小説『vitamins』
作者:zenigon()

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     天使のさがしかた

 韓国、シンガー・ソングライターの朴振叙(Park Jin Ser)、彼女の、アコースティックギター六本の弦が紡ぎ出すメロディーと透きとおった歌声は、遠い日々の、どこか懐かしい郷愁、人々のこころをゆさぶる何かが存在している。
そんな彼女はある日、マスコミ各社に公表することもせずひっそりと、韓国中部、忠清南道天安市の刑務所を慰問に訪れた。
 人里から遠く離れたこの刑務所には数年に一度ほど、このような催し、著名人による公演は実施されているが、半ば売名行為とも受け取れるような公演も少ないながらも見受けられる。でも、朴振叙(Park Jin Ser)、彼女は、第一級殺人の罪で服役している申考求(H.K.Shin)おじさんの前で、自分の曲を聴いてもらいたい、ただ、それだけのためであった。

 十九時四十五分、あまりにも高すぎる星空に向けて、絶叫のように突き上げるサイレンが鳴り響くと、残響音が刑務所構内へとはかない影のように溶けてゆく。その中で、拳銃を所持した刑務管理官が受刑者たちを先導しながら、特設会場へと入って来た。ずらりと並べられた折りたたみいすへと、私語を禁止された受刑者たちが奥から順番に座っていく。
朴振叙(Park Jin Ser)は、黒幕で閉ざされたステージの片隅、幕の端(はじ)を左手でつまんですき間をつくり、申考求(H.K.Shin)おじさんの姿をさがす。過ぎた十七年の月日以上に年老いた彼を見つけると、彼の一挙一動をつぶさに目で追いながらも、遠い日のできごとと重ね合わせていた。

 朴振叙(Park Jin Ser)の単独公演、観覧を許可された百三十八名の受刑者たちすべてが着席すると会場はしんと静まり、時折、誰かのせきばらいが聞こえるだけであった。やがて、会場内すべての照明が消されると、沈黙は深い闇のなかへと沈みながらも、苦しみ、痛み、後悔へと姿を変えながら、遠い記憶に映しだされた光をさがしはじめる。

 闇のなかでステージの幕があがる。闇のなかで、朴振叙(Park Jin Ser)のほっそりとした指先がアコースティックギターの弦に触れると、天空への階段を駆け上がるような旋律が会場内に響き渡る。軽やかな旋律はしばらく続いた。朴振叙(Park Jin Ser)が震える弦を手のひらで押さえると、会場内に再び沈黙が訪れた。
 そしてライムライト、上部からの照明がステージ上のいすに座っている朴振叙(Park Jin Ser)を照らし出す。彼女は耳元から装着されたヘッドマイクの位置を確認してから、静かな声で話しはじめる。

 「 十七年前のあたしは高校にも行かず、蔚山(ULSAN)の自動車工場で働いていました。
 緑色にペイントされた、よくわからない機械がたくさんあって、会社から支給された灰色の作業服を着て、そうそう、白い手袋をして細長い金属の棒を機械に押し込んでいました。
 毎日、毎日、その作業を繰り返すなかで、男の人たちは冷やかしたり、ひどいときには胸とかを触られたりして、泣きそうになる。すると、必ず正義の味方が現れて、あたしを助けてくれた。鬱屈(うっくつ)した生活を送る日々のなかで、そのやさしさは、どんなに年月が過ぎようとも、あたしのこころのなかで色あせることもなく光り輝いているのです。今でも、そして、これからの人生迷路でも輝き続けてくれます 」
 
 一条(ひとすじ)の照明が会場内をさがしはじめる。ライムライトが、十七年の時を超えて、申考求(H.K.Shin)おじさんを照らしてくれた。

 「 おじさま、ほんとうに、ほんとうにありがとうございました 」

 言い終えると、アコースティックギターから再び、軽やかな旋律が流れはじめる。彼女の、アコースティックギターの弦が奏でるメロディーは、仄暗い部屋の片隅から解き放たれた鳥のように、翼を広げて、光輝いている。

 人生迷路、申考求(H.K.Shin)は、こらえきれない涙のなかで、懐かしい光の存在に酔いしれている。

 さて、照明係のぼくも、彼女のメロディー、メッセージへと耳を澄ませることとする。


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