小説『アイプロ!(8)?友情』
作者:ラベンダー()

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圭一はライトオペラの番組収録のために、テレビ局の楽屋にいた。いわゆる大部屋だ。圭一の他にも3人のグループと、1人のアイドルが待機していた。
圭一は、胸を少しはだけた白いシャツに黒のスーツを着て、姿見の前できちんと着れているか確認している。ライトオペラの時はシャツの形態が変わるだけで、スーツの色はほとんど同じだった。ホストみたいであまり好きじゃないが、プロダクションの衣装部が決めたことだから仕方がない。
雄一が「リハーサルだって」と呼びに来た。圭一がライトオペラの時はかならずマネージャーがわりを引き受けてくれる。悪い気がするが、雄一は「俺が圭一の一番のファンやからな。」と言ってくれるので圭一も甘えていた。
圭一が雄一としゃべりながら部屋を出ていくと、残っていた3人グループのアイドルが、こそこそと話しだした。

「あの北条って奴さ。本当に歌ってると思うか?」
「口ぱくだよなぁ」
「俺もそう思う…」
「何とかバラす方法ないかな。」
「歌ってる途中でさ、歌えなくしたらいいんじゃない?」
「どうやって?」
「睡眠薬飲ましとくとかさ。」
「それ…やばくないか?」
「生放送じゃなけりゃいいんじゃない?撮り直しできるし。」
「じゃ今日がチャンスじゃん」
「薬どうするんだよ睡眠薬なんて持ってる奴いねぇだろ」

その時、奥の方でだまって座っていたアイドルが「アスピリンでいいんじゃない?」と呟くように言った。
3人はそちらを見た。

……

30分後−

雄一が慌てたように楽屋に戻ってきた。
アイドル達は、もうそれぞれのリハーサルに向かって楽屋にはいない。
雄一は新しいペットボトルを鞄から出し、スタジオに戻って行った。

……

「ありがとう」

圭一は雄一からペットボトルを受け取って蓋を開けた。

「?」

蓋がもう開いているように思ったが、雄一が緩めてくれたのかと思い、圭一はそのままミネラルウォーターを飲んだ。
味がおかしいようにも思ったが、再び蓋を締めて雄一に返した。

「頑張れよ」

雄一が言った。圭一はうなずいて、雄一とパンという音を立てて手を重ね、スタジオに入った。
その時、明良が入ってきた。雄一が「おはようございます」と頭を下げた。

「ごめんよ。雄一君。今日は私が送る日だったのに…会議が長引いちゃって…」
「いえ。圭一のオペラ好きやから」

雄一の言葉に、明良が「そうか」と嬉しそうに言った。
スタジオの中央から、圭一が気づいて、明良に手を振った。明良が手を挙げて返した。

「では行きまーす。」

圭一が歌う姿勢になった。

「4・3・2…」

ADがキューをだした。

アベマリアの前奏が鳴り出した。
明良が歌いだした。
いつもの深い声が響く。だが、すぐに声が途切れ、圭一が顔をしかめて胸を抑えた。

「?」

明良達は思わず圭一を凝視した。圭一がそのまま片膝をついた。

「!圭一!」

明良がスタジオ内に走り出した。雄一も追う。音楽が止まった。
圭一は目に手をやり、立ち上がろうとしたが、呻くような声を発すると、後ろにある階段に倒れこんだ。

「圭一!」

明良がスタッフに囲まれる中、圭一の上体を抱き上げた。
圭一は気を失っていた。

「救急車!早く!」

明良が叫んだ。

……

「!…え!?…そんな!」

圭一が寝かされているベッドの横で、雄一が青くなっていた。
圭一は多量のアスピリンを飲まされ倒れたのだった。医者は「よくショック死しなかったものだ」と驚いた程の量だった。そして、雄一が飲ませたミネラルウォーターにアスピリンが入っているのではないかと疑われた。そのミネラルウォーターは、今警察の鑑識に回されている。
圭一は目を覚ましてはいたが、身体にまだ痺れが残り動けない。口もきけなかった。

「僕は何も…」

動揺している雄一を、明良はとまどったような顔で見た。雄一を信じたい。だが圭一が飲んだのは、そのミネラルウォーターしかない。
圭一が顔をしかめて起き上がろうとした。

「圭一…」

明良が気づいて、圭一に動くなと言った。圭一は小さく首を振っていた。

「ち…がう…」

やっとの思いでそう言った。

「雄一…ちゃう」
「!圭一!」

その圭一の言葉に、雄一は涙をこらえる表情をして、圭一の手を握った。

…しかし、やはり雄一が飲ませたミネラルウォーターからアスピリンが検出された。そして雄一の鞄からアスピリンが見つかった。雄一が普段から持ち歩いている市販のアスピリンだった。警察はそのアスピリンを押収した。

