第2章『武士道プラン異聞録編』
バトルエピソード3「反撃開始」
川神学園の裏庭で、マルギッテとクリスは今もUとVの猛攻に苦戦を強いられていた。
水銀ロッドの先端を変化させ、ハンマーや長剣、鞭、鎌、槍……変則的に武器を繰り出すV。
そして何度攻撃を受けても再生し、攻撃を受ける度に自身の能力を高めるU。
聞いた事も、遭遇した事もない未知の能力。2人に取ってUとVはパンドラの箱そのものであった。
「おらおらぁ!!動きが鈍ってんぞ!?雌豚やろおぉぉ!」
ゲラゲラと狂気の笑みを浮かべながら、水銀ロッド―――――長剣を振るうV。
「くっ――――!?」
長剣の切っ先が、マルギッテの髪を掠めていく。少しでも反応が遅ければ、髪の毛ごと首を持っていかれていただろう。
だが銀の斬撃を躱してすぐ、次の一手が牙を剥く。
「ぎゃははははははは!!!泣き叫べ!!」
長剣が鞭に変化する。長剣よりもさらにリーチが伸び、攻撃範囲が広がり、さらにマルギッテを追い詰めていく。
防戦一方のマルギッテ。変幻自在に武器を繰り出すVの攻撃に、手も足も出せずにいた。
――――否、“手も足も出さない”と言った方が正しいだろう。何故なら、マルギッテはこの危機的な状況の中で、楽しんでいた。表情からは分からない、マルギッテの中で闘争心が燃えている。
Vはまだ気付いていない。今目の前で追い詰めているマルギッテがまだ、本気ではないという事を。
「失格!失格!!虐めてくれない人は失格なのでございます!」
死の宣告を何度も繰り返しながら、Uは生成した水銀の槍をクリスに向けて投擲する。クリスは投げられた槍の軌道を読み取りながら、回避して反撃の隙を伺っていた。
無数に降り注ぐ槍の雨。次第に反応が鈍り、槍がクリスの身体を掠め、体力を徐々に削っていく。
(うっ……このままでは……!)
やがて串刺しになるのは目に見えている。その結末は文字通り“失格”を意味していた。
いくら攻撃を与えても、復活して蘇る魔の再生能力。そして、ダメージを受ければ受ける程攻撃力が上がる怪異。
仮に決定的なダメージを与えられたとしても、それは決定打にはならない。むしろ逆にリセットされる。それも相手が優位な状態で。
攻撃をしてもUを悦ばせるだけで意味は殆どない。かと言って何もしなければ死が待っている。クリスは手詰まり状態であった。
(―――――?待てよ……)
ふと思案するクリス。
確かにUは、攻撃を与えれば与える程強さを増す。その上、再生者の能力でダメージを回復。百代の瞬間回復よりもたちが悪く、クリスにとっては不利極まりない。
……だが、果たして本当に不利なのだろうか。Uはただ痛みを欲しているだけで、攻撃する意思は殆どないのではないかというクリスは推測する。
Uの原動力はマゾヒズム。向こうから攻撃をする意思はない。ただし、拒否すれば失格と見なし攻撃を仕掛ける……それがUの行動原理。
(……そういうことか!)
