小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第2章:武士道プラン異聞録編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第2章『武士道プラン異聞録編』



37話「揺るぎない信頼」


“信じたい”という自身の決意。椎名京はその意思を貫き、守りたい人達の為に弓を射る。


対峙するは嗜虐を芸術とし、無慈悲に人間を切り刻む魔女、エヴァ=シルバー。


水銀ロッドを振りかざし、その先端から伸縮する水銀。水銀は宙を舞い、噴水のように軌跡を描く。


それはまるで“銀の芸術”。だが、その美しさとは裏腹に、触れた物全てを切り裂く変幻自在の悪魔の元素である。


「バラバラにしてあげるわ!」


エヴァの振るった水銀は蛇のようにうねり、獲物である京に襲いかかる。


「――――――」


京は迫り来る水銀を、僅かな時間で冷静に観察し分析する。


動き。速度。範囲。弓兵の動体視力は通常の人間よりも鋭く、敏感である。目を凝らし、相手の攻撃を見切り、そして最も適切な行動を選択する。


(―――――見えた!)


うねる銀色の蛇の中にある、ほんの僅かな隙間。京は弦を引き、集中して一点に狙いを定めて矢を放つ。矢は一直線にエヴァの攻撃を潜り抜け、目標――――エヴァの正面に向かって疾る。


「……ちっ!」


攻撃を中断し、水銀を自らの盾となるべく周囲に膜を形成するエヴァ。放たれた矢は膜によって受け止められ、威力を失い水銀に飲み込まれていく。


「それはフェイント―――――!」


だが、京の攻撃は終わらない。間も与えず、京はエヴァの背後に回り込み、第二射を放つ。


狙いはエヴァの首――――頚椎。当たれば気絶程度のダメージにしかならないが、この場所から逃げ出すには十分な時間稼ぎになるだろう。


しかし、その京の算段は見事に打ち砕かれる事になる。何故なら、


「………な、」


確かにエヴァの首を狙っていた京の矢が、突然現れた水銀の鎧によって阻まれていたからである。


エヴァは何もしていない。否、する必要がなかった。


自動防御オートガード。エヴァの身体は、主を守る意思を宿した、絶対防御の砦によって守られていた。京の放った弓が水銀によって溶かされ、無残に散っていく。


「残念だったわね。その程度じゃ、この銀の鎧(シルバー・メイル)は破れなくてよ」


――――銀の鎧(シルバーメイル)


水銀の微粒子一つ一つを操作し、あらゆる攻撃を遮断する“見えない鎧”を生成。さらに攻撃を感知し、自立防御を可能にしたエヴァの術式である。


(こ、これじゃあ攻撃ができない……)


全方位の攻撃封鎖。どこから攻撃を仕掛けても、銀の鎧によって弾かれてしまう。どのような物理攻撃も一切通用しない。


どうすればいい……しかし、考えている暇はない。京は再び弓を構え、


「―――――Hieb(斬撃)!」


「―――――!」


腕を持ち上げた瞬間、僅かに殺気を感じ取った。身体を捻らせ、その殺気を回避する。


「くっ……!?」


持ち手が突然痺れ、弓が手から零れ落ちる。左腕の肩から肘にかけ、まるで鎌鼬か何かに切られたような切り傷が刻まれていた。出血し、生々しい赤い液体が床に滴り落ちる。


動体視力でさえも捉えられなかった、水銀の一撃。いや、切り傷で済んだだけでも幸いだろう。後一歩反応が遅ければ、左腕ごとばっさり斬られていたかもしれない。


とはいえ、弓を握る腕を負傷したのは致命的である。このままでは戦えない上、出血多量で命の危険に晒される事になる。


「いや……もういやああああああああ!!」


突然、部室内に響く悲痛な叫び声。それは弓道部の部員の一人であった。頭を抱えるように、身体を縮こませながら震えている。


「なんで……!?なんでよ!?なんで私たちがこんな目に合わなきゃならないの!?もう嫌!嫌よ、こんなの!!」


未知の恐怖に怯え、精神的に追い詰められ、とうとう感情が爆発する。涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫び続けた。他の部員達も、不安の色を隠せない。


「心配……しないで。私が、絶対みんなを守るから」


傷口を右手で止血しながら、部員達に言い聞かせる京。傷口の痛みが伴うせいか、額からは大量の汗が吹き出ていた。


「守るって……そんな弓も握れないような傷で、どうやって守るっていうんですか!?無責任な事言わないでよ!!」


京の言葉に激情する弓道部部員。死と隣り合わせの緊迫な状況が続き、精神が擦り切れ、気が狂ってしまっていた。その不安と恐怖が、さらに周りの部員に伝染する。


「そうよ、私たちは関係ないじゃない。用があるのは椎名先輩でしょ?私たちを巻き込まないで!」


「そもそも、椎名先輩が来なかったら、こんな事にはならなかったのよ!」


「帰してよ……私たちを帰してよ……!」


一人は怒り、また一人は泣いて訴え、京に対して非難の声を浴びせていた。その光景を前に、絶句する京。そして愉快に笑うエヴァ。


「あっはっはっは……!自分が助かるなら他人を犠牲にしてでも助かろうと縋りつく。たとえそれが、親しき友人であっても」


それが人間であり、醜い存在であるとエヴァは語る。それは90年以上行き続け、何度も見てきた人間の生に対する欲望。その現実を、京に容赦なく叩きつける。


「信頼、絆、仲間……いくら綺麗事を並べても、結局最後には裏切られる。あなたの守るべきものなんて、そんなものよ?そうだと知ってなお、守る価値があるというのかしら?」


