が長いのでへとへとになって朝、家に帰って寝るだけでした
最初のひと月の給料が30万ちょっと
ショーで踊るようになってからは給料40万プラスお客さんのチップで50万円近くなりました

ものすごく厳しいママでした。何度も泣かされてきつく仕込まれました
その荒療治のおかげでしょうか
躁鬱はすっかり鳴りを潜めて、病院に通うこともなくなりました
お水をやって元気になるなんて変な話ですが、やりがいもあったし、殻に閉じこもることなく無理にでも体を動かし続けることが良かったのかもしれません

働き出して4か月目、久保田さんが新しい店を始めるということで、僕はそちらに引き抜かれることになりました
もう病気だったこともすっかり忘れて普通に暮らしていました

新しい店はゲイバーでした
残念ながらゲイの方には女装子の僕は受けが悪く、雇われマスターとの折り合いもあまりよくなかったので、半年ほどで解雇されました

次にやったのは完全にアンダーグラウンドの仕事で「金魚売り」というものでした
シャブの水溶液をお寿司とかに入れる醤油の入れ物の、金魚のプラスティック容器に入れて顧客の所で売りさばく、という語源ですが
実際やったのは2cm四方のパケと呼ばれるビニールに覚せい剤の精製結晶をグラム計りで詰めて、電話が鳴れば、届けるといったものでした

完全分業制で僕は配達だけでした
チャリのグリップの内側に入れて街中を疾走して顧客さんのマンションや家に届けるだけでした
いちいちチャリのグリップを抜き差しするのが面倒臭くなって、そのままポッケにねじ込んで普通に配達していました
1年くらいやったでしょうか

ある日配達した家で玄関先で痩せこけた主婦と現金との交換をしていると
奥から赤ん坊の声がギャーギャーと聞こえてきて、ん?っとおもい覗き込むと
背中に入れ墨の入った男が赤ん坊の足を持って床や壁に叩きつけて、「はようせえやっ!」(早くしろよ)とイラついて怒声をだしているのです

お金を受け取って、作業場になってたマンションの一室に帰ると、マネージャーにそのお金を渡して、即その仕事を辞めました
シャブに溺れている鬼畜にシャブを渡すのは全然罪の意識なんてなかったけど、巻き添えになっている赤ん坊を見て、うんざりしてしまったのです

鬼畜は僕のほうじゃないかって。

それ以上久保田さんにかかわるのも怖くなって、その月で堺町のアパートを引き払って、朝倉というところに引っ越しました
朝倉には、出所したマサが暮らしていたからです

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