小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第2章:武士道プラン異聞録編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第2章『武士道プラン異聞録編』



48話「(黛由紀江)黛由紀江(クローン黛)



深夜帯、サーシャ達は工業地区周辺の廃墟ビル前に辿り着いた。周囲には賭博決闘の参加者、及び観戦者の不良達が集まっている。


不良達はサーシャの姿を見つけると敵意を剥き出しにし、サーシャ達の前に立ち塞がる。


「なんだぁ、テメェらは!?」


「ここはガキのくるとこじゃねぇんだよ。俺たちの目が黒いうちに消えな!」


さっさと失せろと、サーシャ達を追い払おうとする不良達。どうやら歓迎されていないようだが……しかしサーシャには関係ない。サーシャは不良達を睨み返し、


「そこをどけ。雑魚共」


まるで眼中にないと言わんばかりに、彼らの敵意を一蹴した。バカにされた不良達は挑発に乗り、サーシャ達を囲い始める。


「……おいガキ。調子こいてんじゃねぇぞコラ」


「言っとくが俺たちは女だろうと容赦はしねぇぞ!」


「穴から孔まで犯されてぇか?あぁ!?」


不良達から感じる、静かな怒り。嵐の前の前兆。だがサーシャ達は動じない。


サーシャはその翠色の瞳を向けて、彼らに問い質した。


それは不良達への、死の宣告である。


「――――お前達は、震えた事があるか?」


次の瞬間、不良達の殆どが地面に倒れ伏せていた。何が起きたかも分からず、そして状況を確認する暇さえもなく、彼らは一瞬にして意識を失った。残った不良達が、サーシャ達を見て怯えている。


「……もう一度言う。そこをどけ」


サーシャの手には、古びた外灯に照らされて光る黒の大鎌。不良達を葬った処刑と言う名の武器。次はお前達の番だと、大鎌の刃がそう訴えているかのように鈍く光っている。


残された不良達は身の危険を感じ取り、廃墟ビル内へと逃走していった。


「ここに……由紀江ちゃんのクローンがいるんだよね」


廃墟ビルを見上げるまふゆ。彼女は、ここに潜伏している。


「……先へ進むぞ」


サーシャは迷う余地もなく、先へと進み続ける。待ち受けるクローン黛の元へ。





「おい、やべぇよ!外の連中が他所もんにぶちのめされた!」


「相手は四人のガキで、なんか知らねぇけどエラく強いみてえなんだ。外のやつらが一瞬で……」


「じょ、冗談じゃねぇ、殺される!」


「逃げるぞ!」


ビルの広間で不良達が慌ただしく動いていた。挑戦者と観戦者の殆どがビル内から退散していく。そんな彼らの動向を、クローン黛は傍観していた。


だが、彼女にとってはどうでもいい事だ。何が起きようが、関係ない。興味がない。ただ向かってくる敵を斬るだけの道具。それ以外の何物でもない。


しばらくして、広間に不良達の姿はなくなっていた。変わりに現れたのは、サーシャ、まふゆ、カーチャと華の姿である。


「見つけたぞ、クローン黛」


サーシャの大鎌の刃先が、クローン黛に向けられる。クローン黛は何も答えぬまま、虚ろな瞳でサーシャに視線を向けていた。


(どういう事?公園であった時とは、まるで……)


不審に思うカーチャ。公園で遭遇したクローン黛とは打って変わって、まるで別人である。


人形のように無感情で、魂のない瞳。空っぽのような存在。本当にこれが、あの時のクローン黛なのかとさえ、疑う程に。


「お前に聞きたい事がある。お前を作り出した研究施設はどこだ?」


まずは彼女から聞き出さなければならない。サーシャは質問を投げた。最も、そう簡単に答えてくれるとは微塵も思っていないが。


だが、クローン黛から返ってきた言葉は意外なものだった。


「……私は、もうあいつらとは無関係だ」


アデプトとはもう関わり合いがないと、クローン黛は答える。サーシャ達にとって予想外の返答だった。どういう意味だと、質問を続けるサーシャ。


すると、クローン黛は視線を落とし、自分を蔑むように小さく呟いた。


「私は……捨てられた」


全てを失い、行き場を無くした。失敗作の烙印を押され、生きる意味も、存在する意味も、何もかも失ったクローン黛。尼崎とアデプトからも用済み扱いされ、クローン黛は自分自身を見失っていた。


