第2章『武士道プラン異聞録編』
56話「まじこい☆くぇいさー 2」
沖縄某旅館内。
旅館に到着したまゆっちと由香里はチェックインして、早速案内された部屋へと足を運んだ。
部屋は旅館の中でも最高級の部屋で、二人で使うには勿体無いくらい贅沢な部屋だった。
風流漂う高級感溢れる和室。窓を開けると沖縄の海が見渡せる絶景スポット。
「そして、二人の愛を育む床の間……」
「いやいやいや」
由香里が布団を敷き始め、何か企みかけた所をまゆっちがツッコミを入れた。ここ最近、由香里と生活を送っている内にツッコミのキレが良くなっているような気がする。
二人はもう一度部屋を見渡した。有名人御用達の最高級の寝室。二人で使うには些か分不相応な気がしなくもない。返って落ち着かないが、たまにはこういうのも悪くないと二人は思うのだった。
長い空の旅を終え、ようやく一息つける……まゆっちは旅の疲れを癒そうとお茶を入れ、窓の景色を眺め始める。
一面に広がる海を見渡しながら、お茶を啜り和むまゆっち。ああ、落ち着く……この時間を、どれだけ待ち望んでいた事だろう。
状況に馴染んできたという事だろうか。とにかくこうでもしなければ正直やっていられない。
「さて、これからどうしたものか……」
由香里は腕を組み、これからの予定を立てようとしていた。2年生が旅館にチェックインするまで、かなり時間が余っている。今頃は沖縄の各地を観光している頃だろう。
かといって一緒についていくわけにもいかない………流石に気づかれてしまう。リスクが高すぎる。
「少し休んだら、私達も外へ観光に出かけましょう」
色々と見てみたいですし、とまゆっち。折角沖縄を訪れたのだ……楽しまなければ損である。由香里もそうだなと言って、お茶を啜りながらしばし休息の時間を堪能した。
大和達を追いかけ、ここまで来てしまったまゆっちと由香里。もう後には退けない。
(ふふ……すっかり私も不良娘になってしまいました)
今まで真面目に生活をしていたまゆっち。それが今はこうして由香里と学園を抜け出し旅行へと赴いている。だが不思議と先程までの罪悪感は薄れていた。きっと、由香里が側にいるからかもしれない。
何故なら今、凄く楽しいと。そう思えているのだから。
休息を取った二人は、早速沖縄各地に足を運んだ。大和達が戻る時間までの間ではあるが、それでも十分に観光できる時間はある。
まずは水族館。
巨大な水槽を自由に泳ぐ、何種類もの魚が観光客達を魅了する。まゆっちと由香里は、スクリーンに映し出されたような光景を眺めながら、有意義な時間を過ごした。
「おお、あの魚交尾してるぞ」
「感動ぶち壊しです」
続いて硝子細工工場。
この工場は硝子加工の体験ができる。よく学生達が観光に訪れ、自分達だけの硝子細工を作り記念品として持ち帰るのだとか。
まゆっち達は工場へ入り、早速硝子作りの体験。硝子の塊がついた棒を釜の中へと入れる。火に炙られ美しく輝く透明色の硝子が、熱で変形していく。
棒をくるくると回し、徐々に形作られる過程は見ていて楽しい。きっといい記念品になるだろう。
そして待つ事数十分。まゆっち達が作り上げた硝子細工が完成し、お土産として手渡される。
「きれい……」
まゆっちには琉球硝子のコップ。まゆっちは目を輝かせながら、自分が作った硝子細工を太陽の光に当てた。光が翳された硝子は、一層その輝きを増している。
「ゆっきー、こっちも完成したぞ!」
まゆっちを呼ぶ、はしゃいだような由香里の声。由香里も作った物も完成したらしい。由香里は早く早くと、まゆっちに向かって手を振っている。周囲には人だかりが出来ていた。
一体何を作ったのだろう……まゆっちは由香里の所へ足を運ぶ。
そこには、堂々と胸を張る由香里の姿と、由香里の作った硝子細工が出来上がっていた。
「……由香里、何ですかこれは」
「FFのセフィ◯ス」
「いやいやそうじゃなくて!」
こんなもの一体どうやって作ったのだろう。しかも等身大で細かく再現されている。工場長もあまりの出来栄えに腰を抜かしたのだとか。おまけに作ったのはこれだけではないと言うのだから恐れ入る。
