小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第2章:武士道プラン異聞録編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第2章『武士道プラン異聞録編』



24話「含鉄泉の夜S〜真剣で吸ったら驚いた〜 1」


夏休みも後半に突入したある日の事。


川神院にサーシャ達の姿はなかった。強化合宿で外出しているため、今は不在である。


サーシャ達だけではなく、修行僧達も殆ど帰省している。蝉の声だけが、院内に響き渡っていた。


そんな中、川神院の客間でユーリと鉄心が将棋を打ちながら休暇を過ごしている。


「なるほど……百代さん達は温泉旅行ですか」


ユーリは涼しげな顔で、将棋の駒を将棋盤に打ち込む。その度に鉄心がむぅ、と小さく呻き声をあげる。


「夏休みも残り僅か。今頃は、旅館で骨を休めているでしょうな」


ワン子の一件から数週間が経ち、キャップが旅行に行こうぜと急に言い出したのである。勿論、ファミリー一同は大賛成した。


きっと、ワン子の身体を心配して大和達が企画してくれたのだろう……良い仲間を持ったなと、鉄心は思う。


「場所は確か……ちちがしら温泉、じゃったかな」


ちちがしら温泉―――含鉄泉と呼ばれる、鉄分を多く含んだ泉質の温泉がある事で有名な旅館である。何でも、飲用すれば胃酸の分泌が高まり、鉄を吸収しやすくする効果があるらしい。


特に、貧乳が気になる女性達が豊乳な身体を求めてやってくるのだとか。


「ちちがしら温泉……」


ユーリには、その旅館の名前に聞き覚えがあった。含み笑いをしながら、将棋盤を吟味する。


(これは……面白い事になりそうですね)


何かが起こる……心の中でそっとそう呟きながら、一手を落とし込むユーリなのだった。


「王手です」


「むぅ……」


そして、鉄心は相変わらず将棋が弱かった。





夏休みも後半になり、ちちがしら温泉を訪れた大和達風間ファミリー一同。


大和達は部屋に集まり、ここまでの長旅の疲れを癒していた。


「たまには温泉も悪くねぇよな。ゲンさんも来ればよかったのによ〜」


畳の上で寝転がりながら身体を伸ばすキャップ。ちなみに忠勝は仕事で行けず、温泉旅行には同行していない。


「この温泉は鉄分が豊富で身体にも良いと聞いている。うむ、流石サムライの国だな」


「サムライはあんまり関係ないと思うけどね」


クリスはうんうんと頷きながら温泉を賞賛している。その隣で、京が突っ込みを入れていた。


「温泉といえば、若いねーちゃん達だな。ふふふ。さて、生きのいい食べ頃の娘を探すとするかな」


「何か、約一名危ない人がいるよ!」


目をギラギラさせながら危険な発言をする百代。そして、隣にいたモロは相変わらずのキレのいい突っ込みであった。


みなそれぞれ、思い思いの目的を持っているようである。


そしてもう一人、今日という日を待ち望み、心に炎を宿す男がいた。


「この日を待っていたぜ……俺様の恋が実る日が!」


そう、ガクトである。筋肉質な身体が災いして(本人は自覚していない)告白に失敗し、フられ続けて未だ記録更新中のガクトは、この温泉で彼女を作るという目標を掲げていた。


ガクトはこの日の為に、毎日のトレーニングを通常の倍近くこなし、プロテイン、プロテイン、プロテイン(ry


こうしてガクトは、準備万端でこの旅行に望んでいたのであった。


余談だが、何があってもいいように、大人なグッズを一式持参している始末である。


「ここに宣言するぜ。俺様は今日で……キメる!」


男ガクト、必ず彼女をゲットすると大和達の前で豪語する。そんなガクトを、暖かく応援する風間ファミリー一同。


彼の戦いは、今始まったばかりだ――――――。


…………………。


そして全員がスルーという結末である。応援どころか、声をかける者もいない。いるのは精々、何をどう声をかけていいか戸惑うまゆっちと、呆れたように生暖かい視線を送る百代だけである。


