小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第2章:武士道プラン異聞録編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第2章『武士道プラン異聞録編』



46話「暴かれる真相」



麗は拳銃を突きつけ、黛由紀江を“クローン黛”と呼んだ。それは一体どう言う意味なのか、伊予には分からなかった。


「こいつは黛の血液を媒介にして作られたクローン体だ。武士道プランの研究データを元にエヴァ=シルバーのクローン技術で生まれた“最強のクェイサー”。お前たちには……あまり関わって欲しくはなかったがね」


伊予の疑問に応えるように言葉を漏らす麗。伊予は弱り切ったまゆっちを守るように抱きながら、麗の向こう側にいる黛由紀江―――クローン黛に視線を向けた。


クローン。同位体。まゆっちと同じなのだ。信じられない……が、信じざるを得ない。武士道プランとエヴァ=シルバー。伊予の頭が混乱を始める。


「大和田、立てるか?お前は黛を連れて逃げろ」


「え……?」


ここはアタシが引き受ける、と麗は伊予に促した。戸惑う伊予だったが、麗が駆けつけてくれた安心感からか、どうにか立ち上がる事ができた。今のまゆっちは負傷している。一刻も早く手当をしなければ……まゆっちの身体を抱えながら、伊予は歩いていく。


当然、クローン黛はそれを許す筈がない。襲いかかる吐き気に抵抗しながらも、水銀ロッドを振るおうと身体を動かす。しかし、麗がそれを阻む。


「お前の相手はアタシだ」


麗の銃口がクローン黛を捉える。伊予達の姿が遠くなっていく。クローン黛も原因不明の吐き気が収まり、徐々に体調も回復しつつあった。


クローン黛はくふふ、と不気味に笑っている。その態度に、麗は不快感を覚えた。


「……何が可笑しい?」


忌々しげに問いを投げる麗。クローン黛はまるで蛇のような妖気な瞳で、口元を釣り上げた。


それは狂気。目の前に恰好の獲物が現れた時のような、獣の眼だった。同時に感じ取れるのは、純粋な殺人衝動。そして、彼女自身の邪なる欲望。


「――――憂さ晴らしだ。お前の全てを犯してやる」


「―――!」


瞬間、クローン黛が走り出した。麗は舌打ちし、拳銃のトリガーを引く。銃撃音と共に発射された弾丸がクローン黛に向かって伸びていく。


だがクローン黛は剣技で弾丸全てを撃ち落とした。距離を詰め、麗の懐に入り込んで刀を一閃する。


「くっ……!?」


迸る金属音。麗は拳銃を投げ捨て脇差しで刀を受け止める。その刀身にはルーンが刻まれていた。


対能力者用特殊礼装。麗が持つもの中では強力な部類に入るが、相手が純粋な剣技では意味を成さない。クローン黛も危険を察知したのか、クェイサーの能力は使わない。


全て、読まれている。


(くそ、純粋な剣技じゃこちらが不利か……!)


このままでは押し切られるのは目に見えている。武人相手では分が悪い。麗は脇差しで受け流すように刀を払いのけ、後退しクローン黛から距離を取る。


しかしみすみすそれを許すクローン黛ではない。麗が体制を整える前に、すぐに距離を詰めて襲いかかった。麗は脇差しで受け止めにかかる。


(速い……!)


連続するクローン黛の剣技。麗は防戦を強いられた。クローン黛の刀は、振るう毎に速度を増していき、容赦のない刃が麗の脇差しを打ち付けていく。


麗も攻撃一つ一つを見切り、後退しながらも全てを打ち払い捌いていく。我ながら体視力でよくついていけるなと、自身に呆れてしまう程に。


だが、それも長くは持たない。限界が訪れる。


「せやああっ!」


「!?」


クローン黛の最後の一撃が、麗の脇差しを弾き飛ばした。脇差しは宙を舞い、地面へと突き刺さる。しまった……と思った時にはもう、麗の喉元にクローン黛の刃の切っ先が突きつけられていた。


