小説『秋と言えば?』
作者:もつn(もつnの砂場)

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「秋、かぁ……」
 静寂。
 僕は図書室にいた。
 中学の時と比べると、高校のここは落ち着いていて、雰囲気がとてもいい。
 耳に微かに触れるのは、ページをめくる音。
 この季節と言ったら何だろうか?
(読書、だろうな)
 それしか、思い浮かばなかった。
 今の季節は秋。窓の外には紅葉が多く見られ、その多くが落葉していく。
 室内には生徒の数が二桁ほどいた。
 勉強する者、読書する者、机に突っ伏して眠る者と色々いる。
 僕自身も、それらに倣うよう、一冊の本を読んでいた。
 ページが分厚い。
 五百ページはあるだろうか。
 痛んだ革表紙に、刻み込まれた何かの模様がある。
 ファンタジー小説だ。
 改めて、表紙を見直すと、あの声が記憶の奥底から蘇ってくる。
『この本、面白いよ』
 可愛い声を出すんだな、なんて思った。
 クラスの中で地味、目立たないと言ったその少女は満面の笑みでこの本を推した。

 長い黒髪が揺れる。
 風が吹いて、それを受けた僕の髪も揺らした。
 夕方の帰り道。
 僕たちが一緒に帰るのは初めてのことだ。
 僕の方から思い切って声をかけたんだけど。
 見た目が地味な彼女も年相応に、笑ってこう言ったのをよく覚えている。
「こうして一緒に帰ってると、私たちって恋人同士に見えちゃったりするのかな?」
 顔を赤らめながら、笑みをこちらに向けて。
 そんな彼女にどう反応したらいいかわからない僕は、頭を掻きながら、小さな声で
「……そう、かもね」
 そうして、二人照れくさそうに笑いあった。
 そんな時だ。
 僕の隣を歩いていた彼女がゆっくりと前に倒れていく。
 どうやら躓いてしまったようだ。
 慌てて、その腕を掴んで、引き寄せると何とか難を逃れる。
「あ、あの……ありがとうございます」
「――あぁ」
 互いの吐息さえ届きそうな距離。
 初めて触れた彼女の手は、少し冷たかった。
「あれ?」
 突然、これが僕の口から出た言葉。
「どうしました?」
「ちょっと眼鏡取ってみて」
「は、はぁ」
 呆気に取られながらも、ゆっくりと眼鏡を外す。
「普通に可愛い」
「きゅ、急に何言い出すんですか!?」
 大きな瞳。
 桜色の唇も、眼鏡が大きかった為か彼女が顔立ちがいいことに気づかなかった。
 少なくとも、その一瞬は彼女に見惚れていたようだ。
「ねぇ、僕と付き合ってみない?」
「ちょっと待ってくださいよぉ」
 頬に手を添える。
 彼女の顔色が一気に赤く染まった。
 熟れた果実のように美味しそうだ、と思ってみたりもする。
 そんな時だ。
「ちょっと待ちなさいよッ!」
「――またお前か」
 突然、背後から聞こえた声。
 それでソイツが誰だかわかってしまうところが、何とも言えない残念な感覚を覚えさせてしまう。
「目を離せばすぐ女の子に声かけるなんて……私というモノがありながら」
 振り返った視線の先には一人の少女がいた。
 茶髪のショートカット。
 陸上で鍛えられて引き締まった身体。
 細い身体だが、僕にとってみれば未成熟でお世辞にもいいとは思えない。
 そんな少女が肩を震わせている。
「僕と君がいつ付き合い始めたんだい?」
「前世から」
「嘘つけ」
 即答する。
「嘘じゃ、ない。――きっとね」
 笑顔で答えているが、彼女の額には血管が浮き出ていて、眉も時折ぴくぴくと動いていた。
 更に、どこか確信めいたように言うものだから、尚更、不快だ。
 言葉の端々に殺気が滲み出ている所が、実に不気味で背筋がゾクゾクする。
「あの、私もう帰らせてもらいますね」
「どうぞどうぞー」
「僕も一緒に帰――」
「逃げんな」
 肩を掴まれ、その場に引き止められる僕は、ただ、黒髪の少女が去っていくのを見送ることしかできなかった。
 肩を掴む力は強く、振りほどけない。
 しかも、その表情を見てはいけない気がする。
 覚悟を決め、ゆっくりと振り返る。
「んっ――!?」
 そこには視線を逸らし、瞳を潤ませながら俯いている姿がある。
「あれ? 普通に可愛――」
「私はいつでも可愛いの。そうでしょ?」
「いや、全然」
 脛を蹴られた。
 でも、その力はどこか弱々しくて、それほど元気がないのかと少し心配になった。
「本当にアンタって浮気するタイプだよね」
「僕は全ての女性に愛されるのさぁ!」
 両手を広げ、天を仰いだ。
 そこへ来た通行人Aが奇妙なモノを見るような視線で見てきたが、気にしない。
「何でこんな馬鹿、好きになるのかなぁ? でも」
「どうした?」
「アンタが浮気しても、ずっと私の傍にいてくれればいいから。そう、それだけでいいの。だって、誰よりもアンタのことが好きだから」
 そう、言われたこっちが恥ずかしかった。しおらしく微笑む彼女を見ていて胸が少し、痛む。

 そんなことがあって今。
 図書室でこうして、薦められたあの本を読んでいた。
 隣には例の眼鏡少女。
 どうやら、コンタクトに変えたらしい。
 可愛くなっていた。
 見ているだけで頬が緩んでしまいそうなくらいだ。
 そして、僕の向かいの席には例のアイツが殺意の篭った笑顔を向けている。
 そのせいか、僕たちの周囲に人が誰も寄ってきたりはしなかった。
 そんな中、僕たちの関係は続く。
 これから先、どうなってしまうのだろう?
 そんな、秋の一日だった。

 追伸:お題は「秋と言えば?」です。

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