「っておい無視かよ!何か反応しろよ!」


宣言が台無しになり、せめて一言くらいかけてもいいだろー!と講義するガクト。それに対し、大和達の帰ってきた言葉は、いつも通り、冷ややかなものだった。


「いや、だってお前いつも失敗してるだろ」


「うん。おまけに成功した試しもないし」


「先が見えてるからなぁ」


何度もガクトの連敗記録を見ている百代にとっては見慣れていて、特に気にかける様子もない。ワン子も百代に同じ。大和はもはやパターン化しているとガクトに悟る。


「まあ、ガクトがフられるのはいつもの事だしね」


「うむ、何というか諦めが悪いぞガクト」


「ほんとしょーもない」


ダメだしを押すモロ、クリス、京。


「わわわわわ、私は、その、頑張ればきっといつかは―――」


『いいんだぜ、まゆっち。はっきり言ってやるのも友達ってもんだ』


まゆっちは応援しているつもりでいるが、松風を通して、もう無理だと感じているようである。


「俺は別に興味ねーからなぁ」


キャップは恋愛にはまるっきり興味なし。


皆、ガクトの恋は実らないと満場一致して終わった。ガクトは怒り、拳をわなわなと震わせている。


「くっそ〜、さっきから聞いてりゃ人の事バカにしやがって!見てろよ、ぜってー彼女……いや巨乳な彼女をゲットしてやるからな!」


必ず彼女、しかも巨乳という自らハードルを上げ、ガクトは怒りながら部屋を後にした。




旅館の廊下を歩きながら、ガクトは一人途方にくれていた。


「ああは言ったものの……巨乳の美女なんて早々いるわけねぇよなぁ」


肩を落としながら、当てもなく廊下を歩き続けるガクト。それもそのはず、すれ違い様に出会う人は女性ではあるが、老人や子連れが殆どだからである。巨乳はおろか美女すら出会わない。もうガクトにはいく宛がなかった。


このまま部屋に戻ってもいいが、戻れば百代達に“やっぱり戻ってきたか”とからかわれて笑われるのがオチだろう。それもそれで、負けた気がして気が引ける。


ようするに、ガクトは戻るに戻れずにいた。


「あ〜……突然巨乳の美女が現れたりしないだろうか……」


ありもしない妄想を抱きながら、ガクトはまたいく宛もなく廊下を歩く。もう何回同じ場所を歩いただろう……すれ違う旅館の従業員や客の視線が痛い。


と、ガクトが廊下の曲がり角を曲がったその時だった。


「うおっ!?」


「きゃっ!?」


曲がった瞬間に誰かとぶつかり、床に尻餅をつくガクト。今日はとことんついていなかった。


「いてて……どこ見てんだよ、コラ!」


自分の不運さに八つ当たりするように、ぶつかった相手に怒鳴るガクトだったが、その怒りは一瞬にしてかき消された。何故なら、


「ご、ごめんなさい……」


ガクトにぶつかってきた相手が、美少女だったからである。


軽くパーマをかけた長い髪。童顔。まさに美少女と呼ぶに相応しい。


そして、極めつけはその胸である。まるでメロンのような豊満な胸は、ガクトの視線を釘付けにした。


(な、なんという……ビッグマウンテン!!)


ガクトは美少女から目が(特に胸が)離せなかった。しかも、上目遣いでこちらを見ている。


これは一世一代のチャンス。キメるしかない、とガクトは思った。ガクトはすっと立ち上がると、さっきまでの態度とは一変、紳士的な対応で倒れた美少女に手を差し伸べる。


「いえ、こちらこそすみませんでした。お怪我はありませんか、お嬢さん!」


「え……あ、はい。ありがとうございます」


美少女はガクトに微笑み、差し伸べられた手を取り、ゆっくりと立ち上がる。その反動で乳が揺れるのを、ガクトは見逃さなかった。


これは、真剣(マジ)で落としたい。


「俺は島津岳人です。お嬢さんのお名前は?」


「えっと、私は山辺燈ともです。よろしくね、ガクトさん」


美少女―――燈の笑顔が眩しい。おっとりとした表情からして、天然系だと睨むガクト。ガクトはさらに燈に食いついていく。


「燈さんですか、いいお名前ですね。今日はお一人ですか?」


「ううん、お友達と一緒。ずっとトレーニングしてて、今は休憩中」


燈は友達と訓練合宿に参加しているらしい。トレーニングという言葉を聞き、これはキタとガクトは心の中でガッツポーズを取る。趣味が合う……イケると確信し、早速告白をする。


