断章1
丁度十年前だった。この街は一度死んだ。
数千人の人間を一度に殺した爆弾テロ。前代未聞の規模の破壊行動。天災のように突然訪れ、すべてを焼き尽くした。
生存者は住民のうちほんの数パーセント。彼らの背負った悲しみは計り知れない。
生存者の中にある少年がいた。彼は最期の爆発の後ただ呆然として立ち尽くしていた。いくつもの偶然が重なり繋ぎ止められた命。幾つもの偶然が融け合い生まれた必然。犠牲を伴って救われた命。あまりにも重たく少年にのしかかる。
目の前にあるのはよく見知った顔。しかしもう笑うこともなければ言葉を話すこともない。黒い煤に塗れ横たわる体。その体には赤黒い色。それが爆発のものではないことは確かだった。穿たれた孔。銃創。
少年は眺めることしか出来ない。直視しながらも脳は理解していなかった。脳が認識することを拒否している。思考なんてとっくに止まっていた。自分が誰かという根源でさえ今は考えることができないであろう。
そんな時、足音があった。
「きみ、大丈夫か」
声の主は警察の制服を着た若い男だった。言いながら少年に手を掛ける。しかし少年から反応はない。直立不動、像のように動かない。警察風の男はやれやれと頭を抱える。彼は少年の視線を確かめ、だいたいのことを理解する。いま、少年が自己を取り戻すのは不可能だろうと判断した。地縛霊のようにこの場所を離れることは出来まい。
「とはいえ、放ってはおけないな」
彼は強硬手段を取ることにした。彼は素早く少年の首筋をつかむ。それだけで少年を気絶させる。
「はぁ。こりゃあ面倒な気がするな」
男はそんなことをつぶやき、少年を担いで瓦礫の海と化した街を歩いて行った。