未来図書館
辺りはしんとしている。
取りあえずエコのご時世、冷房設定温度28℃にもかかわらず、おどろくほど行儀の良いペンギンたち。雲のうえまでそびえる書架を見あげながらも図書カードに印字された番号を思い浮かべながら、同じナンバーがペイントされたゴンドラを待ちわびている。遠い夏の日に出会った、忘れられない物語をもう一度、探索する旅に出掛けるのだ。
見あげた雲のすきまから、銀色の球体が姿を現すと小さなざわめき。おかのうえの怪人がささやく。
「 あれはマーズ・パスファインダー(Mars Pathfinder)、地球型惑星探索機で、火星からの帰り道。残念ながらペンギンたちが搭乗すべきゴンドラではありませんよ 」
夜明けの波音のような、小さなざわめきはたそがれ色のため息に変わり、ゼリー状の静寂がついでに、とばかりに宵闇を連れて来る。
気づくと季節は十二ページ、夏の夜空に向けて光のすじが垂直上昇したかと思うと、はじけ、オレンジ色の光で創られた巨大なヒマワリとなり、われわれの記憶に焼き付けられたあと、影絵を残して消えた。
「Ruhe! (静かに!)」
おっといけない、いけない。ここは図書館、音を発する行為は禁じられている。
さて、場面は十四ページ、銀色の月に照らされたヘルウエティーの森、地表に拡がる森を誰かが疾走している。耳を澄ましてみても、よくわからない。ちょっと急降下してみよう。
月の淡いライムライト、森の小道を駈けるうす桃色のブタ、与えられた使命を帯びて必死の形相、ブタの身体に巻き付けられたロープの先には、鋼鉄製の護送ベッドがきっちり結ばれており、踊るように追走している。車輪は小さく、道の起伏を忠実に再現している。だから乗り心地は最悪。それでも琥珀(こはく)の国のお姫さま、ふり落とされぬよう必死に、護送ベッドにしがみついている。現代社会に傷つけられた身体のあちらこちら、白い包帯が痛々しい。それでも彼女は前方、やがて夜が明けるであろう草原の方角を見据えたまま、異国の王子を夢見てる。信ずれば道は続くであろう、そうつぶやきながら。
ところで、十七ページに閉じこめられた少女、妹はどうしているのだろうか、と気づいたところで挿絵が色あせる。
閉館を知らせる鐘が『 かろん 』と鳴り響くと『 しゅっ 』と音がして館(やかた)は消えた。
そして、瑠璃色の記憶だけが置き去りに