小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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正教闘争編 闘争前日



???



午後5時半を過ぎた頃。

大きく盾に裂かれた、赤き十字架をあしらった白い上着が、夕闇に翻る。

その身を治癒術式で生命維持活動を最低限にまで保ちながら、それでも残像が出る速さで―――天草式十字凄教教皇代理、建宮斎字は街の路地裏を逃げていた。

フランスの観光都市、アビニョン旧市街。

人払いの結界が施され、ひどく静かな、寂しい石造りの城塞。

過去に、徹底とした宗教迫害から逃れてきた天草式は偽装に特化し、隠密を得意とする集団だ。

その天草式の中でも建宮は、逃走中に罠を仕掛けられる程屈指の使い手でもある。

この高さ15m以上の壁に囲まれ、道幅がたった3m前後しかない迷宮には、彼の影しか捉えていない。

間違いなく、ここには建宮以外の人間は存在しない。

なのに、彼は、怪物を背中に背負っているかのように濃厚な気配を拭い去る事ができない。


(しくじったのよな……まさか、ここまで……)


思考が後悔に支配される。

明らかに、前準備が足りなかった。

法の書事件で、何度か交戦経験のあるものの、その時は圧倒的な数の不利にもかかわらず勝負を均衡にまで持っていった。

それは日本という地の利を生かしたが故の結果であるが、それでも建宮は1人で複数の相手もした事もある。

あらゆる環境を学習し、その環境に適した形で溶け込む術に長けた。

今も痕跡を残さずに、一緒にここへ来た仲間達を逃がしたのも彼の手腕によるものだ。

しかし、そのせいで防ぎようのない斬撃をその身に受けた。

この身に付けているものに肩代わりさせる術式でどうにか生き長らえ、死を偽装してどうにかあの場から離れられた。


(……助けは、呼べない。正体がバレるのもマズイ)


自分達は調査係。

情報を集めるのが仕事であり、まだ戦うのは論外だ。

例え『イギリス清教』に助けを求めようにも、『小宗派が暴走しただけで、イギリス清教の意向とは関係がない』と突っ撥ねられるのがオチだろう。

波風を起こさせるような対立を防ぐために、自分達はトカゲのしっぽ切りにされる。

そうなれば日本を離れここへ来た意味がなくなる。

だから、戦闘ではなく、全力で逃走している。

幸いにして、今のこの街には森の中に木を隠せるように、人混みで溢れ返っており、隠遁には好都合だ。

ただし、ここには身を隠せるような『木』はいないが。


(……女教皇様)


自分達がその信念を心に掲げ、心から崇め奉る最高の教皇。

あの方がいるのならば、もっと別な手段が取れたのだろうが、彼女はそう簡単に切れない強力な手札だ。

それでも、もしも……と思ってしまうのは仕方がなく、されど、ここで果ててしまえば、あの方は悲しむに違いない。


(絶対に奴らから逃げ切って見せるのよな!)


そして―――建宮はようやく迷宮を抜けた。

目の前に大きな橋。

その向こうに行けば、隠れ潜む事ができる。

建宮は急いで橋―――


(よしここを渡れば―――)


―――が斬れた。


「なっ……!?」


建宮が、目を瞠った。

その前で、凹凸が目立つ石造りの橋が、その断面滑らかに。

豆腐を斬るように何の抵抗もなく、歴史と共に人の歩みを支えてきた堅固な建造物が、一刀の下、綺麗に寸断された。


「はるばるこの地まで来られて、1人も手土産も無しに帰すわけにはいくまい。是非とも、饗応を受けていただきたい。―――先程の礼も含めてね」


「そいつぁは勿体無いのよのな」


建宮の足が止まる。

痛くなるほどに、“半分になった”フランベルジュを握る手に力が入る。

目の前に立ちはだかる青年に見える男、その気迫は空をも灼く。

癖のない淡い白金髪、まさに太陽のように。

涼やかな微笑、だがその精悍な眼差しの威は色褪せない。

引き締まった体躯を守る白の甲冑、それには傷一つなく。

そして、その右手には新雪のように真っ白な大剣、触れれば跡形もなく消し飛ばす。

合わせただけでフランベルジュは溶けてしまったのだ。

だが、建宮は隠し持った足止め用の細工を発動を準備していく。


「まさか、この建宮斎字を追っているのがアンタだとは思わなかったのよな。―――ローマ正教十三騎士団の副総長、いや上がアレだから実質的な総長『ガウェイン』さんがよぉ」