……

その夜−

雄一は、ずっと圭一の傍にいた。
神妙な顔で一点を見つめ、圭一の手を握っている。
明良は30分前に「電話をしてくる」と言って、病室を出て行ったまま帰ってこない。

圭一が出ない力を込めて、雄一の手を握った。少しずつ痺れが取れて来ているがまだ力が思うように出ない。
雄一は圭一が手を握ったのに気付き、微笑んで圭一を見た。そして口を開いた。

「圭一…あのな…」

圭一は雄一の顔を不安そうに見ている。

「…俺の疑い晴れんと…もしこのまま警察に捕まったら…ごめんな。」
「!!」
「…俺おらんでも…お前やったら、独りでもアイドルできる。…ずっと思っとってん…。別にユニットいらんのちゃうかって。俺できるのラップしかあらへんし。」

圭一が首を振った。

「…マネージャーのままでもええなぁ…って、時々思うこともあったんや。…でも…こんなことでユニット解散することになるとは思えへんかった。」

圭一が必死に手に力を込めた。まだ微力だが、その力が雄一に伝わった。

「がんばって疑い晴らすけど…どっちにしてもしばらくは…」

そこまで雄一が言った時、警察官が病室に入ってきた。入口にも警察官が1人立っている。
雄一が、はっと警察官の方を見た。

「任意ですが同行をお願いします。」

雄一はそう言われ、頷いて立ち上がった。すると圭一が雄一の手首を必死に掴んだ。だがまだ力が出ない。雄一が気付いたがそっと払った。圭一は動かない体を必死に起こし、もう1度雄一の手首を掴んだ。雄一が振り返ると、ベッドから身体を乗り出している圭一の姿があった。

「危ない!」

雄一が圭一の身体の下へ潜り込むようにして受けた。圭一は雄一の肩にうつ伏せに支えられた。

「連れてくな…!」

圭一の声とは思えないような嗄れた声がした。

「圭一…」

雄一が泣きながら言った。

「声無理にだしたらあかん…潰してまうで…。オペラ歌えんようになる…」
「…かまへん…」

雄一の言葉に圭一がまた嗄れた声で言った。

「そんなこと…かまへん…」
「圭一…」

警察官は困ったように入口にいる警察官と目を合わせた。雄一は警察官に「ちょっとだけ待って下さい」と言って、圭一の身体を起こしベッドに仰向けに寝かせた。そして絡んだ点滴の管をほぐすと、

「すぐに帰ってくる。大丈夫やから」

と圭一に言い、警察官の後についた。

「!!…」

圭一が手を伸ばしたが、もう届かなかった。

……

雄一は、周囲から奇異の目で見られながら、警察官についてパトカーに向かっていた。

(こんなに人に見られてしもたら…疑い晴れても…戻れんかもしれへんな…。)

外に出てから、雄一はそう心の中で思い、圭一がどこかで寝ている病院を見上げた。
警察官がパトカーのドアを開け、入るように手で指し示した。
雄一はうなずいて、体をかがめた。