「いい腕だ。まさか脇差し一本でここまでやりあうとはな」


感心するように嗤うクローン黛。麗はそりゃどうもと、忌々しげにそう吐き捨てる。


「ふふふ……」


舐め回すように麗を眺めるクローン黛。刃を麗の首にピタリと当てがう。一度でも動けば首がゴトリと地面に転がり落ちるだろう。


さらに麗の胸を撫で回すように触り、その感触を愉しんでいた。


「殺す前に抱いてやろう。泣き叫びながら犯されるお前の姿を想像すると……自分の欲望を抑えられなくなりそうだ」


今のクローン黛は獣だ。ただ獲物を狩り、犯す為の。だが麗は怯む様子はない。


「子供にアタシの相手が務まるとは思えないがね」


自分が命の危機に晒されているというのに、強気に挑発する麗。クローン黛は挑発には乗らず、気に入ったと邪悪な笑みを浮かべた。


「身動き一つ取れないというのに随分と強気だな。だがその反抗的な態度も、そそられる」


だからこそ屈服させがいがある。勝者の余裕が彼女を歓喜させていた。殺す前に、じっくりと身体の隅から隅まで犯し尽くすと、狂気に満ちた目を麗に向けながら。


しかしこんな状況に置かれながらも、麗は静かに笑っていた。まるでクローン黛を嘲笑うように。


追い詰められて狂ったのか……理由はどうあれ、それはクローン黛にとって不快だった。


「……何が可笑しい?」


彼女から笑みが消える。目を細めて、麗に問い質す。麗は顔を上げ、クローン黛と目を合わせた(・・・・・・)


「―――身動き一つ取れないというのに(・・・・・・・・・・・・・・)随分と強気だな(・・・・・・・)。お前は」


クローン黛が放った言葉を、鸚鵡返しするように答えるのだった。クローン黛の背筋が凍りつく。だが気付いた時にはもう、全てが手遅れだった。


「!?――――身体が、」


身動きが取れない。石像にでもなったように、身体中指一本動かす事ができなかった。


まるで、見えない何かに拘束されたような感覚。正体不明の何かが彼女を完膚無きまでに捉えていた。


「悪いな、こいつは生まれつきでね。まあ、一種の金縛りのようなもんだ」


言って、身動きの取れなくなったクローン黛から離れていく麗。煙草を白衣のポケットから取り出して、ふうと一服しながら夜空に煙を吐く。


クローン黛は刀を振り上げようとするが、やはり身体は言う事を聞いてくれない。一体何が起きたというのか……辛うじて動かす事ができたのは、目だけであった。視線だけを上げて、煙草を悠々と吹かす麗を凝視する。


「な――――」


言葉を失うクローン黛。そこには説明のしようがない、まさに“神秘という名の暴挙”が彼女の視界に入り込んでいたからだ。


―――怪しく蒼と翠の光で彩られる、麗の両眼。まるで吸い込まれてしまいそうなくらいに、美しく、そして妖気に輝くその光は、暴挙と言わずしてなんと言おうか。


妖術でもなければ、気の圧力でもない。そもそもこの拘束の正体が“気”であるならば、麗自体から闘気が肌に感じる筈である。だが麗にはそれがない。言うなれば、気は人並みで武人レベルではない。


ならばこの得体の知れない拘束は、あの麗の光る目は一体何だというのか。


「く、そ……」


無理にでも束縛を解こうと力を入れる。しかし、今だに指一本びくともしない。麗は二本めの煙草をふかし、彼女の悪足掻きに対して呆れ顔を見せた。


「やめときな。いくら足掻いても―――!?」


殺気を感じ取り、麗は反射的に身構える。その殺気はクローン黛ではない、別の何かからだった。突然空から落ちてくるようにクローン黛と麗の前に現れた一つの影。それはV(ファオ)であった。


Vはニヤリと嗤い、水銀ロッドの先端を麗に向けた。


「――――あばよ雌豚あぁぁ!!!」


ぎゃはははははは、と品のない笑い声が夜空に木霊する。同時に先端から水銀が槍のように、麗に向かって伸び始めた。


僅か数秒の出来事。麗は避ける術もなく、銀の槍に串刺しにされるのをただ待つしかなかった。


その時、


медь(銅よ)―――――!!」


槍が麗の身体を貫く寸前、背後から銅線によって作られたバリケードが麗を包み込んだ。槍は見事に弾かれ、原形を失いドロドロに溶けて崩れ落ちる。


「……遅いぞ」


間一髪だったと、麗は腕を組み呆れ果てる。銅のバリケードが消えて、麗の背後へと戻っていく。その先には駆けつけたカーチャとアナスタシア、聖乳を吸われ放心する心。そして揚羽の姿があった。