白騎士は、身動ぎもしない。


「ふむ」


瞳が細まる。

薄く見開かれた視線が収束し、彼の胸を貫く。


「それが天草式、か。長く生きてきましたが、私の目を誤魔化せたものは、この手で全て数え切れる。『ランスロット』隊からの報告も大袈裟ではありませんでしたね。そういえば、東洋の<聖人>もその宗派だと聞いた事がありますが」


この僅かな会話の間に、建宮は自分の手札を確認する。

一か八か特攻を仕掛けるか? ―――否、失敗すれば、今度こそ殺される。

一度使った術など、種の割れた手品と同じだ。

しかし、今この場にいるのはこの白騎士のみ。

ならば―――


「さて、そう時間もありません。……そろそろ、終わりにしましょう」


剣をかかげる。


「我、主に忠命を誓う者なり。ただ敬遠に祈りを積み、罪人を処し、至高の意志を支える礎たり」


この世に生を受けてきてからずっと歌い続けてきた聖句を唱える。

その気に熱された生温い風が、建宮の顔に吹き付ける。


「神意、正義を導けり。主に一命、捧げし一刀。すなわち我ならば、神意、我が行く手にあり」


今やその男、神威、ローマ正教の剣。

その戦前の儀式を聞き、理解する。

異教を悉く葬り、『他を斬ってでも万難を排し救われる資格のある者だけを救ってきた』その剣。

異教と蔑まれても、『他を斬らずに救われぬ者に救いの手を差し伸べようとしてきた』あの刀。

どちらも、一の為に掲げられたもの。


―――だが、決して違うのだ!


この一の為に、全を切り捨てられる者は、我らとは全くの正反対の相容れぬ。

脳裏に走るのは、あのお方の背中。

それが、あらゆる恐怖を押し退け、天草式教皇代理、建宮斎字の胸が衝き動かす。


「今よな!!」


白騎士の足元が、いきなり弾けた。

地盤を砕き、刹那の間に飛び出したるは、雄しく各々の得物を突き出した仲間の姿。

息を潜め、建宮が気を引いている間に橋の下に隠れていたのだ。

建宮もそれに合わせて突撃。


「はあぁっ!!」


後方斜め下から、猛然と挟み撃ちにし、一直線に白騎士の身体へ駆け抜ける。


「―――それなりですね。しかし、勇敢と蛮勇を履き違えるのはよろしくない」


串刺しにする寸前、何かが横切った。

それは大剣だった。

と、気付いた時には得物の刀身が半分になっていた。

コンマ数秒にも満たぬ時間に、その制空圏を埋める事もできずに、槍が、剣が、斧、刀が20近い切先が―――溶けた。


「今のが奥の手だとするなら、まだ力量差が分かってませんね東洋の武士。まだ手札は残ってますか?」


が、そこで建宮が動いた。

灰色の粉塵に混じり、夕日を反射し、赤く染まる。

まるで、赤外線レーザーが煙幕によって視認できる状態になったように。

そのキラキラ光る細く直線的なものの正体は―――



「ほう、|鋼糸(ワイヤー)。武士かと思ったら忍者の方でしたか」



それも1本2本ではない。

建宮の他に奇襲を仕掛けた第2陣の指先から1人7本の極細の糸が、蜘蛛の巣となりて、獲物の白騎士を雁字搦めに―――


「―――けど、遅い」


それでも、この男の間合いを削る事は叶わなかった。

登場してから一度もその場を動かず、敵の奇襲にも眉ひとつ動かさず、ただその大剣を振るい、溶断する。

この圧倒的な様は、あの方にも匹敵し、しかもまだ攻撃すらしていない。



『―――殺したな』



ボソリ、と。

耳元で、囁くような声が響く。



『―――オレをコロしたな』



(なるほど、こちらが本命でしたか……ッ!!)