「雄一君!」

その声に、思わず雄一は体を起こした。すると、明良と能田が駆け寄ってきていた。

「副社長…?」

能田が先に警察官に駆け寄って、息を切らしながら警察手帳を開いて見せている。
その間に、明良が雄一の体を抱くようにして、パトカーから離した。

「すまないが、こっちに任せてくれるかい」

能田のその言葉に、警察官が敬礼した。
明良が雄一の腕を取ったまま、雄一に言った。

「間に合ってよかったよ…。」

明良を見る雄一の目に涙が溢れ出てきた。明良は雄一の肩を叩きながら、自分も目頭を熱くした。

……

雄一達が病室に戻ると、看護師が2人で圭一を抑えている姿を見た。圭一が嗄れた声を上げていた。

「雄一!…雄一を返せ!」
「!!…圭一!」

雄一は慌てて、看護師達を避けるようにして、圭一の身体を抑えた。

「圭一!大丈夫や!…副社長と刑事さんが助けてくれたで!」

圭一が咳込んだ。

「圭一!」
「先生を呼んで!」

1人の看護師が部屋を走って出て行った。

……

圭一はその後過呼吸になったが医師の処置で収まった。今は体を横にして眠っている。
雄一はその圭一の手を握ったまま傍にいて、圭一の顔を見ていた。

「…事情聴取は明日にしますよ。」

能田が病室の入り口で、そっと明良に言った。
明良は「すいません。」と能田に頭を下げた。

「無理を言った上に…こんなことになってしまって…」
「いえ…彼らのあんな姿を見たら、何もせずにはいられないでしょう。」

明良はうなずいて、能田と一緒に雄一達を見た。

……

面会時間は過ぎたが、雄一と明良は圭一の傍にいることを許してもらった。
雄一は圭一の手を握ったまま、ベッドに頭を乗せて寝ている。

明良が傍で椅子に座り、2人の寝顔を見ていた。
まるで、若い頃の明良と相澤を見ているような気がした。
圭一は最初から雄一を信じていた。この2人の友情がいつからここまで深まったのかわからないが、明良はこの2人から何かを学んだような気がした。

……

翌日−

約束通り、能田が病室を訪れた。
圭一の横には、雄一と明良もいる。

「圭一君、話せなくても構わないが…もう…大丈夫かい?」

能田にそう言われ、圭一が「大丈夫です。」と嗄れた声で言った。

「あーあ…美声が台無しだねぇ…」

能田がそう苦笑しながら言うと、明良が笑った。
明良が立ち上がり、能田に席を譲った。能田は恐縮しながらも座り、警察手帳を開いた。

……

「もう1度、最初から確認するが…楽屋にいたのは、君たちの他に4人いたんだね。」

能田の言葉に、圭一と雄一が頷いた。

「で、雄一君は鞄をその部屋に置きっぱなしだったと…」

能田がメモを読みながらチェックを入れている。

「その子たちの調書がないのがおかしいんだよなぁ…」

能田が呟くように言った。

「雄一君が疑われてますから、いらないと思ったんでしょう。」

明良が言った。能田がうなずいて眉をしかめた。

「はしょりやがって。…圭一君もう心配はいらないから、まずはそのかすれ声なんとかしてくれ。聞いてる方が辛くてたまらない。」

圭一が頷いた。能田は立ち上がり、後ろに立っている明良に言った。

「北条さん、とりあえず一緒に楽屋にいたアイドル達を調べます。ほぼ100%彼らが関わっているとは思いますが、関わっていたことが証明された場合、刑罰の方はどうします?」

明良はため息をついて考えている。圭一と雄一の被害を考えれば、ちゃんと責任は取って欲しいと思う。
しかし彼らも未来ある少年達だ。
その時雄一が「副社長」と言った。明良が雄一を見ると、雄一は圭一にふと向いた。
圭一が首を振っている。雄一が「圭一と同じ気持ちです。」と言った。
明良と能田は苦笑して顔を見合わせた。

「親ゆずりだねぇ。」

能田はそう言ってから、

「でも別の方法で責任をとらせることにはなるでしょう。それについては私はどうしようもできません。」

と言った。明良がうなずいた。

「ではまた連絡します。」

能田が急ぐように病室を出て行った。

……

数日後―

楽屋にいたアイドル達が、雄一のペットボトルにアスピリンを入れたことを認めた。
圭一が本当に歌っているのかどうか確認したかっただけだと彼らは言った。もちろん圭一への嫉妬心もあっただろう。
刑事的には罰を与えないことは認められたが、そのアイドル達の所属している各事務所は、アイドル達の1年間の活動停止を決めた。


圭一は身体が動くようになったが、歌うことに関しては、やはりすぐには復帰できなかった。
特にオペラの方は、1ヶ月の時間をかけなければならなかった。

……

1ヶ月後−

圭一と雄一は『ライトオペラ』の仕事のため、スタジオにいた。
『ライトオペラ』を久しぶりに歌い、CMのため休憩に入った圭一に、雄一が心配そうに言った。

「大丈夫か?」
「うん。」

圭一は雄一の差し出すミネラルウォーターを、ためらいもなく飲んでから言った。

「スタジオって、なんでいつも乾燥してんやろな。水なかったら、ほんま喉きつい…」

圭一はペットボトルを雄一に返しながら言った。

「明日はユニットの日やんな。」
「うん。リハーサルが夕方の4時からや。」
「それまで、自主稽古する?」
「する。」
「わかった。」

ADが「もうすぐCM終わります!」と圭一に声をかけた。
圭一は「はい」と答えて雄一に向く。雄一が「頑張れよ」と言った。
圭一は雄一とパンという音を立てて手を重ね、スタジオに入って行った。
明良は少し離れた場所から、そんな2人の姿を微笑んで見ていた。

(終)

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