ニヤリと不気味に笑うエヴァ。それは人の心を天秤にかけた、拷問そのものだった。


「…………」


過去に何度も裏切られ続け、何もかもが信じられなくなった京。今は信じられる仲間がいても、いつかは裏切られる時が来るのだろうか。そしてまた、孤独な日々が訪れる。


永遠に繰り返される、負の連鎖。また壊れてしまう儚い物のために、自分の命を投げ捨てる必要性はない。僅かな希望を抱いて傷つけられるよりも、絶望を抱いたまま傷つけられる方が、いくらか気持ちが和らぐという、一種の毒。


なら、いっそ期待しない方がいい……京の中で、様々な感情が渦巻いていた。


そして、最終的に京が取った行動は――――、


「……うっ……」


左腕に受けた傷の痛みに耐えながらも、弓を拾い、戦う意思を示したのだった。手を震わせ、額に汗を浮かべながら、弦を引いてエヴァを睨みつける。


その表情は、もう苦痛でしかない。それでも諦めない。京の中にある確かな強い感情が、京を突き動かしていた。


「……私は、何度も裏切られ続けてきた。だから、期待もしなかった。だって期待すればするほど、傷付く毎日だったから……」


――――それは、暖かくて、優しい感情。


「でも……教えてくれた。仲間が……みんながいたから。もう、一人で苦しまなくていいんだって。信じてもいいんだって」


――――それは、何よりも大切で。何よりも尊いもの。


「確かに、あなたの言う通りだよ。人間は裏切る生き物。醜い存在かもしれない……」


――――それは身近にあって、けれども意識しなければ気づかない。当たり前の感情。


「だけど、もう疑うだけの人生なんて嫌だ!私は……疑って傷付くよりも、信じて傷付く事を選ぶ!どんなに裏切られても、傷ついても構わない!」


――――そう、それに京は一人じゃない。仲間がいる。本当の意味で信じられる仲間が。


それが……京が思う“信じる”という事なのだから。


エヴァはつまらなそうに溜息を漏らした。死に損ないの分際でどこまでもおめでたい人間だと鼻で笑う。


だが、気に食わない。あの希望と勇気に満ちた眼差しが。椎名京という存在が。


「……まあいいわ。もう“用事は済んだ”事だし、せいぜいその甘ったるい希望を抱いていなさい。私がその希望ごと、綺麗に解体(バラ)してあげるわ!」


水銀ロッドを振るい、再び水銀の魔手が京に向かって伸びる。今度ばかりは避けられない。この傷では、せいぜい一発程度の射撃をするのが関の山だ。


このまま、京の身体はバラバラにされてしまうだろう。ただ、それでも怯える部員達の盾になる事くらいは出来る。京は、死を覚悟した。


……目を閉じ、視界が閉ざされた闇の中で京は思う。


“――――せめて最後に、大和に見せてあげたかったな。私が変わった姿”


唯一、後悔があるとするならば大和に会えなかった事くらいか。それも仕方ないと諦める。


迫る水銀が京の肌に触れるその直前、


「「うおおおおおおおーーー!!!!!!!」」


怒号と共に、水銀で閉ざされていた部室の扉がぶち破られた。エヴァの攻撃がピタリと止まる。


「え………」


京は破られた扉の先を見る――――そこには、京の仲間の姿があった。


「京、無事か!?」


「よう、助けにきたぜ!」


大和、キャップの姿と、


「間に合ったか……!」


「京ちゃん!」


「京、よく頑張ったな。後は私たちに任せろ!」


傷だらけの、サーシャと百代、そしてまふゆの姿だった。京は一瞬だけ放心したが、今までずっと耐えてきた不安と恐怖が一気に解放され、溜めていた涙が一気に溢れ出した。


「大和、みんな……」


助けにきてくれた……きっと来てくれると信じていた。力が抜け、京は床に座り込む。大和、キャップは京に駆け寄り、京の無事を確認し安堵した。


「大和……私、信じてたよ!ずっと来るって信じてた!」


大和に縋りつくように、京は大和の身体に顔を埋めた。大和は京の頭をそっと撫でてやる。


「ああ……お前が無事で本当によかった。今、止血してやるからな!」


「クラスのみんなは無事だぜ。後は俺らに任せろ!」


大和は京の応急処置を、キャップは監禁されていた部員達の誘導を始めたのだった。


―――これで全員、無事にエヴァの凶刃から救われた。後は本体を倒すのみ。





「……クイックシルバーの魔女、エヴァ=シルバー。何故貴様が生きている?」


サーシャは大鎌の切っ先を向けながらエヴァに問う。


「あなたに答える義務はないわ。それよりも楽しんでもらえたかしら?私の最高傑作、銀の籠城(シルバー・パレス)は」


エヴァが仕掛けた大規模な水銀トラップ。まるでアトラクションのオーナーにでもなったように、歓喜している。


「相変わらず悪趣味ね……あんたのせいでどれだけの人が傷ついたか……赦せない!」


「京が世話になったみたいだな。京に変わってたっぷりとお礼をさせてもらうぞ!」


大勢の生徒を傷つけ、憤怒するまふゆ。そして仲間を傷つけられ、静かなる怒りを胸に秘める百代。


そして、サーシャ。再び蘇ったエヴァを倒すために剣を振るう。


「どちらにせよ貴様を屠る事に変わりはない。エヴァ=シルバー、貴様はもう一度俺が狩る!」


「はっ!こちらの台詞よ。私を殺した罪、死をもって償いなさい!!」


以前倒され、復讐の炎を宿したエヴァがサーシャたちに牙を剥く。


「―――――震えよ!畏れと共に跪け!!」


鉄と水銀がぶつかり合う。サーシャたちとエヴァ、壮絶な死闘が幕を開けた――――。

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