白騎士がその正体を看破した瞬間、鋼糸の切断面から赤い霧のようなものが噴き出し、あっという間にその全身を包んだ。

この隠れた術式の効果は『殺人に対する罰』。

鋼糸を一個人の生命線と再定義し、それを破壊した者に罰を与える。

しかも、古今東西、あらゆる文化圏に共通する宗教観も組み込んでおり、どんな防御術式を使っても防ぐ事の出来ない『負の怨嗟』。

赤い霧の内側から、ボコッ!! と膨らみ、次々に水中で爆発が起きたような鈍い爆発音が連鎖していく。

いつしか赤ブドウのように歪に変形。

個々の力では行えない、天草式が『1つの塊となって』初めて実行できる最大級の奥義。



しかし、その赤い煙が晴れた先にいたのは“無傷”の白騎士の姿。

不浄を焼き、霧散させる日輪の加護を乗り越えることは叶わなかった。



「これは、一本取られました。中々の賢明です」


だが、その時にはもうすでに、この場に彼以外、誰もいない。

今のあれは、仕留めに掛かったのではなく、目晦ましと足止めに使ったという、何とも大盤振る舞いだ。

ご丁寧に『人の気配』だけ察知させる置き土産だけを残して、逃げたのだ。


「しかし、まだ遠くには行っていないようで」


水滴を跳ねあげ川に沈む白い航跡。

アドリア海で、天草式には、主に移動用に使う携帯上下艦があると聞いている。

あれで自分に気づかれずに水中から橋の下へ潜り込んだのか、そもそもあれで逃げるつもりでここに来たのだろう。



「この<|量産陽剣(ガラティーン・レプリカ)>。触れるもの全て一切焼き払う」



川へ飛び込み、その白い大剣を振り落とした。


「はぁッ!」


水面にその刀身が触れた瞬間、爆発。

水が物凄い勢いで蒸発し、爆風のようになって吹き荒れた。

もうもうと水蒸気の霧が立ち込め、大河が割れている。

その嵐のような激流に上下艦は呑み込まれ、藻屑と化す。

やがて元に静まった頃には、ぷかぷかと木片が浮いているのみ。


「……囮、でしたか。どちらにしてもまた逃げられてしまいました」


すぐに地上へ飛ぶも、気配を探れば、綺麗に消えている。

そして、日も沈んでしまった。


「これもまた神意。警護が目的ですし、深追いはしないでおきましょう」


白騎士の姿がその場から消える。

これが、これからの決戦前日、天草式十字凄教とローマ正教十三騎士団のフランスでの邂逅である。





第3学区



学園都市の第3学区には、国際展示場がいくつもある。

海外からの玄関である第23学区から直通の鉄道で結ばれているこの学区は、対外的な施設が数多く並んでいる学区で、ホテルなどのグレードも学園都市随一となっている。

空港の集中する第23学区からわざわざ離れた場所にゲスト用施設が並んでいるのは、飛行場の騒音を宿泊施設に持ち込まない為の配慮でもある。

そんな第3学区では、いくつものイベントが開催される。

自動車技術の粋を集めたモーターショーや機械工学の結晶であるロボットショーなどなど。

これらの展示会は単なる娯楽の企画であるというより、学園都市の最先端技術のプロモーションという意味合いが強く、『統括理事会』が『この水準なら街の外でも転用してもよい』と認めた技術を発表し、無数の外部企業の中から最も好条件の取引相手を選び、莫大な資金を得ていく訳である。

『探す』側ではなく、学園都市側はあくまでも『選ぶ』側。

そして今日も、そういったショーの一つが開催されていた。

展示される品々は無人制御の攻撃ヘリや、最新鋭の|駆動鎧(パワードスーツ)、ある種の光波を利用した殺傷域紫外線狙撃装置、果ては空爆にも使える大出力光学兵器などなど。

イベントの名称そのものが『迎撃兵器ショー』というものだから、物騒にも程がある。

しかも、それを“実戦に近い演習”でやるとは空いた口も塞がらないとはこのこと。


「ぷはー」


重たい息を吐く音が聞こえる。

ドーム状の演習場の片隅で、アタッチメントで胴体と接続された駆動鎧のヘルメットを両手で外した黄泉川愛穂のものだ。

普段は野暮ったいジャージの上からでも青少年を悩ませるプロポーションが目立つ女性なのだが、着ぐるみのように膨れ上がった駆動鎧に包まれていると、その格好は妙にユーモラスに見える。


「暑っついー。なーんで駆動鎧のデモンストレーションってこんなに疲れるじゃんよー」


ヘルメットを抱えたままウンザリした調子で呟く黄泉川に、傍らにいた作業服の女性がジロリとした視線を投げた。

駆動鎧開発チームの一員で、普段は白衣の方が慣れているのか、作業服が七五三並に似合っていない。


「安心して、貴女だけじゃないわ。演習兼展示場全体が妙な熱気に包まれているから」


エンジニアの女性の膝にはノートパソコンがあり、パソコンの側面には携帯電話を薄くしたようなカードを指していて、画面には駆動鎧の詳細なデータが表示されている。


「そう言われても嬉しくないじゃんよー」


「喜ばせるための発言じゃないもの」


平日昼間に開催されてる迎撃兵器ショーなんてコアなイベントもいいところなのに、何故か大量の人、人、人が集まってる。

もしかすると演習場の収容人数オーバーしているんじゃないのか?