カーチャ達が現れ、タイミングが悪いと舌打ちをするV。すると水銀ロッドを振りかざし、麗とVの間を隔てるように水銀の壁を作り出した。


「お前、何を……」


束縛が溶け、ようやく自由が聞くようになったクローン黛。Vは別に助けにきたわけじゃねぇよと目を合わさぬまま答える。


「ババァの命令だ、退けってよ」


「……く」


敵を目の前にしての撤退。納得のいかない態度を取るクローン黛だったが、刀を収めた。悔しい話だが、Vが来なければこの状況は打開できなかっただろう。あの麗の奇怪な能力には対抗する術はなかったのだから。


「うっ……」


吐き気がまたぶり返す。思えば、松風を拾った瞬間おかしくなり始めた。ならば原因はあのストラップにあるとでも言うのか。


Vはそんなクローン黛を、さも愉快な表情を浮かべながら一瞥し、水銀ロッドを再び振りかざした。2人の周囲に大量の水銀が浮かび上がる。


すると、揚羽が逃げようとするクローン黛達を追いかけようと走り出した。


「待て!尼崎はどこだ!?何を企んでいる!?」


揚羽の拳に気が宿る。逃すわけにはいかない。そんな揚羽をVは嘲笑う。


「はっ、答えるかよバーカ!」


Vたちと揚羽の距離が縮まった瞬間、湧き出した水銀が突然爆発を起こし、巨大な壁となって揚羽の行く手を阻んだ。危険を感じた揚羽は飛び退いて回避する。


瞬発的に作り出された銀幕はVとクローン黛を覆い、壁が消えた頃にはもう、2人の姿はなくなっていた。くそ……と表情を苦痛にゆがませる揚羽。


「黛由紀江が二人?まさか、やつは………」


救助したまゆっちと伊予。そして逃亡したクローン黛。揚羽の脳裏に嫌な予感が過る。


「想像した通りよ。あれは黛由紀江のクローン。おまけにクェイサーときてる」


厄介ね、と眉を潜めるカーチャ。揚羽―――否、これは九鬼家にとって最悪の事態である。目を背けたくなるような現実が、揚羽に突きつけられていた。




だが、これでハッキリとした事は三つ。尼崎がアデプトと手を組んでいる事。武士道プランのデータを悪用し、クローンを作り出したという事実。


そして……黛由紀江のクローンが現れ、クェイサーの能力を保持しているという事。


尼崎とアデプト。ついに彼らの陰謀が本格的に動きだそうとしていた。





葵門病院病室。


曖昧な意識の中、重い瞼を開けると、白い蛍光灯の眩しい光が視界に入った。手で光を隠しながらゆっくりと目を開け、まゆっちはようやく目を覚ます。


「ここ、は……?」


周囲を見回す。誰もいない、殺風景な病院の個室。包帯だらけの自分の身体。


ああ、そうだ。公園で戦い、負けて……そこから先は、よく覚えていない。ただ確かな事は、伊予を守る事に必死だった事だ。


あれからどうなったのだろう。伊予はどこへ……と、自分のベッドの傍に、すやすやと眠る伊予の姿があった。ずっと、看病してくれていたのだろう。


「ん……?」


続いて伊予が目を覚ます。目を擦りながらあくびをすると、目を覚ましていたまゆっちが視界に入った。伊予はうっすらと涙を浮かべながら、まゆっちの意識が戻った事を喜んでいた。


「まゆっち!よかった……気がついたんだね!」


よかった、と何度も言いながらまゆっちの手を握る伊予。目の下には隈ができている。まゆっちの看病をしている間、殆ど眠っていないに違いない。


「私、は……?」


「あの後、及川先生が助けにきてくれたんだよ」


まゆっちがクローン黛との戦いで倒れ、それから麗が助けにきてくれた一部始終を話す。あれからまゆっちと伊予は麗の手配で、葵門病院へと運ばれてから丸一日が経っていた。それまでの間、まゆっちはずっと眠っていたらしい。


