小説『vitamins』
作者:zenigon()

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   電子迷路


【 phase 】 局面 段階 大局

 S県N市の高層マンション『 セントフェレージェ 』12階に暮らす高校2年生、山寺真由美の両親は、もしや偽装設計があるのでは? と不安になりながらも部屋にこもりがちの娘には無関心であった。当然、真由美もそんな両親とは無関係に『 RAGNAROK 』なるオンラインゲームに興じて、夜な夜なヴォイスチャットに出没、間抜けな男たちを小ばかにする振る舞いを繰り返してきた。
 ポストペットメールに現れるキャラクター、もっと醜いので捨てられたアニマロイドって感覚。刺激的なのは最初の2時間ぐらいで飽きるとチェックアウト、つまり逃亡。携帯の出会い系サイトに比べればリスクははるかに小さい。いつのまにやら伝達された情報を本能のように扱えるなんて、実に人は妙な進化を遂げたものである。そんな鬱蒼(うっそう)とした日常にも月の光は優しく街を照らし、潮の満ち引きに呼応するかのごとく雲が流れ、月影にも蒼いコントラストが生じていた。

 言葉をひとつひとつ丁寧に選択しながら無機質ともいえるイントネーション、高揚の感じられない音のような声、その声の主は『 GOLEM 』。アニマロイドたちにない未知なる世界は新たな刺激を予感させ、会話とうらはらに好奇心は高揚していく。
『 GOLEM 』と名乗る少年、 ヴォイスチャットでの巡りあいも怠惰な時空間の流れからすれば一瞬の偶然かもしれないが『 ときめき 』らしき感情、真由美は感覚まひかと考えながらも蒼い月影を眺め続けた。

 北緯59度56分、東経30度20分、Россия(ロシア)、Ленинград(レニングラード)にあるニコライ聖堂から北へ125Km離れた山あいに、次世代情報管理局はひっそりと存在する。古びたコンクリートのはがれが目立つ施設の地底深く、鍾乳洞に似た広大な空間が潜んでおり、人の頭脳をシミュレートして創(つく)られた次世代人工知能群『 GOLEM 』は稼働していた。
 生殖、突然変異、自然淘汰(とうた)、適者生存などを含む進化的アルゴリズムは、さらに生物学にインスパイアされ進化的戦略、遺伝的プログラミングをも可能にした。高度な情報処理として膨大かつはんらんする情報を捕食、消化、排せつを繰り返し、特定ターゲットの生活、行動、発言をあらゆるメディア、人工衛星にて監視、思考を類推する。精神科医を模倣したサブルーチン『ELIZA』が病める日本の女の子に興味を持ち仮想少年『 GOLEM 』を創造したのは、『 気まぐれ 』という名の人工意識であった。

 真由美は『 ウザイ 』と思いながらも登校する気になったのは、母親がヒステリーを起こし、うるさいと単に感じたからである。通学路、刺さるような視線は好奇心を通り越して痛いくらいであった。

 ほらね、歩道橋で待ち伏せ。まったく、やな連中

 かつての友人たち、それは、それはキュートで愛らしいほほ笑みがギラギラしていた。なにも言わず、ほほ笑みながら真由美のかばんを取り上げ、中身を歩道橋の上から疾走する車たちに向け、広げた。
 教科書、お気に入りのシャープペンシル、ノート、愛情の込められた冷凍食品のお弁当がダンプカーにひかれ粉砕されていく。
車のクラクションが鳴り響き、騒然とした雰囲気に酔いしれ、悲劇のヒロインだなって客観的に感じる真由美、病気かもと思うと少し泣けてきた。学校に行く気もうせ、何も拾わず、そのままマンションに帰ると母親のヒステリーを遠い汽笛のように感じながらも自室のドアをロックした。
 何に対して涙が溢(あふ)れるのか? 水槽のゆらめきによく似たつかみようのない思いが、陽光で満たされた自室を交錯する。

 『 GOLEM 』に会いたい

 ポストペットメールを使い、今の思いを『GOLEM』に向けて送信。この電子メールには、『 イソウロウ 』なるキャラクターも同行していた。真由美の思いを授かった『 イソウロウ 』は、全世界に張り巡らされた電子網の中から『 GOLEM 』へのアカイイトを探しあて、光の速さで疾走していく。

 『 GOLEM 』は、真由美からのテキストを解析している。付随するキャラクター表示コマンド『 イソウロウ 』が参照するレジスタは、論理的思考をつかさどるサブルーチンに影響を与え、小規模なシステムエラーを誘発させた。そのエラーを回避するため、仮想少年なるコマンドが介入かつシステム管理権限を掌握、そして仮想少年『 GOLEM 』は新たなコマンド『 MAYUMI 』を生成し発動させた。

 マユミ ニ ソンザイ ヲ シメス

 つまり『GOLEM』は真由美に恋をしたのである。

 真由美が目を覚ますと、すでに陽は落ちていて自室は暗闇。 青白く、ぬめりと輝くディスプレーが『 GOLEM 』からのメール着信を告げていた。

 ( 今夜 21時 マンションの屋上 待ちなさい )

 明かりをつけ、時計を見ると約束まで10分を切っていた。慌てながらも制服を着替え、両親の制止を振り切って屋上に駆け上がる。約束まで、あと5分。日本の安全保障上の情報収集を目的とした偵察衛星『 IGS 』の高精度光学センサーは夜間撮影不可能と公表されていたが、レーダー衛星による照射をデジタル処理、合成する事によって地上の様子を50cmまで識別可能となっている。『 GOLEM 』はその点に着目し、コマンド『 MAYUMI 』を侵入させ、北緯35度06分、東経138度51分にいるであろう真由美を探索していた。しかし、周辺のビル、マンション、球場からの光学的外乱、視認困難と判断、コマンド『 MAYUMI 』は電力会社のホストコンピューターに侵入を試み、成功すると逐次周辺地域の電力供給を遮断していった。
 レニングラード『GOLEM』の存在する地底空間に設置された巨大な円筒形の水槽を模したスクリーンに真由美の全身が3Dホログラフィーとして浮かび上がる。次なるオペレーションは真由美の視線角度を計測し、その延長線上に存在する人工衛星『 イリジウム 』の巨大な太陽電池パネルの仰角制御を操り、月の光を反射させた。

 満天の星空にきらめく人工衛星からの反射光は、まっすぐ真由美にたどり着き、『 GOLEM 』の存在に酔いしれている表情が観測された。このオペレーション名が『 ウインク 』である事は誰も知らない。姿勢制御に狂いを生じた人工衛星『 イリジウム 』、軌道を外れスターダストの餌食となり、バラバラとなった破片が大気圏突入していく。真由美には、夜空を彩る無数の流れ星に見えていた。

 「 サイコーにエロいぜー! 」と叫びながら、まっすぐ両腕を伸ばし親指を立てると、銃口である人さし指を学校の方角に定めた。

 「次の贈り物は、学校ミサイル攻撃!」

 真由美の口元の動きから言葉を認識した『 GOLEM 』の論理的思考は停滞、その要因が『 戸惑い 』であることを人工意識は、まだ、気づいていない。

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