「そしてこれが、水の精霊ウンディーネ」
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
第二の作品を前に、顔を真っ赤にしながら絶叫するまゆっち。水の精霊、そこまではいい。まだ許される。だが、その精霊のモデルは明らかにクリスだった。
クリス(ウンディーネ)は、全裸で絶頂したような表情を浮かべながら空を仰いでいる。まさにエロスと言う名の芸術。
「すまないが、これをこの住所まで郵送願いたい」
「一体どこに置くつもりですか……」
「このウンディーネはクリスにプレゼントする」
きっと喜んでくれるはずだと、由香里は自信満々だった。クリス宛にこれが届き、怒り狂ったクリスが部屋に殴りこむ姿が目に浮かんだ。
ちなみにもう一つの作品はとある財閥のお嬢様が一目で気に入り、高額な値段で買い取ったらしい。
まゆっち、由香里。共におこずかいゲット。思わぬ報酬だった。
「やっぱり、ウンディーネは私達の部屋に置くべきだろうか。そしたら毎晩……」
「由香里っ!」
そして、最後は商店街で食べ歩き。
様々な店が立ち並ぶ商店街を練り歩き、沖縄のフルーツやサーターアンダギー、アイスクリームなどを食べてお腹を満たしながらお店を巡る。
お土産も買いたいい所だが、それは旅行の最後に買う事にした。今は見るだけでも楽しめる。
賑やかな人通り。修学旅行で来たのであろう、他校の学生達。家族連れ。新婚夫婦。行く人々は様々。
しばらく街道を歩いていると、あるお店の看板に目を奪われる。
『超人気商品!!豊胸バームクーヘン』
大きなロゴで書かれたその看板の前には、人だかりが出来ていた。特に胸の小さな女性達が。豊胸という文字に惹かれ集まったらしい。
しかし、食べただけで本当に胸が膨らむのだろうか。そんな簡単に大きくなれば誰も苦労はしないと、まゆっち達は思った。
一応、店内を覗いてみる。店内には豊胸バームクーヘンであろう商品が大量に積まれ、しかもその商品を買って出て行く人が殆どだ。かなり売れているらしい。
「貴方達も気になっているようですわね」
後ろから、甲高い声が二人にかかる。そこには桃色の髪に、デラックスな乳。いかにもお嬢様を思わせるような女性が立っていた。
どこの制服だろうか……ネクタイに褐色系のデザイン。とりあえず学生である事は確かだった。
その後ろには友人であろう生徒達がいる。一人は背の小さい、ショートヘアの女子生徒。ロングヘアでクールなイメージの女子生徒。
そしてもう一人は、まゆっちには見覚えがあった。ちちがしら温泉で出会ったまふゆ達の友人の、山辺燈である。恐らく、この生徒達も修学旅行でやって来たのだろう。
「あれ?この人達どこかで……」
う〜んと必死に思い出そうとする燈。万が一の為、帽子を被っておいて正解だった、とまゆっち。燈は結局最後まで思い出す事はできなかった。
「あ、あの……貴方は……?」
突然現れた女子生徒達。すると、お嬢様な女子生徒は申し遅れましたわと一礼する。
「わたくしは聖ミハイロフ学園所属、辻堂財閥の一人娘。辻堂美由梨、辻堂美由梨ですわ!大事な事なので二回言いました。以後お見知り置きをっ」
美由梨と名乗った少女は財閥の令嬢らしい。という事は硝子工場でセフィ◯スを買ったのはこの美由梨だろうと二人は理解した。
ショートヘアの女子生徒は御手洗史加。ロングヘアの女子生徒は柊弓江という。弓江はちなみにミハイロフで委員長をやっているらしい。
ミハイロフと聞いた由香里が、“おお、まふゆ達の……”と言いかけて、まゆっちが慌てて由香里の口を塞いだ。ややこしい事になる。
「この店舗は辻堂財閥が展開しているチェーン店ですわ。そして、今人気の豊胸バームクーヘン“ダイナマイト☆クーヘン リリィすぺしゃる〜嗚呼、乳の彼方。おっぱいに愛をつめて〜”はわたくし自らが監修して開発したものですのよ」
