小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第2章:武士道プラン異聞録編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第2章『武士道プラン異聞録編』



39話「帰省」


川神市にある、多くの店々が立ち並び賑わう商店街。


サーシャ、まふゆ、ガクト、モロは授業の帰り道に喫茶店へと足を運んでいた。


それぞれお茶を飲みながら(そのうち一人は持参したプロテインをジュースにぶち込みカスタマイズしたもの)、至福のひと時を過ごしている。


「……和み過ぎだ」


腕を組み、ティータイムの時間にほとほと呆れ返っているのはサーシャだ。こんな事をしている間にも、謎の元素回路やエヴァ達がどんな策略を企てているか分からないというのに。


「たまには休息も必要よ。それに、あんな事があってからみんな疲れてると思うし……」


と、まふゆは視線を落とした。


エヴァの襲撃事件から数日。学園は何事もなく授業を続けていた。


今回の事件は、学長の鉄心が不在の所を狙われ、このような事態が起きてしまったらしい。


それ以降事が収まるまでは鉄心は川神市内を離れないようにして対応をとっている。また、同じような事が起きる可能性があるからだ。


「ま。あんな雑魚い化け物、俺様の敵じゃなかったけどな」


筋肉を強調し、余裕を見せるガクトだったが、


「その割には、ワン子の後ろにずっと隠れてたよね」


鋭いモロのツッコミに撃沈するのだった。内心、得体の知れない化け物にビビっていたらしい。


そんな、他愛のない話をしながら放課後を楽しむガクト達。本来の学生のあるべき姿。


時にはこんな風に過ごすのも悪くはないか……サーシャはガクト達を見てそう思うのだった。


「……そういえばまゆっちのお父さん、大丈夫なのかな」


ふと、思い出したようにモロが呟く。するとさっきまで話していた雰囲気が少し暗くなる。


事件が終わってすぐ、実家に住んでいるまゆっちの父親が大怪我を負い、連絡を受けたまゆっちは急遽実家に戻るする事になった。


今、メンバーにまゆっちはいない。父親の容態が良くなるまで、しばらく実家に留まるらしい。


「まゆっちの奴、かなり落ち込んでたからな……」


ガクトもまゆっちの事が気になっていた。仲間が落ち込むのを見ると、自分達まで暗くなる……ガクトはその気分を拭うように、プロテイン入りのジュースをガブ飲みするのだった。


「――――ええ。本当に心配ですね」


すると聞き覚えのある声が、というよりサーシャ達の席の中で、何時の間にかユーリが紅茶を啜りながら寛いでいた。


一体何時からいたのだろう。サーシャとまふゆは驚き、モロは心臓が飛び跳ね、ガクトは飲んでいたジュースを吹き出した(サーシャの顔にかかった)。


「が、眼帯のおっさん!?どっから出てきたんだよ!?」


「神出鬼没なものですから」


驚いて身をたじろいでいるガクトに、にこやかに答えるユーリ。


「神出鬼没ってレベルじゃないですから!まるで幽霊か何かかと思いましたよ!寿命が5年くらい縮んだ気分です!」


激しくツッコミを入れるモロ。もはや幽霊じみた存在感と言わざるを得ない。


「……一体何のようだ、破戒神父」


ガクトに吹きかけられたジュースをおしぼりで拭き取りながら、サーシャはユーリに理由を訪ねる。ユーリは伝えておきたい事がありましてと、急に真面目な表情へと変える。そして、


「謎の元素回路をばら撒いている人物の名前を、特定しました」


事件の進展を示す重要事項が、サーシャ達に告げられた。





「マロード……聞いた事ない名前だな」


登校時間。学園へと続く土手を歩きながら、大和は思考を巡らせていた。


サーシャ達がユーリに告げられたのは、謎の元素回路をばら撒く黒幕的な存在。“マロード”と呼ばれ、合法ドラッグを密売する闇の商人として、川神市の裏で暗躍している人物らしい。しかし誰も顔を見た事がなく、知っていたとしても名前だけ、という情報が殆どである。