まあ、この前の<大覇星祭>並の熱気が一点に凝縮されたようなチャリティイベントと比べれば、可愛いもんだけど。


「にしても、アイツら何者じゃんよー。駆動鎧相手に一歩も引かずに銃火器で渡り合うなんて、警備会社というより傭兵集団って言った方が正しいんじゃないかー?」


<警備員>の栄えある生贄――じゃなくて演習相手に選ばれたのは、『鬼ヶ島警備会社』という街の『外』からやってきた者達だ。

10月に入った途端に解体された『MAR』と比べ、迎撃兵器に不慣れというのもあるけれど、自分達とあの手この手と互角に渡り合い、それに、どこか窺っている……まるで戦力調査のような。


「それは乗り手のあなたの責任じゃないの? 性能面から見れば、こちらは2、30年は先へ進んでいる筈なんだから」


「そう言われたら申し訳ないじゃんよー」


ジロリ、がギロリに。

今の発言はエンジニアの気に触れたらしくお冠になってしまった。

何でも演習が始まる前に向こうの開発局長、馬面一目とかいう男に、同じ物作りとして散々駄目だしされてしまったのだそうだ

世の中に、絶対という言葉はないように、この街の外にも優れた技術者はいるのかもしれないと黄泉川は思うのだが、エンジニアさん達のプライドが、カチンと。

徹底的にあの過去の遺物をぶっ潰してやれ、との普段は暴力沙汰とは無縁な彼女達からお達しまで来ている。

でも、駆動鎧部隊に対する警備隊隊長の烏山朱雀と西居蛸牛(どういう訳かこの2人には見覚えがあるようでないような? そして向こうも心なしか避けているような?)が率いる警備部隊は妙に実戦的で中々に手強く、一応勝ったもののこちらも何台かの駆動鎧を戦闘不能にさせられての辛勝、彼女のご期待には添えなかったようだ。


『くっ、こうなったらやはり儂も出るべきじゃった!』

『社長、今日は大人しくしてるって言うたじゃないですか!?』

『じゃが、貴様らが負けたせいで、向こうの大人のお姉ちゃんをひん剥けなかったじゃろうが! サービスショットを期待して、こっそりカメラを構えていたというのに! 折角の商売チャンスが』

『別に、今日はそういう目的じゃなかったっすよ。というかお竜さんにお灸据えられてまだ懲りてないんすか?』

『あれで捕まったウチの組員の半数が今日までストライキしてましたよねぇ』

『ほほう、儂に口答えするとはまだ元気が有り余っているようだのう。よし、これからちょいと骨の髄まで揉んでやる』


演習後、反省会として、社長直々に喝を入れられている警備会社の皆さんを見ながら、


「ふん。絶対にアイツ、ここに来る前にこの街の技術を盗んでいたに違いないわ。じゃなきゃ、たかが日本刀で斬られるはずがないし、押し飛ばされるはずがないもの。ええ、これはあなた達の警備が甘かったせいね」