そう言って、美由梨は甲高い声で笑うのだった。そしてやたらと名前が長い上に、要はそれが言いたかったのねと弓江は溜息を漏らしている。
何でも、この豊胸バームクーヘンには胸を大きくする為のありとあらゆる成分が含まれ、さらには胸の成長を促進させる効果があるらしかった。
「豊胸……もぐもぐ……!大きな、おっぱい……!」
その中で、史加はすでに目に炎を宿しながら、試食用の豊胸バームクーヘンを口に押し込んでいた。真剣になっているようだ。何故なら彼女は貧乳だから。
美由梨が宣伝した所為もあり、次第に店に人が増え始める。胸の事で悩める女性達には、まさに救い。
辻堂美由梨。彼女はある意味で、影響力のある人物なのかもしれない。
そして、そんな美由梨を早速口説きにかかる女子生徒がいた。由香里である。
「美由梨さんですか。良い名前ですね。私は黛由香里です」
「えっ?」
美由梨の手を取りながら、女王に仕える騎士のように膝をつく由香里。美由梨はそんな由香里の仕草に思わず困惑し、頬を赤らめてしまう。
「あ、貴方は……」
「罪なお人だ。貴方のその瞳が、私の心を掴んで離さない」
そして、由香里はそっと美由梨の手の甲に口付けをした。女王に忠誠を誓うようなキスは、美由梨の心を一気に震わせたのだった。
「な、なんて凛々しきお方……」
由香里にすっかり落とされた美由梨は、既に由香里の虜になっている。もう由香里しか見えていない。しかし相手は女性、これは許されない禁断の愛……美由梨は心の中で葛藤していた。
すると、聞き覚えのある声がまゆっちと由香里の耳に届く。
「――――全く、誰だあんなものを作った輩は!」
声を荒げているのはクリスだった。隣にはワン子と京がクリスを宥めている。恐らくクラスで別行動を取ることになり、商店街へやってきたようである。何という運の悪い鉢合わせ。
「うん、あれは流石に驚いたね。クリスそっくりだったよ」
「気の毒だったわね、クリ」
と、京とワン子。話から察するに、まゆっち達が硝子工場を出た後、京、ワン子、クリス達が入れ違いで訪れたらしい。
工場の敷地内に入った瞬間、誰もがクリスに注目し、何事だろうと中に入ると、クリスがモデルの硝子細工が飾られていた。しかも裸体の上に絶頂顔で。
頭に血が登ったクリスは、その硝子細工を一瞬にして粉々にしたという。
その話の一部を聞いていたまゆっちと由香里。まあ、当然の結果だろうとまゆっちは思った。
「お気に召さなかったか……ウンディーネをモデルにしたのがいけなかったのか?」
「そっちですか!?」
クリスをモデルにしたのがそもそもの間違いである。もしただのウンディーネであれば、輝かしい作品となっていただろうに。
「……って、こんな事してる場合じゃありません!逃げますよ、由香里!」
「む、そうだな。では、またどこかで会おう美由梨さん。君の事は忘れな―――」
「由香里、早く!」
クリス達がこちらに向かって歩いてくる。このままでは見つかってしまう。まゆっちは由香里の手を引き、美由梨達から離れ、商店街の奥の奥へと走り去っていった。
全力で疾走したまゆっちと由香里は、そのまま歩きながら旅館へと向かう。商店街から旅館までの距離は、そう遠くはない。
観光して回って色々な事に出くわしたが、これはこれで充実している、とまゆっちは思った。由香里も満足してはいるようだが……どうも彼女には物足りないような、そんな表情が伺える。
「今日は少し疲れました。旅館に戻って温泉に入りましょうか」
旅館には大きな露天風呂がある。そこで今日一日の疲れを癒そう、とまゆっち。すると、由香里が何かを思い出したように目を輝かせなながらそうだ、風呂だと叫び出した。
「ゆっきー急ぐぞ!早く行かないと間に合わない!」
「ちょ、ちょっと由香里!?」
まゆっちの手を引っ張り、一目散に旅館へと走る二人。何か嫌な予感がする……そんな不安を心に抱きながら、まゆっちは由香里と共に旅館を目指すのだった。
そして、そのまゆっちの嫌な予感は見事に的中し、更に予想外の事態に巻き込まれる事になろうとは、今の二人には思いもしなかった。