小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第2章:武士道プラン異聞録編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第2章『武士道プラン異聞録編』



45話「銀色に染まる夜」



水銀による不意打ちで負傷を負ったまゆっち。そして剣術、クェイサーの能力で翻弄した黛由紀江。


戦局は互角だった。同じ剣技と剣技の読み合いが続いたが、想定外な攻撃に足元を救われた結果、今の状況に至っている。


目の前にいるのは自分を騙る偽物である、鏡のような存在。相手が黛由紀江だというのならば、自分が取るあらゆる行動を想定し、その裏をかけば良いだけの事。だが、その行動は思いも寄らぬ形で裏切られた。


「お前の脇腹を抉り取るつもりだったが……少し浅かったか」


悠長に笑う黛由紀江。反応が遅ければ、言葉の通り内臓ごと持っていかれた事は間違いない。まゆっちは唇を噛み、自分自身の下した判断を悔やんだ。


そもそも、まゆっちという存在は一人しかあり得ない。変装の類だと思うのが普通である。それを知ってなお、まゆっちは油断してしまったのだ。


クェイサーとしての能力という思わぬ隠し腕。気付ける筈もない。だが、致命傷を追わなかったのは幸いと言っていいだろう。


「貴方がクェイサーである事は、分かりました。でも……」


でもおかしいと、脇腹からひしひしと伝わる痛みに堪えながらまゆっちは答える。おかしいと言うより、まゆっちには理解できなかった。


黛由紀江が使用した黛流の剣術。剣術どころか、動きや速度、構えが全て同一である。自分が剣使いなのだから感覚で分かる……次に来る一手も、技も全て。


そんなまゆっちの疑問を余所に、黛由紀江は眈々と答える。


「おかしいも何もない、私は黛由紀江であり、同時にクェイサーでもある。つまりお前は、私以下の存在と言うわけだ」


見下すような黛由紀江の視線がまゆっちに突き刺さる。


「どういう……意味ですか?」


「弱肉強食……弱者が消えるのは自然の摂理。それに黛由紀江は二人といらない。当然生き残るのは私だ。何故なら私は、お前の望むもの全てを手にしているからな」


まゆっちが望む物……それはたくさんの友人。積極的で明るく、誰からも好かれる……今のまゆっちにはない、まゆっちの描いていた自分自身の理想像。それを、黛由紀江は全てを手にしている。


まゆっちの目の前にいる黛由紀江は、“理想そのもの”だとでもいうのだろうか。信じられない……だがまゆっちの剣を持つ手は、かすかに震え始めていた。


“ならば自分は、欠陥品なのだろうか”、と。


「そんな、事……」


頭の中では否定する。しかし、まゆっちの理想がそれを許さない。追い打ちをかけるように、黛由紀江は続ける。


「お前が今どう思おうと、周りはそれを望んでいる。もうお前は必要ない」


「………」


自分が示した理想に追い詰められていく。まゆっちの求めていた理想そのものに。


―――口下手で、なかなか友達ができない自分。


―――厳しく育てられ、周りからは畏敬の念で見られてきた自分。


―――そんな自分を変えたくて。それでも中々上手くいかない、もどかしい自分。


「私、は……」


結局、何も変わってなどいなかった。まゆっちの思考が、絶望の色へと染まっていく。


しかしそんな時こそ、松風がいつも励ましてくれたのではないか。まゆっちは救いを求めるように、松風に手をかけようとした。


(………!)