「第二の紋章屋(クレストメーカー)。これじゃあまるで……」


また“第二の紋章屋”を名乗っている事から、まふゆはある人物を思い出していた。


双頭の紋章屋の異名を持つ、フリードリヒ・タナー。紋章による空間転移を得意とする、欧州のテロリストである。また彼のような敵が現れたという事なのだろうか。


川神市の奥で潜む謎の人物、マロード。エヴァやフールもまた、そのマロードと手を組んでいる可能性が高い。


しかし、アトスが調査して得る事ができた情報はマロードと言う名前と、マロードが川神市内に潜伏している可能性があるという事だけだ。探し出すには、かなりの時間を有するだろう。ファミリー一同はこの僅かな情報を共有し、行動に移す他なかった。


「……む?この気配は……」


誰かの気配を感じ取り、百代が周囲を確認する。するとファミリー達の後ろから全力疾走してやってくる、一人の影が。


「はあ……はあ……皆さん、おはようございます!」


やってきたのは、父親の元へと帰省していたはずのまゆっちであった。まゆっちは息を切らしながら、ぜぇ、ぜぇ、と胸を抑えている。


「まゆっち!?お前実家に行ってたんじゃなかったのかよ?」


突然帰ってきたまゆっち。驚く華とファミリー一同。まゆっちは息を整え、大きく深呼吸をしてから説明を始める。


「はい……実は、父上の言い付けで戻って参りました」


まゆっちは、父親に普段通り学園へ通うように言われて戻ってきていた。


父親は何者かの襲撃に会い、持ち前の剣術で退けたものの重症を負ってしまい、現在も病院で休養を取っているとの事である。命に別状はないが、完治するまではかなりの時間がかかるらしい。


まゆっちはしばらくの間滞在すると父親に相談したが、“私の事は心配するな、お前は今まで通り学問に励みなさい”と言って断ったのである。


折角友人が出来、学園生活も慣れ始めたと言うのに……自分の事で心配をかけさせたくないという、父親の愛だった。


それでも……と悩むまゆっちであったが、自分の為を思って言ってくれた父親の気持ちを無下にはできない。悩むに悩んだ末、まゆっちは川神市へ戻る事を決断したのだった。


父親が言ったから……ではなく、まゆっち自身の意志で。


そして今、現在に至っている。


「私は自分の意志で、こうして舞い戻りました。父上の事は確かに心配ですが、私だっていつまでも子供じゃありません。自分の事は自分で決めます。それに私……」


一瞬だけ目を閉じ、心を落ち着かせるまゆっち。そしてファミリー達に真剣な眼差しを向け、


「―――――変わらなきゃって、そう思ったんです」


胸の内に秘めていた決意を打ち明けるのだった。まゆっちはそのまま続ける。


「一子さんや京さん達を見ていて気付きました。あんな事があっても前向きで、すごく強いんだなって……だから私も、もっと強くなりたい。変わりたい」


まゆっちが打ち明けた思いを、大和達、サーシャ達は黙って聞いている。


「私はエヴァ=シルバーに襲われてから、ずっと怯えていました。正直怖かったんです。でも皆さんは、恐れる事なく立ち向かっていて……それなのに、私だけこんな気持ちで皆さんと戦うのは、嫌です」


エヴァと遭遇してからずっと、まゆっちは怯え続けていた。得体の知れない未知なる力に。


そんな気持ちを抱えながらも、学園内で水銀人形(シルバードール)と戦い続けたまゆっち。だが、それでも立ち向かうワン子達や、エヴァと対峙した京を見て、私も強くなりたい。今のままじゃ駄目だと、そう思ったのである。


まゆっちはもう一度仲間を見据えて、そして決意を表明する。


「私、強くなります!少しずつですが……一歩一歩進みたいと思います。ダメでしょうか?」


勢いよくは言ったものの、後々になって恥ずかしくなり、俯き加減で全員をチラ見するまゆっち。これが彼女の覚悟。彼女の意志。その思いをファミリー一同は受け止める。そして、