否、始めから自分自身などなかったのかもしれない。否定され、自暴自棄になった彼女に残されたものは、何もありはしない。


「理由はどうあれ、洗いざらい吐いてもらうわ」


お前の境遇に興味はない、とカーチャ。知りたいのはアデプトの情報である。自分を捨てたアデプトに今更知った事ではないが、立ちはだかる敵は切り捨てるのみ。


「お前達も私の前に現れた以上、斬るしかない」


それが、彼女の存在を証明する唯一の手段なのだから。


戦うしかない……そのつもりでここへ赴いている。サーシャが大鎌を構え、クローン黛との距離を詰めようとした、まさにその時だった。


「……待ってください、サーシャさん」


サーシャを呼ぶ声が、廃墟ビル内に木霊する。その声の正体は、他の誰でもないまゆっちであった。


まゆっちは身体をふらつかせながらサーシャ達の所へ歩み寄る。見た所、傷が完治しない状態で病院を抜け出したのだろう。


「まゆっち!?お前なんで……」


何でここに、と華。いつの間にサーシャ達をつけて来ていたのだ。気付ける筈もない。まゆっちは今の今までずっと気配を消し続けていたのだ。


「……お話は及川先生とユーリさんから聞きました」


入院中、まゆっちの元へお見舞いにやってきた麗とユーリ。そしてクローン黛に関する知る限りの情報の全てを彼女に伝えていた。


彼女には、全てを知る権利がある。まゆっち自身も、クローン黛の事が気掛かりであった。


―――彼女との戦闘で、薄れていく意識の中。伊予に黛由紀江を否定された時の激情したクローン黛の表情だけは鮮明に覚えている。


その時まゆっちは思った。もしかしたら彼女は、心の奥で誰かに自分の存在を認めて欲しかったのかもしれないと。


「サーシャさん、お願いです。彼女と、話をさせては頂けないでしょうか?」


まゆっちが望むのは、クローン黛との対話。どうしても伝えておきたい事があります……そこには覚悟の眼差しがある。サーシャはわかった、と身を退いた。


「……何をしにきた」


捨てられた私を憐れみにでも来たのか?とまゆっちに視線を向ける。瞳は虚ろだが、その奥からは憎しみが蠢いているように見えた。


まゆっちはしっかりと、その視線を受け止めるようにクローン黛を見据える。


「貴方は……どうして私になりたいのですか?」


始めて会った時から、クローン黛は執拗に“黛由紀江”として存在する事を望んでいた。それもまゆっちにないもの、全てを手にして。


そこまでして黛由紀江で有りたい理由は何なのだろうか。まゆっちは疑問を投げる。


「……決まっているだろう。そうでないと、私のいる意味がないからだ」


私は(黛由紀江)を倒して黛由紀江となる。その為に彼女は生み出された。より高く、そしてより強い黛由紀江となる為に。そうでなければ、自分のいる意味がない。


「だが結局、黛由紀江になる事は叶わなかった。お前にないものを全て手に入れたというのに……お前の友達は、認めてはくれなかった」


そして、その果てに待っていたのは……不完全と言う名の現実であった。より完全なものを作る為の仮定としての実験体。最初から利用され捨てられる運命だった。


それを知らぬまま躍起になり、最後には黛由紀江にはなれなかったという結果だけが残った。


なら、自分は何の為にいるのだろう。黛由紀江でなければ、一体自分は誰になればいい。逃げ場のない自分への苦しみが、クローン黛を追い詰めていた。


まゆっちはクローン黛の抱える闇を、一つ一つ受け止めていく。まるで自分と向き合うように。


「貴方は……私にはなれません。でも、私は貴方にはなれない」


伊予が言ったように、同じ言葉を投げかけるまゆっち。だが逆もまた同じであると諭す。まゆっちの言葉の一つ一つを、クローン黛は黙って聞いている。


「私、あの時……貴方が羨ましいって思ったんです。同時に自分が凄く嫌だとも思いました」


まゆっちにはなくて、クローン黛にある物。それは明るくて、積極的で。誰とでも友達になれる、まさにまゆっちの理想。自分にはないものを全部持っている。


それに比べて自分は口下手で、奥手で消極的。友達も少ない。どうして自分はこうなんだろうと自己嫌悪になった。


しかし、同時に気付いた事もあった。それはまゆっちの個性……つまり自分は自分という事。伊予が言ってくれた言葉である。


「……今の貴方を見てて、気づきました。変わらなきゃって」


傷だらけの身体にも関わらず、まゆっちはクローン黛を気遣っていた。それは自分よりも、彼女が一番傷付いているのではないかという思いからだった。


自分から逃げずに、自分の全てを受け入れる。まゆっちは目の前の自分を救う為に、変わる事を決意する。


「私は……貴方がいてはいけないだなんて、思いません」


クローン黛になくて、まゆっちにあるもの。それは誰にでも思いやるという、本当の優しさ。たとえ敵であろうとも、怒りも憎しみもなく思いやれるまゆっちの気遣いは、まゆっちにしかない個性である。


「確かに貴方は私のクローンかもしれません。だけど、私にならなきゃいけないなんて事はないと思います」


誰かになりたい……生まれたばかりの彼女には、それしか分からないのだ。まゆっちは知ってほしかった。もう、他の誰かにならなくてもいい。誰でもない新しい自分になればいいと。


「もし、貴方が悩んで、苦しんでいるなら、私と一緒に探しましょう。私なんかでよかったら……いえ、見つかるまで、私がずっと手伝いますから」


クローン黛に向けて、手を差し伸べる。差し伸べられたその手は、まゆっちの優しさそのものであった。そして、まゆっちはクローン黛に伝える。まゆっちが一番、言いたかった言葉を。