「私……伊予ちゃんを、守れませんでした……」


結果として、伊予を守る事ができなかった事を悔いるまゆっち。本当なら意地でも守り通すべきだった。自分は友人失格だと視線を逸らす。しかし伊予はううんと首を横に振る。


「守る事だけが、友達じゃないでしょ?それにまゆっちはちゃんと守ってくれたよ。だから自分を責めないで」


「伊予、ちゃん……」


ありがとう、と涙ぐみながら笑みを浮かべるまゆっち。まゆっちはしばらく伊予の手を握りしめていた。その手から伝わる暖かい彼女の温もりが、今のまゆっちには何よりも大切な時間だった。




突然現れたもう一人の自分。今後何が起きるかは分からない。だが今は、伊予の無事を喜ぶべきだろう。後の事は、それでもいいとまゆっちはほんの僅かな安堵の時間を噛みしめるのだった。





その頃、麗は缶コーヒーの入ったビニールを片手にぶら下げながら、まゆっちと伊予のいる病室に向かって歩いていた。


もう片手には、クローン黛との戦いでまゆっちが落とした松風のストラップがある。


(人間は欠陥を抱えて生きてる、か……)


松風を眺め、そんな事を呟きながら麗は足を進めていた。麗の古き友人がふと漏らした言葉である。もう会う事はないと思っていたが、この川神市内で偶然の再会を果たした。またどこかで、飲み交わしたいものだとしみじみ思うのだった。


「おや。及川先生ではありませんか」


後ろから呼ぶ声が、麗の足を止める。振り返ると、2−Sの葵冬馬の姿があった。麗は学園内でちやほやされている彼の姿を何度か目撃しているので、冬馬であるとすぐにわかった。


「確か、2−Sの葵君?」


何でここにと尋ねる麗。すると、冬馬はニコッと微笑みながら答える。


「ここは私の父の病院です。だから、私がいてもなんら不思議はありません」


悪意も、善意もない純粋な冬馬の笑顔。なるほど、これで川神学園の女子達も口説かれるわけだと納得するが、麗にはその真意の読めない表情に少しだけ嫌悪感を抱いた。特に関わる気もないが、一応挨拶だけは交わし、冬馬を横切っていく。


横切ったその刹那、冬馬が小さな声で彼女に呟いた。


「……ところで貴方は、一体何者ですか?」


「――――」


冬馬の質問に、麗はまた足を止めた。まるで見透かされているようだった。だが麗は冷静に動揺する事もなく答えを返す。


「アタシはどこにでもいる、ただの保険医だよ。後、頼りがいのあるみんなのお姉さん……ってところかな?」


なんてね、と大人の女性の笑みを浮かべる麗。すると、冬馬はそうですかと残念そうに肩をすくめたが表情を崩すことはなかった。


「私にはそうは見えませんが……まあいいです。ミステリアスな女性も、私は好きですよ」


納得はいっていないようだが、冬馬はあっさりと身をひき、これ以上の追求をすることはなかった。何を勘ぐっているのか知らないが、これ以上深入りさせないように念を押しておく。


「……君の今後の為に、忠告しておくよ。女の秘密にはあんまり足を踏み入れない事だね」


麗は最後に、冬馬に釘を刺すようにそんな言葉を残す。女には秘密が多い。一度足を踏み入れれば引き返せないかもしれない、と。それは怖いですね、と冬馬。


「ええ、肝に命じておきます」


冬馬もまた、麗に笑みで返す。つくづく食えない男だ、と心の中で思いながら麗は病院の廊下を歩いて行った。冬馬はその後ろ姿を眺め、笑みが消え無表情になっていた。


(……これは驚きましたね。まさか本当に存在するとは思いませんでした)


麗の忠告の際、彼女の両目が、一瞬魔を帯びたように怪しく光り出したような気がした……否、冬馬の目には間違いなくそう写った。あんな目をする人間がいるとは、流石の冬馬を驚きを隠せない。


「“魔眼”、ですか……」


それは、異質な能力。もしそれが事実ならば、本当にこれ以上関わる事はやめておこうと冬馬は歩を進めながらそう思うのだった。

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