思考の末、クリスに一つの打開策が浮かぶ。目には目を。歯には歯を。ならば、とレイピアを構え、Uに攻撃する意思を見せつけた。Uの攻撃がピタリと止まる。
「まあ……もしかしてご主人様、Uを虐めてくださるのでございますの?」
冷酷な表情から一変、欲望を求める快楽者と化す。そしてクリスはふっと、笑う。
「ああ。望み通り―――――気の済むまで相手をしてやろう!」
一方、Vと対峙するマルギッテ。マルギッテはVの攻撃を退け、一旦大きく距離を取った。
「おいおい、さっきの威勢はどこへいったよ?まさか降参とか言わねぇよなぁ?」
くくく、と舌舐めずりをしながらマルギッテを嘲笑うV。圧倒的優位に立っているVは、余裕の笑みさえ浮かべている。
しかし、マルギッテも吊られるように笑っていた。もはや笑うを通り越して歓喜である。
まるで、恰好の獲物を捉えた猟犬のように。
「……てめえ、何がおかしい?」
不快に思ったVが問いかける。この状況下で、何故笑っていられるのだろうか。気に食わない。虫唾が走る。その表情がVを苛立たせる。
すると、マルギッテがニヤリと笑いながら口を開いた。
「Vだったか。どうやら貴様の戦闘力を見誤っていたようだ。ここから先は―――全力で狩らせてもらう」
言って、マルギッテは左目の眼帯を外す。瞬間、Vは空気が張り詰めたような錯覚に陥った。だが眼帯を外したから何だというのか。Vには御託にしか聞こえない。
嬲って、犯して、壊し尽くす。如何なる事が起きようと、Vのする事に変わりはないのだから。
「は――――!笑わせんなよ雌豚が。さっさとかかってこ―――」
「もう、来ている」
何時の間にか、Vの前にはマルギッテの姿があった。まるで瞬間移動でもしたように、Vの眼前に、ほぼ零距離に等しい間合いにいる。
「な―――――」
Vが声を上げようとしたその刹那、マルギッテのトンファーの一撃がVの腹部にめり込んでいた。
「ご、ふ―――――」
重い一撃だった。まるで、鉄の塊に潰されたかのように。Vの身体中の骨が、粉々に砕かれていくのが分かる。
反応できなかった――――いや、Vは油断ししてしまったのだ。マルギッテが本気ではなかった事を、甘く見過ぎていた。
あまりの衝撃に意識が飛びそうになる。その間際、マルギッテの勝ち誇った表情が目に写った。
「――――――」
気に食わねえ……と心の中で呟きながら、Vは校舎の壁に身体を叩きつけられていた。
「いくぞ―――――!」
レイピアの切っ先をUに向けて、クリスは疾走する。もはや迷う余地などない。全力で攻撃を叩き込む――――それがクリスが導き出した選択である。
「はああああ!!!」
一度に繰り出される、クリスの刺突の連撃が雨のようにUに降り注いだ。Uはその一撃一撃を、噛み締めるように身体で受け続ける。
「あぁん!?いい、いいのでござぃます!Uの身体、ぞくぞくしてるのでござぃます!!もっと、もっと切り刻んでえええぇぇぇぇ!!!!」
傷だらけになりながらも、Uは攻撃を受け続け、快楽に浸る。感情が高揚し、狂ったように身体を差し出し、また再生者の能力でダメージを回復する。
しかしクリスは攻撃を止めない。むしろ連撃の速度、そして精度を徐々に上げていく。
「そうか。だが次は、快楽に浸る暇も与えないぞ―――――!!」
クリスの連撃の速度がさらに上昇する。その速度はもはや加速を超えて音速……否、神速である。
―――それは速度の限界を超えた領域。加速を重ね、動体視力では捉えられない程の連撃。
レイピアを持つ腕の筋肉がつれ、腱が焼き切れそうになる。痛みが限界を超える。だからこそ、クリスは到達する。神速の領域に。
加速も、音速さえも凌駕するクリスの神速の一撃。それは―――――、
「――――――限定解除・神速刺突剣!!!」
無数に繰り出される刺突の連続。技という名の芸術。限定解除の名に相応しい。
「Feuer!Feuer!!Feuer――――!!」
攻撃を受けても再生し続ける怪異能力。それならば、再生する隙も、そして暇さえも与えないような攻撃を与え続ければいい。クリスの攻撃を、Uはなおも受け続ける。
攻撃、再生、攻撃、再生。無限ループ。しかし、それもクリスの速度には追いつかない。回復が徐々に遅れ、ダメージが蓄積されていく。
「ああっ!?すごい!すごい!すごいいぃ!!!からだじゅう、いたみが――――きもちいいいので、ございます、あたまが、はじけ、とびそおおおおおおお!!!!」
クリスの攻撃を前に狂い叫び、下腹部から水銀を大量に漏らすU。しかし、もはや致死量。再生者としての、クェイサーとしての機能が破壊される。
そして、
「とどめだぁ―――――!!!」
クリスの最後の刺突が、Uの身体に終止符を打った。Uの快楽もついに限界が訪れる。
「う゛あああああああああああああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
Uの体内から水銀という水銀が排出され、何もかもが限界を迎える。いくら再生者としての能力を持ってしても、クリスの神速を上回る程の力は、持ち合わせていなかったのである。
これがUの欲望の果て。マゾヒズムの執着点。
「………あ、は。ごうかく、です。ごうかくなので、す。ごしゅじん、さまぁ」
視点が空を仰ぎ、Uの身体がふらりと、水銀の水溜りに倒れ伏す。身体をピクピクと痙攣させながら、Uの意識は快楽の奥底へと沈んでいった。