はっと気付くまゆっち。友達ができない寂しさを紛らわす為に、いつも話相手になっていてくれた松風。だがそれと同時に、理想から逃げている事に気付かされた。


そう思い込んでしまうくらいに、まゆっちの心は弱り切っていた。その上、松風の存在を否定してしまった自分が、堪らなく許せなくなった。


さらに思考が闇へと落ちていく。友達ができないのは松風のせいなのではないか?と少しでも思ってしまう。自分は最低だ、とまゆっちは視線を落とした。


……自分から逃げ出したくせに。黛由紀江が自分が必要のない存在だというのにも納得がいく。まゆっちは、自分がますます嫌いになり、酷い罪悪感に苛まれていた。


「やっぱり……私、何も変わってない……」


悲しみに震えながら、まゆっちは涙した。刀を持つ力が抜け、戦意と共に心も失い、深い闇へと落ちていく。しかしそんな時、


「――――しっかりしなさい!黛由紀江!」


そんなまゆっちの心を呼び戻した声の主は、伊予であった。伊予はまゆっちに駆け寄り、肩を掴んで真っ直ぐ視線を合わせる。伊予はこれまでにないくらいに、怒りを露わにしていた。


「何弱気になってるのよ!まゆっちはまゆっちでしょ!?」


「い、伊予ちゃん……」


伊予の言葉の一つ一つが、まゆっちの心に喝を入れ、同時に光を呼び戻していく。まゆっちは


「確かにまゆっちは口下手で、なかなか人前じゃ話せなくて不器用な所もあるけど、それでもまゆっちは必死に頑張ってる!今はまだ理想に近付けなくても、少しずつ前に進んでるじゃない。だって―――」


そして笑顔で、彼女にこう伝えるのだった。


(親友)がー―――ちゃんとここにいる。そうでしょ?まゆっち」


それは、まゆっちにとって何よりの救いであった。親友が、側にいる。何も変わっていないわけではない。少しずつ、前へ前へと進んでいるのだから。


まゆっちの心は、彼女に暖かく包まれていた。嬉しくて、涙が止まらなかった。


そんなの二人のやりとりを見て、黛由紀江は小さく肩を落とす。


「……どうしてそいつの肩を持つ?私の方が優れているのは明らかだ。欠陥品を選ぶ理由が、私には理解できないな」


心ない黛由紀江の言葉。伊予は振り向かず、押し殺したような声で答える。


「……あなたという人が、やっと分かったよ」


静かな伊予の怒りが、伊予の背後にいる黛由紀江へと向けられた。伊予の背中から、突き刺すような視線が伝わるような気がした。伊予はそのまま黛由紀江に語りかける。


「あなたは明るくて、すぐに友達もできて、お喋り上手で……確かにまゆっちの理想だね。でも、」


ゆっくりと振り返り、彼女の胸の内の怒りを、そして同時に黛由紀江を憐れむような視線を向けた。


「簡単に手に入れた理想なんて、そんなの本物じゃない。あなたはまゆっちがどれだけ変わりたくて今までずっと努力してきたか知ってる?自分の思い描いている理想は、簡単には手の届かないものなんだよ」


だからこそ、まゆっちは一歩一歩進んでいるのだと、黛由紀江を諭すように話を続ける。


「あなたはまゆっちの事を欠陥品って言ったよね?人は誰でも欠点はある。私にも、あなたにも」


人間には必ず欠点がある。それは誰にでもある……言い換えれば人の個性に他ならないのだから。


「完璧な人間なんていない。人間は常に欠陥を抱えて生きるものだって、教えてくれた人がいるの。あなたがどうしてまゆっちにならなきゃならないのか知らないけど、あなたは絶対にまゆっちにはなれない」


最後に伊予は黛由紀江の目をまっすぐに見据えて、


「たとえあなたが……まゆっちの複製だったとしても」


まるで確信をついたような回答だった。いくらまゆっちを模倣しても、伊予がまゆっちと過ごした時間や思い出は、誰にも真似はできない。伊予の知っている親友のまゆっちはたった一人しかいない、かけがえのない存在なのだから。


