第2章『武士道プラン異聞録編』
サブエピソード24「ベストパートナー」
サーシャとまふゆが過ごす一方、カーチャと華はホテルの一室で夜を過ごしていた。
華はカーチャのアナスタシアによって縛られ、身体を銅線の鞭で存分に陵辱を受け続けていた。
「あっ!いた……いたい、です。カーチャ、さま」
久々の主人からのご褒美。奴隷の華には至上の悦びである……が、どこか声に張りがない。いつもなら絶叫し、マゾヒズムの快楽に浸る華。しかし、今日の華は様子がおかしかった。
「……ちょっと華。せっかく主人が貴重な時間を裂いて、わざわざお前の相手をしてあげているのよ。もっと喜びなさいよ」
「は、はいぃ……」
カーチャもいつもとは違う華に苛立ちを覚えていた。アナスタシアによるカーチャの調教タイムから約2時間。それだというのに華はこの調子である。一向に変わる気配がない。
まるで、魂の抜けた人形のよう。主人の呼びかけに答えようとしない華に、カーチャはさらに調教に拍車をかける。
「―――――медь」
カーチャの声に反応したアナスタシアが、縛っている華の身体をさらに締め付けた。銅線がありとあらゆる身体の部分に食い込み、華の感度を揺さぶっていく。
「ああ……ああーーー!いい、いいです……カーチャ、さま……」
一度は絶頂しかけたものの、華のテンションはすぐに元に戻った。結局何度やっても変わらない。カーチャの苛立ちは最高潮になっていく。これでは、物言わぬ人形を相手にしているのと同じだ。
そしてとうとう痺れを切らしたカーチャは、
「………やめよやめ。もういいわ」
呆れ果てて指をパチンと鳴らすのだった。すると華の身体を縛っていた銅線が緩み、解けてベッドの上へと落下する。
「全く、時間の無駄よ」
完全に興醒めしたカーチャは仰向けに倒れている華の背中に座り、足を組みながら華を見下ろすように視線を向けた。
「―――――」
華は何も答えない。目は虚ろで、感情が一切ない。きっと、カーチャにされている時もずっとこの状態だったのだろう。
華と京……このトラブルがあってからこの調子である。何があったのか、カーチャは聞き出したりはしなかった。というより、興味がなかった。
何があったかは知らない。ただ、ああ。そういう事……と、察しはついている。
「――――椎名京。成る程ね、お前が生意気にも説教を説いたものの、イジメをやってた事が露見して何も言い返せなくなった。そんな所かしら」
「―――――」
やはり、華は何も答えない。図星ね……とカーチャは確信する。華の様子がおかしいのはそれが理由か、と。
かといって、慰めるようなカーチャではない。奴隷に優しい慰めは要らない。慰めは時として人を傷つける。一時の甘い蜜であり、毒である。
「自業自得よ。お前はそれだけの行いをしてきた。隠そうとしてもいつかは必ず暴かれる。今更自分の罪から逃れようなんて、醜いだけよ。犬以下だわ」
「…………」
カーチャの侮蔑を込めた罵りが、華の心を追い詰めるように棘を刺していく。いつもなら快楽に感じるのに、今は痛みしか感じなかった。
ああ、自分は隠そうとしていたのか……今になって気付く。隠し続けて、向き合わなかった自分。それが今報いとなってのし掛かっている。
“楽しかった?弱い人間をいじめて楽しかった?私には全然理解できない。理解したくもない”
京の言葉が、華の脳裏に浮かぶ。虐めていた人間に、虐められていた人間の気持ちなんて分からない。その痛みは、受けた人間しか分からないのだ。
ミハイロフでまふゆと燈を虐めた時も、ただ面白いからという私利私欲でやってきた自分。その行為が、どんなにまふゆや燈を傷付けたか。自分には分かるはずもない。そんな資格すら、ない。
「………う、だよな」
小さく、弱々しく華が声を漏らした。声は震え、そしてその目には涙。
「華……?」
「そうだよな……、当然だよな。アタシが……アタシみたいなヤツが、あいつの気持ちを分かってやる資格なんて、ねぇよな」
独り言のように呟く華。まるで自分自身を苛むように、華は話を続ける。