こちらもお説教。

それにゲッソリしながら、黄泉川は今まで抱えていたヘルメットをゴトンと床に下ろす。

このヘルメット、全幅およそ50cm。

学園都市を徘徊しているドラム缶型のロボットを被せているように見えるのだ。

そのくせ、駆動鎧の他のパーツは西洋の鎧を少し着ぶくれさせた程度のサイズなので、かなり頭でっかちなシルエットをしていた。


「あつー。つか、もう全部脱いじゃうじゃんよ……」


言いながら、黄泉川はヘルメットのなくなった首の部分からズルズルと外に這い出た。

駆動鎧の下に着込んでいるのは、特殊部隊が装着するような黒系の衣装だ。

黄泉川は動きを止めた駆動鎧に背中を預けるように座り込み、片手を振って自分の顔になけなしの風を送りつつ、


「ったく、駆動鎧っていうのは装甲服を着て乗り込むもんじゃないね。もっと通気性の良い、駆動鎧専用の作業服とかないじゃんよー」


「じゃあ企画部長と向こうの社長さんが出した案に乗っていれば良かったじゃない。駆動鎧を脱いだら大胆なビキニがご登場。報道陣も拍手喝采で大喜びって寸法よ」


抑揚のない声を聞く限り、思いきり他人事として処理されているらしい。

黄泉川は顔中にベタベタとくっついた汗の珠をタオルで拭いつつ、


「つか、お偉いさんは何でコンパニオン談義になるとああも机から身を乗り出してくるのかね。あれ、向こうの秘書さんが力づくで止めてなかったらきっと採用されてたじゃん」


『調子に乗るんじゃねぇよ! このエロオヤジども!!』と負けた方が水着を披露すると試合開始直前に宣言したあちらの社長とついでにゴーサインで了承し、固い握手を交わしたウチの企画部長まで豪快に絞めたあの早業は、ここにいる<警備員>と警備会社、それから記者陣の男性方の血の気を引けさせ、女性方からは拍手喝采、一躍時の人に。

黄泉川もあれは秘書にしておくにはもったいないと思ったくらいだ。


「趣味なんでしょう、可哀想に」


「そもそも、この全日本ガサツ女代表黄泉川愛穂にコンパニオンのおねーさんみたいな真似ができる訳ないじゃんよ。どこをどう間違ったらこんな人選になるんだか」


「<警備員>ってのも大変ね。自衛隊並に雑用を押し付けられて」


「雑用を押し付けられるって事は、それだけやる事がないじゃんって話であって、つまり世界は今日も平和だなーって事なんだけど」


そこで、黄泉川は周囲を見渡す。

あちこちのブースで展示されているのは、色とりどりの人殺しの道具だ。

これまであった、『暴走能力者を最低限のダメージだけで捕獲する』といった色合いは影を潜めており、その代わりとして登場したのは、戦車の影に隠れたら、その戦車ごと標的を貫通するような、大威力・高殺傷力の兵器ばかりだ。

ここまで急激に方向転換を遂げた理由といえば、


(やっぱ、これしか思いつかないじゃんか……)


黄泉川はチラリとエンジニアが扱っているノートパソコンを見る。

画面には今まで彼女がデモンストレーションの演習で搭乗していた駆動鎧のデータの他に、小さなウィンドウでテレビ画像を表示している。

映っているのはニュース番組で、アナウンサーが原稿を読み上げている。


『現地時間で昨夜未明、フランス南部の工業都市トゥールーズで宗教団体による大規模な抗議運動が発生しました。街の中心を走るガロンヌ川に沿って数キロの道のりが人で埋め尽くされ、現在も交通を始めインフラ網に深刻な影響が出ています』


録画された映像では、真っ黒な街を松明の炎で明るく染めて練り歩く集団が大挙している。

フランス語で罵詈雑言の書かれた横断幕を手にした男女や、学園都市の看板に火を点けて大きく掲げている若者などもいる。

一応彼らは『抗議活動』をしているだけであって、統制を失った暴徒ではない。

それでも数万もの数の人間が怒りを露にして街を練り歩く様子は、見ていて寒気を覚えるほどの威圧感を与えてくる。


『自動車関連の日本企業が点在する地域周辺などで特に活動が盛んである事から、これも学園都市に対する|アンチ行動(デモンストレーション)の一環だと推測されます。フランスは国民の8割以上がカトリック系ローマ正教徒であると言われており、同様の活動が複数の都市でも見られる事から―――』


それでも、まだこの場合はマシな方だったかもしれない。

しばらく画面を眺めていると、次は今朝見たニュースが再び流された。


『ドイツ中央部のドルトムントでは、盗難されたと思しきブルドーザーがカトリック系の教会へ突っ込み、中にいた神職者9人が重軽傷を負うという事件が発生しています。これは一連の抗議活動に対する報復であると推測されていますが、現在までに犯罪声明のようなものは出されていません。今後ローマ正教派と学園都市の間で争いが激化するとの懸念が広がっていて』