「私と――――お友達になってくれませんか?」


まゆっちの勇気が、変わった瞬間が形となって現れた瞬間だった。貴方はもう一人じゃないと、クローン黛を友人として迎え入れる。それがまゆっちの望み。彼女を助けたいという、純粋な優しさだった。


「………わせるな」


クローン黛の、小さく掠れた声。顔を俯かせ、肩を震わせながら怒りを露わにしている。


そして―――彼女の虚ろだった感情が爆発した。


「笑わせるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


全身から噴き出される、クローン黛の闘気。結んでいた髪留めが解け、長髪が不気味に揺らめく。


さらには彼女の首筋から怪しく光る黒い刻印。それは彼女に埋め込まれた元素回路(エレメンタル・サーキット)。サーシャ達はあれが何なのか直ぐに理解できた。


「まさか……例の元素回路!?」


面倒ねとカーチャは吐き捨てる。クローン黛の感情に反応し、サーキットが暴走を始めていた。自分の存在を示すという感情が、クローン黛の動力源となる。


「お前に私の何が救える!?自惚れるなよ下衆が!!」


クローン黛の左手のロッドからは水銀が勢いよく吹き出し、周囲に蛇のように渦巻き始めた。まるでクローン黛自身の感情を表すように、激しくうねりを上げている。


「剣を取れ黛由紀江!!お前は私が倒す!どちらが本物か……ここで決着をつけてやる!!」


今度こそクローン黛は本気で殺すつもりでいる。生半可な感情は一切なく、ただあるのは黒い殺意。その殺意はまゆっちの肌にピリピリと伝わってきた。だが同時に、彼女の苦しみも一緒に感じ取っていた。


クローン黛を、救わなければ。まゆっちはサーシャに顔を向けた。


「サーシャさん、今の私では戦えません。ですが、私にもできることはあります」


今のまゆっちでは、まともに剣すら取れない。できる事は一つ……まゆっちは上着のボタンを外し、下着をはだけさせ、素肌になった胸をサーシャに差し出した。


「私が力を貸します。だからサーシャさん、どうか――――」


まゆっちは願いを託す。サーシャの力になると。これがまゆっちの選んだ覚悟という名の選択。


彼女()を――――倒して(救って)ください」


彼女を救う……まゆっちの思いがサーシャに伝わる。その覚悟を受け取ったサーシャは、まゆっちの乳房を手に取り、そっとその乳首に口を近づけた。


「あっ……うぅ、んん!?あ………はぁ、あぁあああっ!」


感応するまゆっちの悩ましい声。サーシャによって、まゆっちの中にある力が吸われていく。その濃厚な聖乳が、サーシャの中に流れる。まゆっちの思いも覚悟も、決意も全て。


聖乳を吸い終えたサーシャは、脱力したまゆっちの身体をそっと傍に休ませた。


「お前の覚悟……確かに俺に伝わった」


サーシャは瓦礫から鉄屑を手に取り、武器を錬成する。鉄屑は、まゆっちの使う日本刀へと形を変えた。


まゆっちと共に戦う……サーシャは日本刀を構え、クローン黛へと身体を向ける。彼女と戦い、救い出す為に。


――――願いが今、刃となる。


「カーチャ、お前たちは下がっていろ」


ここからは俺達の戦いだとカーチャに告げる。カーチャはふん、と鼻で笑った。もとより加勢するつもりはないらしい。


「言われなくても加勢する気はないわ。それに……私もそろそろ手が放せなくなりそうだし」


言って、カーチャは背後を振り向いた。その先にいたものは、釈迦堂であった。釈迦堂はニヤリと口元を釣り上げながら笑っている。


「何かと思ってきてみりゃ……嬢ちゃんが二人、不良共は誰一人いやしねぇ。おまけにガキ共が四人。どうなってやがんだ?」


不機嫌そうに周囲を見回すが……まあいいわと釈迦堂は唾を吐く。こいつ、普通じゃないと警戒する華。しかしカーチャは動じない。そんなカーチャを見て、釈迦堂はおもしれぇと再び笑う。


「そう………あんたがいるって事は、この賭博決闘もあんたの差し金ね」


口振りからして、カーチャは釈迦堂を知っているようだった。俺も随分有名になったもんだと感心する釈迦堂。その目は、笑っていない。


「おかげで金づるがみんな逃げちまって商売上がったりだぜ。こりゃ責任とってもらわねぇとな」


釈迦堂が闘気を纏う。吐き気を感じるほどの邪気は、釈迦堂という人間がどれ程の強敵かを物語っている。だが、カーチャには関係ない。立ちはだかる敵は殲滅するのみ。


「場所を移しましょう――――釈迦堂刑部」


「……いいねぇ、その目。言っとくが俺はガキだろうと容赦しねぇぜ」


カーチャと華、釈迦堂は外へと消えた。




――――サーシャとまふゆ、そしてカーチャと華。両者の戦いが今、幕を開ける。


サーシャは戦う……託された願いを胸に。全霊を掛けて。


「―――――震えよ!畏れと共に跪け!!」

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