第2章『武士道プラン異聞録編』
サブエピソード30「クリスの正しい起こし方」
島津寮―――いつもの朝がやってくる。大和達は太陽の陽射しと共に目を覚ます。
それぞれ布団から身体を起こし、制服を着て登校の準備。そして美味しい朝御飯。彼らの日常は、ここから始まる。
……しかし、唯一未だに夢の中にいるドイツの留学生お嬢様が一人いた。
「すー……すー……」
そう、クリスである。
クリスは布団に包まりながら、無造作な浴衣姿で気持ち良さそうに眠っていた。
側には目覚まし時計。目覚まし時計のアラームは静かに止まっている。クリスは起きたものの、アラームを止めて二度寝してしまったらしい。
彼女はお嬢様である。故に一人では起きられない。これがクリスの朝。
そんな彼女を、いつものように起こす係が京とまゆっちである。
「相変わらず起きないね、このお嬢様は。ホントしょーもない」
「はい……人の生活習慣というものは、なかなか変わりませんから」
もう救いようがないと言いたげな冷たい視線を送る京と、隣で苦笑いするまゆっち。ありとあらゆる方法を試したが、クリスの寝坊癖は一向に治らない。
大和達ももうお手上げ状態なので、こうして京とまゆっちがクリスを起こす担当になっていた。
「む、どうした二人とも。そんな難しい顔をして」
クリスの部屋に入ってきたのは由香里である。島津寮でまゆっちと暮らし始めてから、一週間が経とうとしていた。
「あ、由香………ええぇ!?」
「何という大胆な……」
しかも、下着姿で。
堂々と黒の色っぽい下着を身につけ、腰に手を当てている姿は、とてもまゆっちのクローンであるとは思えない程大胆である。
まるでまゆっちは自分の下着姿を見ているようで、死ぬ程恥ずかしくなるのだった。
「ゆゆゆゆゆゆ、由香里!?ななななんですかその格好は!?」
「見ての通り、下着だが?」
そして堂々と言ってのけた。まゆっちはとにかく着替えてきて下さいと、部屋から追い返すように由香里の背中をぐいぐいと押し出した。
数分後。
「なるほど、クリスが起きないから困っているというわけか」
しぶしぶ制服に着替えてきた由香里は、頷きながら今の状況を把握する。いつまで経っても起きないクリス。毎日のように起こす京とまゆっち。
これは、何とかしなければならない。由香里はある提案を出す。
「クリスを確実に起こす方法なら一つだけある」
任せろ、と自信ありげに答える由香里。しかし由香里の性格上、もう嫌な予感しかしないのは気のせいだろうかと京とまゆっち。
「……それで、クリスさんは確実に起きるんですね?」
「もちろんだ。というか、むしろ起きない方が都合が……いや何でもない」
何やら邪な考えがあるのでは、と思わず口を滑らせる由香里を見て思う。きっとろくな事にはならない。かといって、クリスをこのままにはできない。京とまゆっちは由香里に任せる事にした。
「よし、起こすぞ」
眠っているクリスにそっと近付き始める由香里。まるで夜這いでもするかのような体勢だが……京とまゆっちはとりあえず由香里を見届けた。
そして――――――。
……………………………。
「――――ぎゃあああああああああああああああああああああ!?」
クリスが大声を上げながら、布団から飛び起きるように目を覚ました。どうやら、由香里の方法は成功したようだった。
「な、なんだ!?何が起きた!?」
今置かれている状況が理解できずパニックに陥るクリス。確か、自分は眠っていたはず……部屋の中には由香里と、おおと驚いた表情を見せる京、そして顔を真っ赤にして目を回しているまゆっちの姿。
もう訳が分からない。とにかく何があったのか誰でもいいから教えてくれと訴える。
「ん〜……聞かない方がいいと思うよ」
と、京。まゆっちは……答えられるような状態ではなかった。となると最後は由香里しかいない。
嫌な予感しかしない……クリスは恐る恐る由香里に訪ねる。由香里は淡々と答えた。
「クリスがあまりにも起きないんでな。私がクリスの耳たぶをこう……はむっと」
「ひいぃぃぃいいいいいい!?」
声にならないような悲鳴を上げ、顔を真っ青にするクリス。ようするに、由香里はクリスの耳たぶを噛みした上に引っ張ったり舐めたりしたのである。
クリスは味わった事のない感覚に全身に鳥肌を立たせ、ブルブルと身体を震わせていた。
「クリスの味は、何というかこう……ほんのりと甘かったな♪」
「この変態があああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
慌ただしく始まったクリスの朝。これを期にクリスは一切寝坊をしなくなったという。