一度見たものだが、それでも忌々しさは拭い切れない。

まるで小さな火種が乾燥した藁の山へ燃え移るように、ここ数日で世界の動きは大きく変わった。

ローマ正教側が世界中で同時に起こすデモ活動と、それに対する一部の過激な反応が、次々と争いを加速させてしまっている。

そして、この動きに呼応するように学園都市で開催された、今回の迎撃ショー。

一見すれば、『統括理事会』側からの正式な『デモには屈しないという意思表示』とも受け取れるが……それにしては、あまりにも手際が良すぎる。

兵器開発というのはプラモデルを作るのとは訳が違う。

開発の申請を行い、予算を計算を繰り返し、審議を通して、試作機の設計を行い、組み立てた機材で何千回も何万回もシミュレートを行い、満足する数値を叩き出して、初めて『商品』として表に出てくる。

一連のデモが激化したのはここ数日の話だ。

年単位の開発期間を必要とする兵器開発では、どうやっても追い着かない。

となると、学園都市は既に準備を終えており、世界がこんな風になるのを見越して、それを事前に止めるのではなく事後を制する為に策を練っていた、という事だ。


「くそ」


黄泉川は吐き捨てそうになった。

戦争の引き金を引いたのは学園都市ではないのかもしれない。

しかし、その話に乗って都合良く利益を得ようとしているのは間違いない。

と、ノートパソコンの持ち主であるエンジニアの女性が、作業服の袖で額の汗を拭いながら、つまらなさそうにニュースの画面へ眼をやった。


「どこにチャンネルを合わせても似たような感じなのよね。こういう時、バラエティの専用チャンネルとかに契約しておけば良かったなって思うわ」


「どう思うじゃんよ、この状況」


「そうね」


兵器開発研究者のエンジニアは一呼吸置いてから、


「仕事が増えるのは良くないわね。サービス残業はもっと良くない事よ。」


「今回の演習展示、いつものとは全く毛色が違うじゃんか。」


「企画部長が張り切っていたからね。需要産業=むさ苦しいという固定概念を覆せば、そこに新たな|市場(マーケット)が開けるのだーとか何とか、兵器開発の現場で凄い事言っていたわね。熱に浮かされているようだから氷の塊で殴っておいたけど。ついでに“単なる警備会社”を圧勝できなかったら、イメージダウンしてしまっているけどね」


「はは、それは愉快じゃん。けど、ここで公開されている技術は、明らかに外部企業への『|売り(セールス)』を目的としていない。となると、これはもう軍事演習と同じ、ただ詳細不明の兵器群の破壊力だけを『敵』に突きつけ、その威圧感をもって外交カードを切ろうとしているだけじゃんよ。」


「まあね、破壊力だけは抜群だったわ。おかげで企画部長のネジが2、3本やられたらしくて、さらにフザけた事を口走るようになってしまったけど。……噂じゃ、最近外に“楽しい”お食事会に出掛けているらしいし」


「こりゃ、<|警備員(あたしら)>の出番になるかもね。でも、取り引きされている商品にしても、展示されている物がそのまま出荷される訳じゃない。ライフルからフルオート機能を排除して店頭に並べるように、実際は三世代も四世代もグレードを落したものを売ってるだけ。……それって、もう学園都市の『外』の技術でもギリギリ再現できるレベルの劣化品でしかないじゃんよ」


黄泉川は少し離れた檀上のすぐ近くで話し合いをしている背広の男達を見ながら。


「その上、ライセンス売買と言いながら兵器のコアとなる部分の製造は、各国にある学園都市協力派の機関が完全に掌握している。製造数や配備状況を逐一把握できるって寸法じゃんか。ったく、学園都市はどうしてそこまでして金を集めてるんだか」


「豊富な資金があればおバカ兵器を量産できるものね。あの企画部長、今度は巨大人型ロボを宇宙へ飛ばそうとしているらしいわよ。きっとパイロット候補は10代の少年ね」


「……、やる気ないじゃんね?」


「あらゆる意味でね」


で、


『かかか! 社長直々の『|抹殺死(マッサージ)』じゃぞ。逃げるでない』

『何ですかその物騒過ぎる当て字は!?』

『いいから逃げろ!! 捕まったら死ぬぞ!!』


阿鼻叫喚。

駆動鎧を相手にした時よりも真剣に『鬼ごっこ』をしていらっしゃる。


「……、結局、彼らは一体何者じゃんね?」


「さあ、私にも皆目見当がつかないわ」





???



