家に帰り、机の上に散乱した本や雑誌の中から、最近買ったばかりの雑誌を探し出した。
『小説を読破』という名の雑誌だ。
中にはたくさんの人が書いた、色々な小説が載っている。
私はページをどんどん飛ばして、一番後ろのページを開いた。そこには、小説の公募が書いてある。その詳細のところに私の目はいった。
「やっぱり、特別審査員、岡本博紀」
自分の記憶が正しかった事が嬉しくて、彼が実在する人だと初めて感じた気がして、私はその雑誌にある彼の名を、長く見続けていた。
ふと意識を取り戻して、今度は机の引き出しから原稿用紙を探し出す。
あった。四百字詰めの原稿用紙。たった三枚しかない。でも、きっと十分だ。千二百も字を綴る気は無い。ただ、この切実な思いを、届くかもしれないという淡い期待を込めて送るだけなのだから。
私が伝えたいのは、たった一言。
『ありがとう』
あなたのおかげで、私は、将来やりたい事が決まったから。あなたと出会えて、とても楽しかったから。あなたと、日常の中で非日常を見つけられたのが、嬉しかったから。
私は先ほどの騒動でごった返した机の上の比較的平らな所に原稿用紙を広げ、シャープペンシルを手に取った。
部屋の空気が悪いな。これが書き終わったら、窓を開けて換気をしよう。そう思って一瞬だけ窓の外に目を向けた。
透き通るような青い青いあの日と同じ空。
この空の届く遙か遠くで、もしかしたらとても近くで、カイさんもこの空を見ているのだろうか。
また私達は、同じ空を見上げているのだろうか。
私の心は、いつの間にかあの日のあの時間に、戻っていったのだった。