何度か、遠くの方でアナウンスが聞こえた気がする。
章の区切れで、私は顔を上げて周りを見渡した。
窓の外の風景は随分変わっている。さっきまではマンションやビルが軒を連ねていた街並みだったのが、今は田んぼや小さな家が所々に見えるくらいしかない。
本の残りのページ数を確認すると、後四分の一ほどだった。
この本以外には、今読む物は持っていない。帰りの電車で読む分も考えれば、そろそろ乗り換えて帰らなければ。
携帯電話を取り出して、時間を確認する。もう午後二時だった。お腹を空かせて文句を言う姉と、時間を気にしながらお昼ご飯を作るお母さんの姿が目に浮かぶ。
くすりと笑いを漏らして、電車から降りる。
熱気が私を包む。できるだけ日陰を選んで電車を待つ。
時刻表を確認すると、後二十分もしないと次の電車は来ないようだった。
ベンチに腰掛け、本を読もうかとも思ったけど、今は緑に包まれたこの初めての土地でゆっくりと空を見たい。そう思ったから、私は空を見上げた。
雲一つない空が、どこまでも続いている。
空を見るのは好きだ。一瞬一瞬で、違う顔を見せる。嘘も偽りも無く、全てを飲みこんでしまいそうな青い青い空。いつもの時間に縛られた毎日では見つけられない、一番身近にある、一番美しいもの。
私が小さい頃、近所に住んでいた絵描きのおじさんが、少し悲しい目で言っていたのを思い出す。
『雲一つない空は、ただの大きなキャンパス。手を伸ばせばそこにある、ざらざらした紙に描かれた、平面的な絵』
私は、そうは思わない。何も無い空の奥には、確かに宇宙がある。見えないものが、確かにある。
ああ、だめだ。今日は少しセンチメンタルになっているようだ。頭を横にブンブンと振り、考えを振り払う。
ふと、駅のホームの端に目をやると、一人の男が煙草をふかしていた。
それをじっと見つめていると、男が私に気付き、煙草を足で踏み火を消すと、こちらにやって来た。