「ジン坊っちゃーん!新しい方々を連れてきましたよー!」
「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人が?」
「はいな、こちらの御四人様が―――」
クルリ、と振り返る黒ウサギはそのままカチン、と固まった。
「・・・え、あれ?もう二人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から"俺問題児!"ってオーラを放っている殿方と、小柄で、可愛らしい御顔に反して黒ウサギの素敵耳を容赦なく弄られていた、猫耳の様な物が着いた黒い服装の女性が・・・」
「あぁ、十六夜君達なら"ちょっと世界の果てを見てくるぜ!"と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に」
あっちの方と指をさすのは上空4000mから見えた断崖絶壁。街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、ウサ耳を逆立てて二人に問いただす。
「な、なんで止めてくれなかったんですか!」
「"止めてくれるなよ"と言われたもの」
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「"黒ウサギには言うなよ"と言われたから」
「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん!」
「「うん」」
ガクリと前のめりに倒れOTL状態になる黒ウサギ。顔を合わせて間もないのにも関わらず飛鳥と耀の息は見事に合っていた。
「た、大変です!"世界の果て"にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」
「幻獣?」
「は、はい。ギフトを持った獣をさす言葉で、特に"世界の果て"付近には強力なギフトを持ったものがいます。でくわせば最後、とても人間で太刀打ちできません!」
「あら、それは残念。もうあの二人はゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー?・・・・・・斬新?」
「冗談を言っている場合じゃありません!」
ジンは必死に事の重大さを訴えるが、二人は叱られても肩をすくめるだけ。そんな二人をよそに黒ウサギは溜息を吐きつつ立ち上がった。
「はぁ・・・・・・ジン坊ちゃん。申し訳ありませんが、御二人様の御案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わかった。黒ウサギはどうする?」
「問題児達を捕まえに参ります。事のついでに―――"箱庭の貴族"と謳われるこの黒ウサギを馬鹿にした事、骨の髄まで後悔させてやります」
悲しみから立ち直った黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、艶のある黒い髪を淡い緋色に染めていく。外門めがけて空中高く跳び上がった黒ウサギは外門の脇にあった彫像を次々と駆け上がり、外門の柱に水平に立つ張りつくと、
「一刻ほどで戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能下さいませ!」
黒ウサギは、淡い緋色の髪を戦慄かせ踏みしめた門柱に亀裂を入れる。全力で跳躍した黒ウサギは弾丸のように飛び去り、あっと言う間に三人の視界から消え去っていった。
☆★☆★
一方その頃の十六夜達は"世界の果て"を目指して森の中を爆走中であった。実際に走っているのは十六夜だけであり魁は十六夜の背中にしがみついている。そんな二人は
「イヤ〜、今まで色々な速いものを見てきたけどこんなに速いのは初めてだぜ」
「ヤハハ。お前何者だ?普通このスピードだったら振り落とされてるゾ?」
「だって俺普通じゃないし。それを言ったら十六夜もだろ?普通こんなスピードだせねぇよ」
「ヤハハ。確かにな」
と黒ウサギの気持ちなんか微塵も考えずに楽しそうに話していた。
暫く爆走していた十六夜達だがついに世界の果てに着いきその光景を見た二人は言葉を失った。
黒ウサギに呼び出された時に見た断崖絶壁。そこはどこからか流れてきている大河の終着点であり、川の水は絶壁から下へ下へと流れ落ちている。
「ここが・・・」
「世界の果て・・・」
二人ともこの神秘的な光景に目をキラキラと輝かせ興奮していた。そして二人は「あぁ、本当に世界なんだなぁ」と改めて実感したのであった。
「よし!十六夜泳ごう!」
「そうだな。折角世界の果てに来たんだ。遊ばない手はないな」
魁はいつの間にかリュックを近くの木の根元に降ろし、お気に入りの猫耳の付いたパーカーを脱ぎTシャツ短パン姿と言う活発少年スタイルになっていた。十六夜も魁の意見に賛成し学ランを脱ぐ。そして川の方へ歩いて行くと・・・
ザパアァァン!!
