小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第2章:武士道プラン異聞録編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第2章『武士道プラン異聞録編』



サブエピソード22「エレメンタル・ギア」


サーシャは錬成した大鎌を手に、燕に向かって疾走した。


「やる気になってくれて嬉しいよ、サーシャ君。でも―――――」


燕はサーシャの一撃を、身体をしならせるようにして回避する。そしてサーシャの懐に潜り込み、アッパーカットを腹部に向けて放った。


僅か数秒の出来事。サーシャは避ける暇もなく一撃を受け、さらに燕の蹴りがサーシャの身体を打ちのめす。


(早い!こいつ、百代並みか!?)


スピードといい、動きのキレといい、全く隙がない。まるで百代と戦っているように感じるが……あそこまでの強さはない。


サーシャは燕の蹴りを受け止め、大鎌を再練成し、短剣へと変化させて反撃する。


「うおっと!?」


燕は短剣の一閃をすれすれで回避した。だが避けたのも束の間、サーシャの追撃による体術の蹴りが、燕の脇腹を直撃する。


「っつ………効いたぁ〜……」


距離を取り、後退した燕は蹴りを受けた脇腹を摩りながら苦笑いしていた。だが、あの飄々とした表情からして、決定的な一撃にはなっていない事は確かだ。


「やっぱ、素手じゃ流石に厳しいかぁ……それなら―――――」


燕は腰のポーチを外し、黒い手甲を両手にはめ始めた。手甲には、機械を思わせるような装飾が施されている。


さらにポーチが外れ、機械仕掛けのベルトの姿がベールを脱ぐ。


「さて、と」


準備を終えた燕が、サーシャに向き直った。


「ここからは本気でいくよ!」


燕がサーシャ目掛けて突貫する。サーシャも短剣を構え、燕を迎え撃つ。


「―――――はあああああっ!」


「―――――うおおおおおっ!」


サーシャの剣術と燕の体術が、激しくぶつかり合う。互いに退けを取らない、互角の戦いを繰り広げていた。燕は高く飛び上がり、手甲を装着した右手をサーシャに向けて突き出し、


「―――――着火(イグナイト)!」


複数の小型のチャクラムを打ち出した。チャクラムが発火して青い炎を纏い、サーシャに降り注ぐ。


向かってきたそれを、サーシャは短剣で全てを撃ち落としていく。


「水素による発火……マグネシウム!?」


マグネシウム。水と反応して水酸化マグネシウムと水素を発生させる元素の一つ。


それは、サーシャと戦ったマグネシウムのクェイサー―――水瀬文奈が行使した元素である。


(ヤツもクェイサーか……だがマグネシウムごとき―――――!)


サーシャは大鎌を再び練成し、飛来するチャクラムを纏めて一閃する。これ以上は無意味か……と判断した燕は着地し、


「元素変換(エレメンタル・シフト)!」


腰のスイッチを切り替えた。すると燕の声に反応したベルトから音声が発生し、機械音が鳴り出す。


『Cobalt form(元素変換――コバルトへシフト)』


何かが変化したようだが……特に変わった様子は見られない。構わずサーシャは燕に向かって駆け出した。だが、


「いくら硬い鉄でも、これは耐えられるかな!」


燕がまた手甲を突き出した。またチャクラムを発射するか……しかし、サーシャの予想は大きく外れる事になる。


『γ-ray laser』


「――――!?」


瞬間、危険を察知したサーシャは即座に横に回避し、後退する。サーシャの鉄の大鎌には、無数の小さな穴が空いていた。


鋼鉄をも貫く物質。そう、燕が放った攻撃は、


「“γ線レーザー”………よく避けられたね、さすがサーシャ君」


γ線状のレーザー攻撃――――コバルトであった。水瀬文奈と同様、γ-ω(ガンマ―オメガ)と呼ばれたゲオルグ=タナーが行使した元素。


(複数の元素回路を操るクェイサーだと……!?)


