小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

解説


 この小説は「僕」と一人称が使われ、あくまで「僕」の目を通して書かれています。
この「僕」ですが、読者は「僕」は性同一性障害であると言うことを常に認識しておく必要があります。
では、なぜ女性の一人称の「私」ではないのかと言う疑問もあるかも知れませんが、それはおそらく女の子が時々使う「僕」とほぼ同じだと考えるのが妥当でしょう。

 そして多くの読者が感じたであろうリアリティは、筆者自身が言うように「限りなくリアル」+「若干のフィクション」なのでしょうが
この「リアル」は、ほとんどの人が体験しない「リアル」であり、一般社会からかけ離れすぎていて想像もつかない世界なのではないでしょうか。
また、「若干のフィクション」がどこにあるのか分からないよう上手く混ざり合っているのでしょう。
 
 私がはじめて、筆者である月読灰音さん知り合ったのは、ネットを通してです。
私の方から、彼女のブログにコメントをつけるようになり、その後はとても親しくさせてもらっています。
普段の彼女は温厚で思慮深く、主人公の「ヒカル」そのものです。
そんな彼女が「限りなくリアル」というこの作品にリアリティがあるのは当然と言えば当然でしょう

 テーマとしては、児童虐待、恋愛、グループ間抗争、精神疾患へと変化していきますが、一貫しているのは「ヒロユキ」への愛情に尽きると思います。
また見逃せないのが、小説全体を通しておそらく多くの人には無縁な「ガキの理屈」が貫かれているということです
やくざものでなく、暴走族ものでもなく、独特の「ガキの理屈」が真に迫って描かれています。
 実際に「ヒロユキ」自身が登場する場面は決して多いとは言えません。
しかし、「ヒカル」の中にいる「ヒロユキ」への想いは随所にちりばめられ、切なさを際立たせています。
それぞれの章立てをふくらませれば、独立してでも小説として成立しそうなほど贅沢なものに感じます。
多くのテーマを巧みに組み合わせて惜しげもなく使い切ったこの作品はリズムよく読むことができます。


 
 この物語は大きく三つに分けられると思います。
「私立高校を辞めるまで」「Gでの活動」「ヒロユキとの別れの後」。ほぼ第一章、第二章、第三章と同じ構成です。
 一般には、それぞれ、実際に体験することのない事柄でしょう。
しかしリアリティを持て迫ってくるのは、筆力はもちろんですが、やはり「現実」である部分が多いのでしょう。
メインとなる第二章を挟んで起承転結がはっきりとしているというイメージがあります。
それが読みやすさ、ひいては読者を引きつける筆力なのでしょう。

 各章の内容はみなさんお読みになったとおり
「児童虐待、性同一性障害からくるいじめ」「Sとの抗争、ヒロユキの死」「闇社会ので仕事と現実政界への復帰、そして病気へ」
と決して決して明るい内容ではありません。

 そんな中、一貫してしているのは先に書いた「ヒロユキへの想い」なのではないでしょうか。
果たして本当に性同一性障害者をこのようにすんなりと受け入れてくれる人がいるのだろうか?と思わせるほどヒカルを愛している設定になっています。
本人の紹介文やコメントでは「限りなくリアル」とのことなので実在し、本当にヒカルを愛していたのでしょう。
第二章後半ではSとの対立、治療などがメインとなりヒロユキがほとんど出てこなくなります。ここでは、気丈な「ヒカル」が際立ちます。
あれほど好きなヒロユキと会いたいはず。どんな目にあったとしても会いたいはず。
しかし、ほとんどその描写がなされていないのは「ヒカル」の強い意志と信頼の表れなんでしょう。

 筆者自身も「恋愛小説として世に送り出すべきか迷った」というように、文章として表現していない行間に、強い情愛を感じます。
ここまで大きな存在のヒロユキをあまり具体的に描写せず、G以外の仕事の私生活そのものには触れず、読者の想像力に任せているように感じられます。
あくまで「ヒカル」の視点からからみたヒロユキ、好きで好きでたまらない「ヒカル」の思い。確かに恋愛小説でもあります。

 この作品を読み終えたとき、私には「ヒロユキ」と「ヒカル」が楽しそうに浴衣姿で立っている光景が目に浮かびました。
その脇には ピカピカのCB350とモンキーが並んでいます。


 一方、読者はどのように読んだのでしょう。気になるところですが、異色作であることは間違いないでしょう。
何回もやってくる山場はありますが、静かに始まり、静かに終わっていったuninstall(ダブルエイチ)。
今後もこの作者に中も注目したいと思います。

                   

「ハーフ」著者 高岡みなみ

-77-
Copyright ©月読 灰音 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える