と大河の中から巨大な蛇が二人の前に立ちはだかった。
「・・・デカイ蛇?」
「何の用だオイ」
『フン!我の姿を見ても臆さないか。よかろう。我はこのトリトニスの大滝に住む水神にして蛇神。貴様ら試練を選ぶがいい』
「ハァ?何上から目線で物言ってんだコラ。だったらまずテメェが俺を試せるか試させろよ」
その十六夜の言葉が癇に障り蛇神は怒り十六夜に向けてその巨躯に似合う大きな口を開き
『貴様ァ!人間のくせに舐めた事を!相手が誰なのか身をもって思い知るがいい!』
十六夜に向かって開かれた口から巨大な水の塊を放った。これはただの水ではなく水神の神格を持つ蛇神が放ったもので、更に銃弾の様に高速で回転しているのである。これをまともに食らえば人間等一瞬で肉片となるだろう。
そんな水弾を前に十六夜は逃げる素振りなど見せず、笑みを浮かべながら右拳を後ろに引いていた。つまりは迎え撃つ気満々なのである。
「はいはい。いきなり喧嘩しない」
そんな二人の間に魁は呆れた様子で割って入る。その様子に十六夜は眉を顰め拳を下ろし蛇神は驚いていた。
蛇神が驚くのも無理はない。何せ魁は初見で男と見破る者が居ないほど少女に限りなく近い容姿をしているのだ。それに加え身長155?と小柄で身体つきは華奢。そんな者が突然自分が放った攻撃の前に現れたのだ。とても防げるとは思わない。なのに、十六夜と共に逃げようともしない。
「オイどけよ。何勝手に割って入ってんだ」
「ハァ・・・それは十六夜もだろ?何勝手に喧嘩始めてんだよ。俺たちは唯遊びに来たんだろ?」
『貴様等!舐めるのも大概にしろ!二人纏めて死ぬがいい!』
自分の水弾を意にも介さず話をしている二人に更に怒り出した蛇神はもう一発水弾を放つ。すでに最初に放たれた水弾はすぐそこまで近づいていた。それに気付いた十六夜は舌打ちをし
「チッ。話は後だ。まずはこの水弾を「ハァ・・・」なんだよ?」
「そうだねそうだね。とりあえずこの水弾を防いで二人とも頭冷やせよ。すぐそこに川あんだから簡単だろ」
十六夜の言葉を途中で切り溜息を吐いた魁は水弾を真正面からとらえる。水弾はもう5mほどまで近づいていた。そんな中魁は、焦りも気負いも緊張も不安もなく唯右手を水弾の方へと突き出し
「【熾天覆う七つの円環】」
そう呟いた。その呟きを掻き消すほどの轟音と共に水弾が衝突した。蛇神は笑みを浮かべたが直ぐにその顔を驚愕へと変える。それもそのはず。何故なら放たれた水弾は突如として魁の右手の前に現れた光で出来た7枚の花弁に防がれていたのだ。
「ヒュ〜。何だそれは?それがお前の力か?」
十六夜は水弾を防いだ7枚の花弁に興味津津と言った様子で観察している。
「まぁ間違いではないよ。これも俺の力の一つさ・・・っと」
十六夜の質問に答えていると二発目の水弾が一発目の水弾と衝突し威力が上がる。それにより7枚のうち1枚目の花弁が砕け2枚目にもヒビが入る。しかし結局それだけで終わり、水弾は暫く熾天覆う七つの円環にぶつかっていたが遂には四散し霧散してしまった。それを見た蛇神はあり得ないと言うような目をし驚愕に顔を染めていた。
「さてと・・・。少しは落ち着いたかな二人とも?」
落ち着いた訳ではなかったが驚きによって声が出せないでいる蛇神と、魁の能力について考え込んでいた十六夜だったので自然と静かになってしまったのである。
そんな二人を交互に見てから一呼吸置き
「喧嘩はダメだけど折角、蛇神さんが出てきたんだし、ここは一つギフトゲームとやらをやろうじゃないか」
そう提案した。