「まゆっち。お前が――――」


「お前がそう決めたのなら、それでいい。お前の思う道を進め」


キャップが諭す所を、サーシャが割り込むようにまゆっちに告げたのだった。側で“このやろー!俺の台詞取るんじゃねー!”と喚くキャップの声が聞こえる。


――――少しずつ、前へと進もうとする彼女の気持ち。そのまゆっちの決意を、ファミリーは彼女の背中をそっと押すように、応援するのだった。





1−C、まゆっちの教室。


休み時間、カーチャは側にいる親衛隊(護衛)にうんざりしつつ、何気なくまゆっちを眺めていた。


相変わらず友達100人という馬鹿げた計画を夢見て、それなのに生徒には話しかけられずにいてもどかしい思いをしているまゆっちの姿は、酷く滑稽である。


だが、今日のまゆっちは違っていた。同じクラスの生徒達と、楽しく会話を弾ませている。


一体どういう心境の変化だろうか。あれだけ人前で緊張し、ろくに笑顔も作れず喋る事すらままならなかったまゆっち。これまでにない事だった。


それも、“話かけた”のはまゆっちの方である。“話しかけられた”のならまだしも、まゆっちからと言うのだから驚く。


人間はそう簡単に変わるものなのだろうか……普通ならば時間がかかる、もしくは変わらない。カーチャはその事を一番よく知っている。


だからこそ、まゆっちの行動が自然過ぎて、何よりも不快だった。カーチャは親衛隊に猫かぶりの挨拶を交わすと、一人教室を出て廊下の壁に寄りかかった。


息苦しい上に不愉快だ……少し外の空気を吸って気分転換をする。


「……不快だわ」


ボソッと、息と共に不満を漏らす。まゆっちの変わり様が気に食わないのか、それとも別の何かからなのか。どちらにせよカーチャは不機嫌なままだった。


「……どうかしたの?カーチャちゃん」


カーチャの名前を呼ぶ声がする。声をかけてきたのはまゆっちの親友、伊予であった。面倒なのが来た、と心の中で溜息をつく。カーチャは笑顔を作り、普段通りの振る舞いで対応する。


「ううん、何でもないの。伊予お姉様。ちょっとお外の空気を吸いたくて――――」


「もうそんな喋り方はしなくていいよ」


言って、カーチャに笑顔を向ける伊予。あり得ない、今の今まで完璧な振る舞いであったのに……どこで気付いたのだろう。とりあえず適当に誤魔化そうとするが、それを察するかのように伊予は続けた。


「カーチャちゃんを見ている内に、何となく分かっちゃったんだ。多分、今のカーチャちゃんは本当のカーチャちゃんじゃない。もしよかったらだけど……素直なままを見せて欲しいな」


別に素性を見たわけでもないのに、伊予は全て気付いていた。カーチャの本当の素顔を。それは偶然なのか、それとも伊予の直感なのか。どちらにせよバレているのなら隠す必要もない。カーチャは猫かぶりの笑顔を捨て、普段の女王の顔に戻る。


「ふぅん……子供の割には、随分と賢いのね」


「一応私、カーチャちゃんより年上なんだけど……」


カーチャの大人のような発言に思わず苦笑いする伊予。カーチャの変貌にはあまり驚いていない。どうやら本質を見抜く目はあるようだとカーチャは思った。


「それにしても……なんか変わったよね、まゆっち」


伊予もまゆっちの変化には驚きを隠せずにいた。人見知りだったまゆっちが急に他の生徒達と話し出した所を見た時は、別人かと思ったくらいである。


「気味の悪い程にね。どういう風の吹き回しかしら」


どこかで頭でも打ったのかしらねとカーチャ。それは言い過ぎだよとまた苦笑いする伊予。


「でも……今のまゆっちは、すごく前向きだと思う」


伊予は今日のまゆっちを見て思う。彼女は、少しずつ前へ前へと進もうとしている。あんなにも人前で話す事が苦手だったまゆっちが、今では積極的に話そうと……友達を作ろうとしているのだ。


きっと、本当は緊張して逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだろう。それでも、まゆっちは慣れようとしている。