サーシャは驚愕する。クェイサーが操れる元素は、基本一つのみである。


複数の元素を行使するクェイサー……あり得ない。しかしどちらにせよ、次は何を繰り出してくるか予測できない。サーシャは舌打ちをすると、燕から大きく距離を取り始めた。


「逃がさないよ!元素変換(エレメンタル・シフト)!!」


燕が再びベルトのスイッチを切り替え、今度は後ろの腰に取り付けていた小型の銃器を取り出し、その銃口をサーシャに向ける。


『Plutonium form(元素変換―プルトニウムへシフト)』


燕はニヤリと笑うと、サーシャに照準を合わせて銃器のトリガーを指にかける。


「風速。気温。温度確認。照準再修正。初段装填、安全装置解除―――――派手に行くよ!」


燕は軽快に、かつ豪快にトリガーの引き金を引き、ぶっ放した。


「撃発!撃発!撃発!撃発!撃発!撃発!!」


銃器から留まる事なく打ち出される鉛弾が、サーシャに向けて連射される。


鉛―――プルトニウム。『一“激”必殺的胡狼』と呼ばれた鉛のクェイサー、ジャッカルが行使していた元素である。


(今度は鉛か―――――だが!)


選択を誤ったな、とサーシャは笑う。サーシャは立ち止まり即座に鉄の盾を錬成し、迫り来る無数の鉛弾を全て防ぎ切った。


「弾けろ!!」


盾へと食い込んだ鉛弾を全て弾き飛ばし、鉛弾は燕に勢いよく跳ね返っていく。


「うおぉう!?」


銃器を投げ捨て、回避行動を取る燕。燕のいた位置に鉛弾が降り注ぎ、激しい砂埃を立てていた。あそこにいたら、今頃は蜂の巣になっていた事だろう。


そして、サーシャは自らの血液を操り、楔形の短剣を燕に向かって投擲した。


「―――――貫け!我が血の楔よ!」


投擲された血の楔が、燕を貫こうと飛来する。体制を崩していた燕は回避行動が取れない。


―――否、彼女は取らなかった。血の楔が触れる直前、燕は手甲を前に突き出した。


次の瞬間、


「―――――元素変換(エレメンタル・シフト)!」


『Natrium form(元素変換―ナトリウムへシフト)』


サーシャが投擲した血の楔が黄色の炎に包まれ、塵となって消え去った。


ナトリウム。アデプトの元12使徒であった、鳳榊一郎が操っていた元素だった。


「今度はナトリウムか……随分と芸達者だな」


芸はもう見飽きたと言わんばかりに、呆れたようにサーシャは呟く。すると燕はまあね、と得意げに笑っていた。


マグネシウム、コバルト、プルトニウム、そしてナトリウム。4つの元素を操るクェイサー。


まだクェイサーであると断定できたわけではないが、どの道危険な相手である事は確かだ。サーシャは血液中の鉄分を集め、鮮血の剣を錬成する。


「――――次の一撃で終わらせる」


全力をかけて一撃を叩き込み、燕を倒す。それがサーシャの下した判断だった。


仮に燕がクェイサーであるのならば、4つも元素を行使した時点で、大量の聖乳を消耗しているはずだ。それなのに、燕は一向に疲れている様子はない。限界が見えない分、不気味であった。