人工的な明かりに乏しく、優しい闇のベールに包まれた広場。

その中心からやや外れた所にある噴水の縁に腰掛ける『左方のテッラ』。

<神の右席>の1人にして、<|神の薬(ラファエル)>。

自身が成す属性である緑色の修道服を着ており、白人にしては背が低く痩せており、不健康そうに見える。


ちゃぽん、と。


彼はその右手に持つ安物のワインを口に寄せる。

しかし、その表情はその味を楽しんでいるという訳でもなく、とても不味そうに、面倒なノルマをこなす為に渋々と仕方ないといったもの。

これはテッラが酒好きという訳ではなく、ただワインを『神の血』と見立てて、己の身体に補給しているだけ。

だから、ちゃぷちゃぷと残業を続け、足元にはゴロゴロと空瓶が転がって、


「派手な飲酒は身体に障るぞ」


ローマ正教の神父服を着込んだ背の高い黒髪の日本人が、そんな彼を咎める。

テッラは唇の端から垂れた赤い液体を腕で拭いながら、


「おやー。たかがローマ教皇の側近さんが私に口出しするんですかー?」


ローマ教皇の側近となれば、かなり位の高い人物だが、テッラはそんなのは気にも留めない。

第一、 ローマ教皇でさえも蔑にしているのだ。

その事に、はぁ、と息を吐くと、口調を整えて、


「テッラ様、一神父として申し上げれば、派手な飲酒は信徒の指導者として相応しくはないかと。一医者として申し上げれば、派手な飲酒は酒飲みでないにしてもお身体に障ります。総じて、ほどほどにして頂きたい」


真浄衛。

『神意は生命に宿る』という主義を持ち、ローマ教皇からも専属医として多大な信用を勝ち得ている敬遠なる十字教信者。

とあるカエル顔の医者の生徒であり、その時に、祈りだけでは人は救えない、と悟り、国境なき医師団として、紛争地域を転々とした医者でその地に十字教を広めていった神父でもある。

しかし、テッラは低い声で笑いながら、ワインを口に付け、


「ご忠告痛み入りますー。でも、私の場合は、大地の『実り』や『恵み』であるパンに葡萄酒で力を補充する儀式として必要なのですよねー」


「それで身体を壊したら元も子もないと思うがね」


と、もう1人、青系のゴルフウェアのような衣服を纏った男が現る。

『後方のアックア』、テッラと同じく<神の右席>の1人である。

それでようやく止めた、というよりも最後の一瓶を空にしたので、テッラはゆっくりとした動作で立ち上がる。


「それでー、ネズミさんはどうなったか聞いてますー?」


「逃げられた、と聞いている。私もここに来たばかりなのでね」


「ははぁ、確か警護にはあなたと同じで、互角に打ち合ったという『ガウェイン』さんでしたよねー」


「そのようだが……私は傭兵崩れだ。奴とは同じではない」


「ハハッ、アックアは文句を言わずに動いてくれる優等生とは違って、平気で遅刻しちゃうゴロツキですからねー。我々、敬遠な信徒と違って悪い子なんですよ。ねぇ、神父?」


そう同意を求められれば、衛神父は喉まで出かかった言葉を呑み込んで、はいそうです、と頷くしかない。

<神の右席>の中で唯一、教皇を蔑にしないアックアはそれに大して気に触ることなく、だが、その表情は険しくて、


「やはり、アレを使うのか?」


テッラはその苦渋の声音に、唇を薄く開いて笑い、


「民間人を使う事が不服なのですかねー、アックア」


「……殺し合いなら、それで糊口を凌ぐ兵隊に任せれば良いであろう」


「私もそれには同感です」


「ハハッ、貴族様らしい意見です。しかし」


真面目な2人をテッラは愉快そうに口の端を広げて嘲笑う。

自分達世界最大宗派ローマ正教の最大の武器は、その通りに、20億人という信者の数。

対して、学園都市はたった230万人。

この文字通りに桁違いの差を出し惜しみする方が変なのだ。

この2人は戦争慣れしているので、こちらがわざわざ言わずとも、旧時代から鉄則の戦争の勝敗において人員と物資の量は重要であると身に染みて熟知しているだろう。

それに、


「学園都市は我々<神の右席>が欲する『神上』へ至るにこの上ない素材を保有している。あれは絶対にいただきませんと。ええ、手に入れれば民をきっとその神秘性に『神聖の国』へと導くことができる」


両手を水平に広げ、片足立ちで、くるりとアックア達の方へ振り返って、


「ならば怯える子羊達には勝手に導かれてもらいましょうよ。この羊飼いである私の手によって……笛に合わせて消えて行った子供達のように」



つづく

-37-
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