「ずっと……ずっと、アタシは楽しんでたんだ。織部も、山辺も。父親が失踪してるって、知っててアタシは……ずっと、最低だ……これじゃ犬にもなれねぇぜ。はは、笑えるよな」
泣きじゃくりながら、自分がしてきた一つ一つの事を、悔やむように思い返していた。カーチャはそれを黙って聞いている。
「……なあ、笑ってくれよ。アタシは犬になれない上に、小さい女の子が好きで、虐められて感じる変態なんだぜ……考えてみりゃ、アタシが虐められればよかったんだ……いたぶられて、ヘラヘラしてさ……アタシは―――――」
「華」
突然、カーチャの冷たい声が、華の言葉を遮った。カーチャは華の首に付けた首輪を引っ張り上げ、身体を起こさせると、後ろから華の乳首に手を延ばし、指で思いっきり抓り上げた。
「ひゃううううぅぅ!?」
「自分で自分を罵るなんて、随分と生意気になったものね。言っておくけど、あんたを罵っていいのは、主人の私だけよ」
「か、カーチャ、様……」
華は涙を拭い、カーチャを見る。カーチャは笑っていた。いつものように、自分を蔑むような、女王の高貴なる笑みで。
「それで、結局お前は何がしたいの?まあ、聞くまでもないでしょうけど」
華が一番しなければならない事。それは自分自身がよく分かっているとカーチャは諭す。
「アタシは……アタシは、京に一言……謝りたい」
京に謝って和解したい。それが華の気持ちであり、やらなければならない事だった。
それは、自分がしてきた罪と向き合うためでもある。
「偽善ね。謝ったら、それで終わり?虫がいいにも程があるわ。そんなものはただの自己満足よ」
あえて厳しく接するカーチャ。京に今更謝った所で、何かが変わるわけではない。華が今までしてきた事が、消えるわけではない。
「んな事分かってる。けど、何もしないよりは………ずっといい」
自己満足かもしれない。偽善者かもしれない。それでも、ただ何もしないのは、逃げているのと同じだ。華は、もう逃げたくはないと誓う。
それを聞けたカーチャはふぅん、とつまらなそうに笑い、
「お前がそう思うなら、好きにするといいわ………それより、」
華の顎を掴み、ぐいっと自分の顔に近付けた。
「今の口の聴き方は何?私に向かってタメ口なんて、奴隷の分際で生意気よ」
「あ、そ、それは……」
ついカーチャの前だった事を忘れ、うっかり敬語を使わなかった華。言い訳を頭の中で探し出そうとするが……いや、探す必要はない。
むしろ今の華にあるのは、痛ぶってほしいという、マゾヒズムな感情。
「華。お前は私の奴隷なんだから、さっきみたいな腑抜けた声で欲しがるなんて許さないわ。余計な事は考えないで、今は私だけを見てればいいの」
雑念はいらない。ただ主人であるカーチャを見ていればいいと、華に言って聞かせる。それはカーチャなりの愛情表現なのだろうと華は理解した。
「か、カーチャ……様!」
カーチャの心遣い(勝手な解釈)が嬉しく思ったのか、突然カーチャに抱きついてキスを迫ろうとした。その目は、まさに獣と呼ぶに相応しい。
「ちょ、ちょっと離れなさいよ!この……どうしようもない雌犬ね―――――ママ!」
カーチャの呼び掛けに、再びアナスタシアが動き出す。アナスタシアはキスを迫る華を捉え、宙吊りにして銅線で身体を鞭打ちする。華は絶頂し、喘ぎながら快楽に溺れていた。
「ああっ!あああああぁぁぁ!す、好きです!カーチャさまあああああああぁぁ!!!」
さっき落ち込んでいたのはどこへやら。単純な上にどうしようもない変態だとカーチャは思った。
でも、それでこそ“桂木華”。それでいいのよと、心の中で笑うカーチャ。するとカーチャは立ち上がり、宙吊りにされた華を見上げた。
「変態でどうしようもない桂木華には、お仕置きが必要ね――――ふふふ。このまま、朝まで打ち続けてやるわ」
カーチャのその手には、鞭。ニヤリと笑うその姿は、まさに女王。
これから長い長い、二人の夜が始まろうとしていた。
「あーーーーーー!いい!いいです!もっと、カーチャさまああああああああああああ!!!」