小説『vitamins』
作者:zenigon()

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      自転車

 小学生のころは、自転車で、どこまでも行けると思っていた。

 狩野川、防波堤の向こうには、たくさんの漁船が係留されていた。無理やり頼んで乗りこみ、みんなで船から船へジャンプして競争、ふたりぐらい、落ちたかな? もちろん、ものすごく怒られた。まったく懲りないぼくらが我入道の細い路地裏、ベルを鳴らしながら駆け抜けてゆく。
 川沿いを走り松林を抜けると、すぐに堤防があり、坂道を登りきると、蒼く澄んだ駿河湾を見渡すことができた。情緒のかけらもないぼくらは、そのまま海岸への坂道をブレーキもかけずに一気に駆け下りる。坂の下には小高い丘があり、より遠くへ、より高く飛ぶことを競った。砂浜にめり込んだ自転車を放置して、海岸線での宝物探し。めぼしいものが無いと、たき火の中に爆竹を投げ込んで逃走。じいちゃんの怒鳴り声が聞こえる。
 草ぼうぼうの岩山(いわやま)を勝手にインディアン山と呼び、そのてっぺんに、みんなの宝物を隠して秘密のアジトと称していた。松林からエッチな本を拾ってくると、みんなから称賛の拍手。ほんとうに、ろくなものは無かった。日が暮れるまで、まだ時間がある。
鬼ごっこ、カン蹴り、最後にカン蹴りをしたのは、いつなんだろう? 思い出せない。

 ふと気づくと、前方の車のブレーキランプが消え、やっと渋滞が解消され始めた。
首都高速環状線C1、芝公園付近。右側にはライトアップされた東京タワーが見える。
 自動車ならば、どこへでもいけるはずなのに、あのころの自転車にはかなわない。
白い光で照らされた飯倉トンネルの古びた黄色いタイルの壁を見たとき、左の走行レーンに移った。この先の3号線、渋谷、東名高速方面に行けば帰ることができる。思った瞬間にはウインカーを左に出していた。

 家に帰ろう

 125キロメートル走れば、1時間も走ればふる里なんだ。取引先への言い訳を考えながらも、アクセルはそのまま。いや、さらに踏み込んでいる。
「 自動車だって自分の行きたい所にいけるさ 」

 ぼくは、小学生のぼくへと話し掛けていた。

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