「―――――」


すると、今まで黙して聞いていた黛由紀江に変化が訪れた。顔を俯かせ、刀を、血が出るくらいに握り締めている。その彼女からは、憎しみと怒り……悲しみさえも感じ取れた。


「複製……だと?」


押し殺した怒りが、声に現れている。そして俯いていた顔を上げると、憎悪に満ちた瞳が覗いていた。


次の瞬間、


「私の目の前で、二度とその言葉を口にするな!」


黛由紀江が動き出した。憎しみの対象となった伊予に向かって地面を蹴る。刀の鋭利な刃と、水銀の牙が交差して襲いかかった。


まるで風のような速度。一瞬にして距離が縮まった。避ける術はない。殺される……伊予は目を瞑った。


「伊予ちゃん!」


黛由紀江の攻撃が伊予に触れる寸前、まゆっちが二人の間に割って入った。刀で攻撃を抑え込む。攻撃の重圧が、まゆっちのわき腹の傷に響く。受け止めた刀が、黛由紀江の力で押し戻されていた。


「いよちゃん……にげ―――!?」


逃げて……と、まゆっちが言いかけたその時だった。突然黛由紀江の身体が動かなくなる。指一本すら、動かせない。


一体何が起きたのか……目を凝らしたまゆっちは事態をようやく理解する。


街頭の光に浮かぶ、まゆっちの刀に絡まる水銀の糸。刀だけではない。身体中、巻きつけられた糸によって束縛されていた。身動き一つ、彼女は取れない。何時のにかまゆっちは黛由紀江に捉えられていたのだ。


すると黛由紀江は歪んだ狂気のような笑みを零し、まるで釣り上げるかのように水銀ロッドを引き上げ、まゆっちの身体を投げ飛ばした。まゆっちは街灯に直撃し、身体中に強い衝撃が走る。


「がっ……は……!?」


地面を転がり、血を吐き出しながら咳き込むまゆっち。直撃した街灯はぐにゃりとひしゃげている。さらに、黛由紀江から受けた傷が広がり、出血量は酷くなっていた。


「まゆっち!?まゆっち……!」


伊予が駆け寄り、半ば動かないまゆっちの身体を抱き起こす。まゆっちの意識は朦朧とし、殆ど失いかけていた。伊予は何度もまゆっちを呼び続けたが、反応が薄い。


「あ……あ……」


掠れた声で、まゆっちは何かに手を伸ばそうと、残った力で必死に動かしていた。


その手の先には―――地面に放り投げられた松風。先程の衝撃でポケットから転がってしまったのだろう。松風はまるで苦しいと訴えているかのように、冷たい地面に横たわっていた。


「まつ……か……ぜ……」


松風の名前を呼び、まゆっちは手を延ばし続ける。父親から譲り受けた、大切なもの。否、まゆっちの傍にいる大切な友達。


「これが松風か。まるでくだらないおもちゃだな」


それを、黛由紀江が拾い上げる。詰まらなそうに松風をながめながら彼女は嗤う。まゆっちは抵抗もできず、声も出せない。そんなボロボロのまゆっちを強く抱きしめながら、伊予は黛由紀江を睨みつけている。


しかし、その時黛由紀江に異変が起こった。


「うっ……!?」


突然吐き気が黛由紀江を襲った。拾い上げた松風を落とし、口元を抑えている。彼女の異変に伊予は驚きを隠せない。


「うぇ……うぅ……!」


膝をつき、激しく苦しみ出す黛由紀江。むせ返りそうな感覚が彼女を蝕む。原因は分からない。黛由紀江でさえ、この事態を予想していなかったのだから。


(今なら……にげ………)


今ならば、まゆっちを抱えて逃げられるかもしれない。だが伊予の足は恐怖で竦みきっていた。けれども逃げなければきっと殺される……本能が必死にそう叫んでいた。


そんな時、


「―――黛、大和田!」


夜の公園に響く、まゆっちと伊予を呼ぶ女性の声。伊予が振り返った背後から、見覚えのある女性が息を切らしながら走ってくるのが見えた。暗がりから、徐々にその姿が見えてくる。


「及川、先生……?」


伊予達の前に現れたのは、保険医の麗だった。麗は弱ったまゆっちと伊予を守るように前に立つ。そして、麗は懐から拳銃を取り出し、黛由紀江にその銃口を向けたのだった。


「大人しくしてもらうぞ、黛由紀江。いや―――クローン黛」

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