小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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マサの結婚、僕の二度目の入院をきっかけにユニットを組んでいたバンド活動も停止してしまいました
僕はますます社会から孤立していきました
たぶん心の内側では、それを望んでいたのだと思います

ただヒロユキとの思い出だけを胸に虚無な毎日を送っていました
身体の具合のいい日は、実家の手伝いをしたり
それ以外の日は布団にくるまって寝ているという廃人寸前の状態でした

あっというまに三十路を迎えていました
僕の人生は20台で終わってしまったかのようでした

そんなある日一本の電話がかかってきました
ヒロユキのお父さん、弘樹さんでした
一度遊びにおいでということでした

億劫でしたが弘樹さんの呼び出しとあらば行かないわけに行きません
久しぶりに顔を出した弘樹さんのショップはもう町工場ではなく、素敵なカスタムショップとして生まれ変わっていました
ヒロユキのCB350の隣に、僕の乗っていた3人で作ったHONDAモンキーが、さらに可愛らしく改造されてディスプレイされていました
2Fに上がってヒロユキと裕子ちゃんの仏壇に手を合わせて、3人でお昼ご飯を取りました

それから弘樹さんの話が始まりました

今のままじゃ僕がダメになってしまうこと
ショップのホームページを作ってほしい事
事務員として働いてほしい事、お金はそんなに払えない事

その場ですぐ了承しました
時代は田舎の高知でもブロードバンドだのADSLだのの走り初めでしたし
段々と一人一台は携帯電話はおろかパソコンだって持つ時代になってき始めていた頃でした

その日の午後、里美さんに連れられて美容室へつれていかれ、帰りにメイク道具を買ってもらいました
それぐらい目も当られないほどのすさんだ状態だったということでしょう
「こざっぱりしたね、ヒカルちゃん♪」
いつまでも無垢な大人の里美さん

この人の心は鉄よりも固く2人の子供両方を不慮の事故でなくしても、笑顔が出せる本当の意味で強い人です

お店に帰ると店名のロゴが入った新品のTシャツとツナギを弘樹さんが渡してくれました
(例によって検索されると厄介なので店名は出しませんが、CBとモンキーが並んでディスプレイされてる店といえば、見当のつく人はつくでしょう^^;)
見よう見まねで生まれて初めてツナギをきていると
「違う違う、そうじゃないよ」
「こうやって…」
とツナギの上着を脱がせて腰のあたりで袖をぎゅっとむすんでくれました
「お???」
「な?格好いいだろう。実際にはヒカルちゃんは整備とかしないからそれでいいよ」
「はい!ど、どう?にあってます?」
「ばっちり」

二人してにんまりするとあの初めての夏の事を思い出しました

ホームページのほうは、どうにか資料集めの写真撮影とかも含めて1週間ぐらいでできました
事務の方も事務員という仕事ではなくて、弘樹さんが作ったカスタム用の見積書に記入したり
取引先のパーツやさんとの電話が主な仕事でした

そんな生活を繰り返すうちに
僕の薬の量は目に見えて減っていきました

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