親友として、応援してあげたい。それが伊予の気持ちなのだから。


しばらくして、教室から出たまゆっちが、伊予とカーチャに声をかける。


「伊予ちゃん、カーチャさん。ここにいたんですか」


まゆっちはいつになく笑顔だった。緊張して引き攣るようなぎこちない笑顔は、もうどこにもない。


「うん。ところでまゆっち、クラスのみんなとはうまく話せた?」


「はい。おかげですぐ友達になれました!この調子でどんどんお友達を作ります!」


「その意気だよ、まゆっち!」


頑張ろうと意気込みをする2人。まゆっちは目標の為に進み、伊予は親友としてそんな彼女を支えていく。2人の友情は、いつまでも消える事なく輝き続ける。


そんな2人の様子を見て、馬鹿馬鹿しいと溜息をつくカーチャ。友情、友達……青臭くてとてもついていけない。


「まあ、精々好きにする事ね」


言って、カーチャは興味なさそうに教室へ戻ろうと踵を返す。すると、何やら慢心気味に笑っている一人の人物が、廊下の奥で存在を主張していた。


「このクラスの連中も大した事なかったわね……まあ、これでここの制圧は完了したわ。これでプレミアムな野望にまた一歩近付いた……!」


彼女は武蔵小杉。自尊心が高く、何でも自分が一番でなければ気が済まない、1−S所属の生徒である。何でも、1年のクラスを回っては強い生徒に勝負をふっかけて片っ端から潰し、1年全体を掌握しようと動いているだとか。


カーチャからしてみれば、身の程を知らないただの子供にしか見えない。おまけに無駄に耳障りで、カーチャの不機嫌はさらに高まっていく。


今度は武蔵を奴隷にして、跪かせてやろう……カーチャはどんな風に調教しようか考えていると、ふとまゆっちに視線がいく。


「――――――」


まゆっちの視線は、武蔵の方へと向いていた。まゆっちは伊予とカーチャに“ちょっと行ってきます”と言葉を残し、そしてそのまま武蔵の所へと足を進めていく。


「今度はあれとお友達にでもなるつもりかしら?本当におめでたいわね」


物好きにも程があるとカーチャ。誰とでも友達になれる訳ではない。中には必ず嫌いな人間もいる。馬鹿げた理想だと、笑いを通り越してもはや呆れていた。


(頑張れ、まゆっち)


そんな中、伊予はまゆっちの背中を暖かく見守っていた。まゆっちの目標達成を祈って。


「―――――あの、S組の武蔵小杉さんでしたよね?」


何の躊躇いもなく、武蔵に声をかけるまゆっち。武蔵は何か用?と返答する。そしてまゆっちは笑顔で、武蔵に告げた。


「はい!私と――――――」




一方、2−F。


サーシャ、ガクト、モロの3人は窓際に集まっていた。ガクトはサーシャと向き合い、真剣な眼差しを向けている。


「サーシャ、実は頼みがある」


「なんだ?」


サーシャはガクトに呼び出されていた(モロは付き添いというかガクトの巻き添え)。大事な話があるらしいが……一体何を話すつもりななだろうか。サーシャは黙ってガクトの言葉を待つ。


「俺様を―――――クェイサーにしてくれ!」


……………。


一瞬だけ、時間が止まったような気がした。何を話すかと思いきや、何とも無謀な頼みだった。クェイサーはそう簡単になれるものではない。


「……ねぇ、ガクト。一応聞くけど、理由は?」


何となくモロには予想がついていた。が、敢えて聞いておく事にする。


「決まってるだろ!女子のおっぱいを吸い放……じゃなくてこの川神市を悪の手から守る為だ!」


「なんか今さらりと本音が零れたけど!?」


本音を言いかけたが、ようはあくまで戦う為だとガクトは言う。あからさまに私利私欲であった。当然、モロはツッコミを入れる。


つまりガクトは、クェイサーになれれば女子に手を出し放題、正当化されると思ったらしい。ガクトらしい考え方である。


「仮にお前がなれたとしても、相手は確実に拒むだろうな。悪い事は言わない、クェイサーは諦めろ。お前には向いていない」


サーシャの的を射た解答に、ガクトは精神的なダメージを受けて挫折したのだった。これが現実。受け入れるしかない。


「ああ……俺様の元素、精子のクェイサーの夢が……」


「そもそもそれ元素じゃないからね!」


一体、ガクト達はクェイサーを何だと思っているのだろう。サーシャは呆れ、疲れ切ったように溜息をつくのだった。


しばらくして、学園内が急に騒がしくなり始める。


「おい、今から1年の奴が決闘が始まるぞ!」


「相手はS組の武蔵小杉と……」


どうやら、また決闘が始まるらしい。本当にこの学園は騒がしいなとサーシャは思った。決闘の間は授業中でも見にいってもいいらしいが……もう飽き飽きしていた。


1−Sの武蔵小杉。またSクラスかと肩を落とす。そしてその対戦相手は、


「1−Cの黛由紀江だってよ!」


黛由紀江――――風間ファミリーのメンバーのまゆっちであった。

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