故に、長期戦は不利。聖乳が切れればこちらに勝ち目はない。すると燕は、


「奇遇だねぇ、実は私もそう思ってたんだ」


サーシャと同じく、全力の一撃を出すつもりでいたらしい。燕は両手の拳を合わせ、目を閉じて静かに瞑想を始めた。


そして、


「―――――元素回路、解放(サーキット・フルスロットル)!」


『Limit break』


燕の周囲に炎が吹き荒れ始めた。


吹き荒れる炎はやがて形をなし、鳥の翼のような形状を作り上げていく。


―――――それはまるで、不死鳥。全てを焼き尽くす断罪の炎。サーシャがいつか見た、鳳榊一郎が放った最大の奥義。


その名は、そう――――――。


「最後の審判(ラスト・ジャッジメント)!」
『‐Last Judgement‐』


燕が叫び、断罪の名を冠する不死鳥の炎が、サーシャに向かって飛翔していく。サーシャは怯む事なく、不死鳥の炎の中へと身を投じた。


激突する、二人の攻撃。サーシャの鮮血の剣の一撃と、不死鳥の業火が今、交差した。




―――――――。


刃を交え、互いに背を向け合うサーシャと燕。勝敗はどちらに決したのだろうか。するとしばらくして、燕がよろっと立ちくらみ、地面へと膝をついた。


燕の装着していたベルトには……サーシャの血の楔が何本も刺さり、バチ、バチと音を立てて火花を上げていた。


「やはりサーキットが組み込まれていたか……」


燕がナトリウムを最大出力にした瞬間、サーシャのイヤリングが反応を示していた。つまり、元素回路が使われていると言う事だ。


サーシャは燕と衝突すると同時に、元素回路が働いている箇所を察知し、燕の腰のベルトに狙いを定めて血の楔を打ち込んだのである。


血の楔は狙い通り、組み込まれた元素回路を貫通し、ナトリウムの能力の機能を停止させていた。


サーシャは確信する。燕はクェイサーではない……恐らくは、手甲とベルトの機械によって人工的に能力を生み出していたのだろう。燕の足下には、炎を噴出していた小型の装置が転がっている。


あの機械は、もう使えそうにない。これで燕は戦えない。


「いやー参ったぁ……結構きっついなぁ、コレ」


フラフラと立ち上がり、私服についた砂をパンパンと払う燕。サーシャが近寄り、鮮血の剣の切っ先を燕に向ける。


「さあ、話してもらおうか。謎の元素回路の事を」


知っている事を全て吐け、と詰め寄るサーシャ。しかし燕は困ったようにう〜んとしばらく唸っていたが、ニッコリととびきりの笑顔で受け答えた。


「ごめん、あれ嘘!」


「なっ……!?」


燕の回答に、思わずサーシャは目を見開き、顎が外れそうになる。ようするに、燕は何も知らないと言う事だ。


それなら、燕から出たあの言葉は一体何だったのだろうか。すると、燕がその問いに答えるように説明を始める。


「君たちの特訓見てたら、そんな言葉が聞こえたからさ。んーその場のノリっていうか、出まかせっていうか」


もう色々と説明が酷かった。つまり、サーシャは騙されて戦いを挑んだのである。


「き、貴様……!」


「まーそう怒んないでよ。それにしてもサーシャ君、強いねぇ。パワフルかつワイルドだったよ!おかげでいら……いやいや、楽しめたしね」


そう言って、燕は笑い飛ばすのだった。何だかもう調子が狂い、サーシャは怒る気力すら起きない。


「おっと、もうこんな時間……んじゃ、私忙しいからまたね」


「お、おい待て――――」


燕は腕時計を見た後、楽しかったよと手を振りながらサーシャ達の前から足早に立ち去っていく。サーシャは後を追おうとしたが……止めた。遠ざかっていく燕の後ろ姿を、ただ眺めている。


「……何だったんだ、あいつは」


突如としてサーシャの前に現れた少女、燕。そして複数の元素を操る機械。謎が多いままだが、サーシャを知っているあたり、何となくだが誰かの差し金……のような気がした。


しばらくして、


「さ、サーシャ……」


顔を真っ赤にしたワン子が、サーシャに吸われた胸元を両手で覆いながら、震えた声で話しかけてくる。おまけに涙まで溜めている始末だ。


「……どうした?」


「す、すった……アタシの胸……吸った」


ボソッと、何度もそれを繰り返すワン子。聖乳が吸われた事がショックだったのだろうか……しかし表情には戸惑いが見える。嫌ではなかったらしい。好きと言うわけでもなさそうだが。


サーシャは動揺する様子もなく、さらりと答える。


「お前の聖乳には底知れぬ活力を感じた。それだけだ」


「あ……え?」


「……さっさと戻るぞ」


そう言ってサーシャは歩き出し、旅館へと向かっていく。ワン子はあ、待ってよ〜とサーシャを追いかけていく。


松永燕――――またどこかで出会うような気がする。そんな事を思いながら、サーシャはワン子と共に海岸を後にするのだった。

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