(……おっといけねぇ。俺様とした事がつい。焦るな焦るな、ここは慎重に)


その直前で、言葉を飲み込んだ。流石に何度もフられているだけあって、学習はしているようである。


「トレーニングですか。いいですよねぇ、汗を流して身体を鍛え抜く……燈さん、俺達趣味が合いますね!」


まずは前置きで責める。燈の反応は笑っている……好感触だとガクトは判断した。


次は全力で押し切る。そして、


「どうですか燈さん。俺と一緒に、愛のトレーニングをしませんか!」


遠回しで卑猥な表現を、燈に告白してしまったのだった。その言葉を受け取った燈の返事はというと、


「うん、いいよ」


ほんのひと返事だけで終わった。


(ああ、だよなぁ……いつものパターンだぜ………え?)


いつもフられている事が多かったガクトは、自分がOKを貰っている事に気づくのに時間がかかった。燈の言葉が、何度も自分の頭の中で木霊する。


―――――ついに、ガクトの時代がやってきた。


「あ、でも……」


と、燈が何かを思い出したかのように天井に視線を向ける。何か問題でもあるのだろうか……ガクトの表情が曇る。


「すっごく……キツイよ?」


燈のその言葉を一体どのように解釈したのか、鼻の下を伸ばし、目をギラつかせながらガクトはこのチャンスを逃すまいと全力で答えた。


「お、OKっす!むしろ、キツイ方が全然イケます!」


ガクトはもう目の前の燈しか見えていない。そのガクトの答えが嬉しかったのか、燈はニッコリと笑顔を見せる。


「本当?そっかぁ〜、それなら私も安心。じゃあ、私が迎えにいくからガクトさんの部屋の場所を教えてもらってもいいかな?」


「は、はい!」


ガクトは燈に部屋の場所を教え、また会おうと約束を交わした。しばらくして、燈がそろそろ行かなきゃ、とガクトに背を向けて、


「じゃあまたね、ガクトさん。後で一緒にやろうね♪」


そう言い残して走り去っていった。それをニヤニヤと笑いながら見送るガクト。


「一緒にヤろうね、か。く〜〜〜!」


ついに連敗記録に終止符が打たれた。告白がついに成功したのである。ガクトは嬉しさのあまり、人目を気にせず大声で叫んだ。


「俺様の時代が、キターーーーーーーーーーーーー!!」





数十分後、誇らしげな表情で部屋へと戻るガクト。


「聞いてくれ!ついに俺様にも春が来たぜ」


自慢げに答えるガクトの表情は、一片の曇りもなかった。


次こそは、次こそは……とそんなガクトを見てきた大和達にとっては、当然微塵も信じてはいない。


「そうか……とうとう二次元に走ったか。モロロ、お前に仲間ができたぞ」


「いや、そこまで絶望してないから!」


ガクトがフられすぎて、ついにアニメキャラに手を出したかと百代は面白半分に嘆く。モロは二次元好きなのは否定はしないが、少なくとも末期ではないと断言する。


「そう言ってられるのも今のうちだぜ。今日の俺様は真剣だ。もう勝ちしか見えねぇ」


ガクトは上機嫌で胡坐をかくと、部屋の襖の扉を眺めながら、今か今かと覗き込むようにして見ていた。終いにはバックの中の、大人なグッズを弄る始末だ。


これから数十分後、ガクトがゲットした彼女(?)が部屋を訪ねてくるらしい。メンバーの殆どが騙されていると思っているだろう。


来るわけがない……大和達の誰もがそう思っていた。


が、その予想は大きく外れる事になる。


トン、トン。


突然、襖を叩く音がする。大和がどうぞと声をかけると、部屋の襖がそっと開かれた。


そこにいたのは、


「あ〜、いたいた。ガクトさ〜ん!」


ガクトに笑顔で手を振る、燈の姿だった。その姿に、ガクト以外の誰もが言葉を失った。


