第2章『武士道プラン異聞録編』
サブエピソード25「京、明日への大きな一歩」
エヴァの襲撃事件から数日が経ったある日、サーシャと大和は弓道部へ見学に訪れていた。
あの一件依頼、京は弓道部の部員達と打ち解ける事ができたようである。
京は熱心に、後輩に自分の弓術を教え込んでいた。後輩達はうんうんと頷きながら、真剣に聞いている。その光景を、サーシャと大和は眺めていた。
「ここ数日で随分変わったな、京は」
真面目に部活動をしている京を、大和は暖かく見守っている。サーシャも成長した京の姿を見て、ほんの少しだけ笑みを見せるのだった。
(確かに、初めて会った時とはまるで別人だな……)
サーシャは川神学園に潜入し、京と出会った時の事を振り返る。
仲間以外の人間には誰とも関わらず、いつも教室で本を読んでいた京。どこかミステリアスで、何をするにも自由気まま。そして大和一筋。
それが今では、Fクラスの生徒とも積極的に話すようになり、こうして部活にも参加するようになった。誰とでも心を赦すようになった。
きっと、まふゆがきっかけを作ってくれたお陰だろう。
だから京は、どんな事でも信じる事から始めている。新しい自分へと、少しずつ歩み始めていた。
彼女の誓いに祝福を――――サーシャは心の中で祈りを捧げる。
しばらく京に視線を注いでいると、サーシャの視線に気付いた京が顔を上げる。サーシャと京……視線と視線が重なる。
「………っ」
すると、京は顔を合わせづらいのか、頬を赤く染めてサーシャから視線を反らすのだった。
今までに見た事ない、貴重な京の照れ臭そうな表情。大和もそれに気付く。理由はサーシャに聖乳を吸われた事だろうとすぐに分かった。
「なあ、サーシャ」
大和は突然、真剣な表情でサーシャに向き合った。そしてサーシャの肩をがっちりと掴み、
「京の聖乳は、一体どんな味なんだ?」
……どうでもいいような事を、サーシャに尋ねるのだった。サーシャは首を傾げる。
「やっぱり男としては気になるんだよ。京だけじゃない、ワン子もまふゆも。頼む教えてくれ!」
女性の神秘である聖乳とは、一体どのような物で、どのような味なのか。男として興味があると大和。
真剣な眼差しで何を話すかと思えば……しかし、サーシャも男である。男として真剣な回答をしなければならない。
「奇跡と神秘、そのものだ」
「――――して、その心は?」
「その味は――――クェイサーだけが知っている」
それが、サーシャの答えだった。
クェイサー……“震わせし者”。その力の源となる存在、聖乳。ようするに、味はクェイサーにしか分からない、という事である。
「―――よかったら大和も私の聖乳吸ってみる?」
突然サーシャと大和の間に割って入るように、京がひょっこりと顔を出した。2人の話を聞いていたらしい。京の胸が、大和の顔に迫る。
「か、勘弁してくれ!」
半ば冗談で言ったつもりだったが……このままでは本当に吸わされかねない。大和は逃げるように部室から走り去っていった。京は照れ屋さんなんだからと言って、大和の後ろ姿を目で追い続けている。
やはり、根本的な所は京は変わっていなかった。大和に一途なのは今も変わりない。
やれやれ、と思いながらサーシャも部室を後にする。
「サーシャ」
サーシャを呼び止める京の声。サーシャは後ろを振り返る。
そこには、頬を赤らめながらも、優しい笑みに包まれた京の表情があった。
「また危なくなったら……私の聖乳、遠慮なく吸っていいからね」
言いたい事はそれだけだから、と言って京は後輩達の元へと戻っていく。また力を貸してくれる、という事らしい。
それ以外の意味合いも含まれていたような気がしたが……気のせいだろう。サーシャは踵を返し、部室から去っていくのだった。
これで彼女の……京の物語は終わり、そしてまた、新たなスタートを切る。
新たな一歩へと、歩み出す―――――。