小説『Z/X 二律背面(アンチノミー) 第1章 突然始まる二重奏(デュオ)』
作者:奉遷()

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叫び声は近いそしてなにより此方が戦慄したのは見覚えのある地面の振動

奴だ、あのカブトムシ、奴がいる

冗談じゃない、ここから離れなくては、殺される

差しが自然と声の方向に向かう瞬間、思い出されるあの「声」

・・・いいものが見れるぞ、この世界の現実だ。てめェのその生ぬりィ頭を覚ますにはぴったりのな・・・

この世界?この世界ってことはここは俺のもといた場所と別の世界なのか?まぁそうでもないと説明がつかないものに遭遇したし体験した、ここが別の世界であることは異論はない・・・というか異論なんか挟む良いtがない、ただ、あそこまで鮮明な夢、あの声、記憶の整理の産物に過ぎない夢に左右されるなんて馬鹿げている。だが・・・

夢なんかに、何を求めてるんだ俺は?

そんな自問自答とは裏腹に今まで向いていた方向と逆に、すでに足は動き出していた

声は森の中から聞こえた、森の中で誰かが襲われているのだ

その誰かは意外とすぐに見つかった

「あれは・・・子鹿?」

あれが鹿なのは確定的に明らかだ、だが俺の知ってる鹿は服を着ないし、二足歩行をしない

そしてそれを追っているのは先ほどのピンク色のカブトムシ

その足が地を踏むたびに地響きがおこり、その無感情な目は獲物に狙いを定めている。自分より強大で明らかにかなう相手じゃない、見ているだけで恐怖で吐き気がする。なぜ自分は襲われてるやつを助けたいなんて思ったのだろう?無理だ、絶対にあんな奴に勝てるわけがないし戦いにすらならない、一方的に蹂躙されておしまいだ

「ひっ・・・!?」

逃げていた、反射的な行動だった

見つからないように身を木の陰に隠してひたすらに息を殺し続ける

なんであの時逃げなかった?なんでこんなこと思ってしまった?

【襲われてるやつを助けよう】なんて、できるわけないじゃないかこの俺に!!

あの夢のせいだ、あんな夢を見たからついその気になってしまったんだ

俺は何もできない、誰も救えない、おこがましい

やめよう無意味だ、ここに居たって見つかって殺されるだけだ

二匹の鹿の子供が声を上げて逃げている追いつかれそうな子供が叫んだ一言が耳に入る

「お父さんっ!助けてっ!」

地響きと木を折る音に紛れて届く途切れそうな声、足元を見るとそこには野球ボール程度の医師があった

俺がこいつを投げれば、あの二匹は救われるのか?

俺に選べっていうのか?自分の命か、あの二匹かを!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・無理だろ、さっきも言ったじゃないか、できるわけがない

誰だって人の命より自分の方が大切だろ?そんな英雄的思考を持ったやつなんか現実にいるはずないじゃないか、俺は当たり前の選択をしたんだ、自分の命を投げ捨ててまであの二匹を助ける意味があるのか?だいたいあいつらだっておかしい連中じゃないか、ただ言葉を話しているだけで存在だけならあのカブトムシと同じ位おかしい奴じゃないか、そんなのと自分の命を比べろなんて選ぶまでもないじゃないかっ・・・!

・・・チッ・・・

もう鹿の子供が追いつかれそうだ、見ていられない、俺があの二匹を殺すんだ、直切的じゃないにしても間接的に

その光景から此方は視線を外そうとする、がその時、事は起こった

カン・・・

斜め後ろから飛んできた石がピンク色のカブトムシの甲殻にあたって跳ね返った

それはダメージすら与えないが無感情の目は石の飛んできた方向にそれる

それに伴って此方もそちらを見た

そこにいるのは少女、おそらく自分より年下であろう身長だ

「あー、もう! 何で先に手が出ちゃうかなぁ… あたしは」

そう言って少しだけ嬉しそうな顔をするその少女

ズゥン・・・

深く響く音が後ろから聞こえる、それはあのカブトムシだった

自分に石を当てられたことに怒りを覚えたのか、それとも新たな目標に元の標的を忘れてしまっただけなのか、そのカブトムシはその少女に向かって突進していく

ダメだ、このままじゃっ

「よけっ・・・!」

叫んだ瞬間少女とカブトムシが衝突する

その瞬間ガンという鈍く低い金属音を鳴らしカブトムシが停止した

少女とカブトムシの前に火花が散るのが分かり、そしてそれはあいだに割り込んだ長身の男が起こしたことだというのが見て取れた

「一体何が起こって」

隠れるのすら忘れてその光景に見入っていると粉末のようなものがこちらに向かってきた

此方はモロにそれを吸い込む、そして此方の意識はそこで途絶えるのであった

-3-
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