序章
夜の街に少女は一人降り立った。
辺りはきらびやかな電飾に彩られそれが異様に目に付いた。夜の街には昼とは違った活気があった。向こうの方で人々の賑やかな声が響いている。
少女は虚ろな双眸で視線の先の建物を捕捉する。
――――カツリ。
――――カツリ。
眠らない街の真ん中少女の足音はその喧騒にかき消される事無く辺りに響き渡る。
少女がちょうどある小さな路地に差し掛かった時だった。
「――――っざけんな!」
男の罵声とともに、ぐしゃりと肉の潰れる音が聞こえてきた。
「グ…………やりやがったな! オラァァ!?」
そんな声のする方向に少女は自然と歩き出す。
深い深い蒼い空に三日月が浮かんでいる。
少し路地に入ったところ。壊れかけの街灯の下で二人の若い男が殴り合いの喧嘩をしていた。周りには大勢の野次馬たちが人垣を作っている。誰かが煽り、誰かが写真を撮ったりしていた。そこはひとつの舞台であった。
殴り合っている二人のうち、背の高いほうがもう一人の腹に拳を突きつけた。相手を低く見ているのか、なんのフェイクもなしのただのストレート。
「グフッ――――ッ!?」
殴られた男は口から少量の血を吐く。この時点ですでに背の高い男の方が優勢だった。
ふと、少女の中で、ドクンと脈打つ「衝動」。
血の匂いが少女の元へと届く。
――――コ ワシ タイ
そう呟いた彼女の声に一人の野次馬が反応した。彼は振り返り少女の姿に気づく。こんな時間に中学生ぐらいの少女がいることに多少疑問を持ったが、そんなことは彼にとってはどうでも良かった。
「あれ?。こんな時間にこんなとこで、なにしてるのかなぁ? 女の子一人じゃ危ないよ?もしよかったら、うちに来ないかい? ここはさぁ、いろいろと物騒なんだから」
彼は少し腰を下ろし、右手で少女の腕をつかんだ。にやにやした顔を少女に向ける。
少女の眼が、感情のない冷たいものだと気付かないで。
――――ザン。と空を斬る音。
「え――――?」
少女の手をつかんでいた男は、素っ頓狂な声を上げる。
彼はさっきまで少女の手をつかんでいたはずの手の感覚が無くなっていることに気付く。自分の腕を見る。
「えぇぇえぇッ!!?」
そこにはない。そこに腕はなかった。肩からスパッと切り離された腕は、自分の足元に落ちていた。血は出ていない。あまりにも鋭く、あまりにも素早く切り落とされた腕。
「ぅわぁぁッぁぁ!?」
彼は狼狽しながら後ずさる。斬られた。その事実を理解すると、思い出したように肩から血があふれ出た。
目の前にいる少女を見上げる。
その瞳には、生がなかった。
その手に握られた、白い刃。三日月に似た輝きを放つ。
おおよそ「ソレ」は人ではなかった。
「ヒッ…………」
と、悲鳴を上げるひまも無く再び刃は振るわれる。ゴトリと今まで喋っていた顔がそこに転がる。
他の野次馬達はまだ、それに気が付いていない。
少女は進む。
――――タリ ナ イ
斬。
五人の首がそこに転がった。それらはまるで「死」に気付いていないかのように、生々しい。そのまま切り取られた表情。闘争に興ずる者たちの顔。
ようやく数人が事態に気付く。しかし、もう遅かった。
斬。
声を上げる暇などない。その生を終える。
――――タ リナイ ヨ
少女はさらに歩を進める。
斬。
最後の人垣を斬り倒す。
喧嘩をしていた当の本人達は、今その事実を受け入れる事ができないかのように夢でも見るように、ボーッっと少女の方を見ていた。
切っ先が向けられる。
狂気に、ようやく気付く。
「う、うわぁぁぁぁぁーーー!」
男たちは逃げようと背を向ける。しかし、半歩もいかないうちに、刃は振り落とされる。
――――脆イ 人ナン テ
この路地に、すでに生きているものは誰一人としていなかった。閉じられた狭い道は死体置き場と化していた。
少女はポツリとつぶやく。
―――マダ ミタサ レ ナイ ノ?
マ ダ タリナ イ