「僕の事はどうでもいいよ。どんな本を読んでいたんだい?」
私は本の内容を思い出しながら興奮気味に答えた。
「難しい冒険小説でも、不思議なファンタジーでもない、日常を綴った話なんです。読者を優しくその世界に包み込むけど、決して放そうとしない。どこが良いのか詳しくは言えないけど、どこかに魅了される。そんな話です」
早口に言うと、カイさんは「その本を見せてほしい」と言った。私は「もちろん」と答えて、バッグの中から本を取り出す。
「この本なんですけど。作者は・・・岡本博紀(おかもと ひろき)さん」
本をカイさんに渡そうとするが、カイさんは呆然とその本を見つめていた。
どうしたのかと心配になって、カイさんの肩を揺する。
「カイさん?どうしました?」
「え・・・あ、いや。なんでもないよ。君は、この本が好きかい?」
カイさんは、やけに真剣な目で聞いてきた。まるで、自分の子供を嫁に出すお父さんみたいな顔だ。
「ハイ・・・・・・。好きですよ」
カイさんはそれを聞いて、満足そうに頷いた。
「そうか。その作家、僕も知っているよ」
「本、読んだ事あるんですか?」
「いや、読んだ事があるわけじゃない。知り合い・・・・・・なんだ」
「お知り合い?悪友か何かですか?」
「はははっ!そこで悪友という言葉が最初に出てくる中学生は、本当に珍しいと思うよ」
カイさんは空を仰いだ。私もつられて空を見上げる。それは、さっき一人で見た時よりも、心成しか輝いて見えた。
「・・・・・・そいつは、ずっと悩んでいた。政治家の家に生まれながらも、本に魅入られた事を、後悔していた。昔はね。今は・・・・・・今だけを見つめている。今自分のやりたい事を、やりたいようにやる事にしている。将来に悩むより、過去を悔やむより、今の輝きを大切にすれば良い。そう、思ったんだ」
「カイさん・・・・・・?」