現れたのは、巨乳童顔の美少女。しかもガクトの事を呼んでいるという事は、間違いなくガクトがナンパしてきた彼女である。


つまり、ガクトが告白に成功したという事だ。


信じ難い現実に、ある者はショックで啜っていたお茶の湯のみを落とし(クリス)、ある者は燈の胸の大きさに驚愕して目を見開き(ワン子)、そしてある者はツッコミを入れたくても状況がありえなさすぎて思わずタイミングを逃し(モロ)、なんかもうみんな無茶苦茶だった。


そんな中、ガクトは鼻の下を伸ばしてキリっと立ち上がる。


「はい!待ってました、燈さん!それじゃあ早速、」


「うん、一緒にトレーニングだね〜」


燈は大和達に挨拶をすると、早速ガクトを連れて部屋から出て行く。大和達は声をかけられないくらいに衝撃を受けているのか、一向に黙ったままだった。


「……じゃあな、大和。モロ。そしてヨンパチ。俺は先にいくぜ」


彼らに別れを告げるガクト。これでついに、童貞を卒業できる……ガクトの果てしなく続いた恋物語がこうしてハッピーエンドとなり、終わりを告げたのだった。


「―――――川神流ハンマーラリアットオオォォ!」


「ごげふっ!?」


そして、終わらなかった。


突然ガクトの首に百代のラリアットが炸裂し、燈と引き離されるように吹き飛んでいく。そして百代は燈の手を取り、ぐいっと肩を抱いて自分の所へ引き寄せる。


「君、なかなかいい乳してるな。どうだ?私と一緒に温泉でも」


ガクトから燈を奪いとる百代。燈はどう反応していいか、というか何が起きたのか分からずオロオロしている。すると、ラリアットを食らったガクトが起き上がった。


「ひ、卑怯だぞモモ先輩!燈さんは俺が――――」


「残念だガクト。お前の青春は今終わった」


はっはっはと百代は笑う。その横暴ぶりには、ガクトも手も足も出ない。出したとしても、返り討ちに合うだけである。


こうしてガクトの甘い青春は、儚く終わった。すると、


「――――アタシの訓練を受けたいというヤツは、どこのどいつだい?山辺燈」


豪快な足音とともに、聞き覚えのある声が廊下から聞こえてくる。


「あ、コーチ。こっちで〜す」


燈が視線を向けた先――――足音が徐々に近づき、大和達の前にやってきたのは、川神学園の特別講師として赴任してきたビッグ・マムであった。


「び……ビッグ・マム講師!?」


何でここに……と驚愕するファミリー一同。


「ほう、お前たちもここに来ていたのかい」


偶然だねぇ、とビッグ・マム。


「コーチ、お知り合いですか?」


「うむ………そうか。なるほど、こいつは丁度いい」


ビッグ・マムがニヤリと不気味に笑う。その何かを企んでいるような笑みに、大和達は戦慄する。


「で、アタシの訓練を受けたいというヤツは……お前かい?」


棒立ちして固まっているガクトに視線を向けるビッグ・マム。ガクトはびくっと身体を震わせた。


「あ、えっと俺様は――――」


「いいだろう。これからみっちり扱いてやる……無論、お前たちもだ」


断る隙すらなく、ついでに大和達も巻き込まれてしまった。


誰も逆らおうとはしない。できない。ビッグ・マムの圧倒的な強さは、既に熟知している。逃げようものなら……いや、もう逃げようという思考すら許されない。


「さあ、早速準備をして表に出るんだよ!」


“ア゛ーイッ!”という、ビッグ・マムの掛け声が部屋に響く。こうして、大和達の残り僅かな夏休みという名の休暇は、瞬く間に終わりを告げたのであった。

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